湯水 舞と柊 千秋の事件簿
崖の上のジェントルメン
いじめっ子のけじめ(part1)
「……うん、そうそう、私はその方向で問題ないと思う」
チアキは、右手にスマホを持ち、電話の向こう側にいる人物と会話をしなから、左手でチェスの駒……クイーンを動かした。
「んぐっ……!」
彼女と机を挟んで対面する私は、チアキに痛いところを指されて、思わず唸る。
机に置いてあるチェス盤を必死に凝視し、ここからどうチアキに反撃するか、あらゆる考えを張り巡らせる。
「……………………」
5分の熟考の末、ようやく答えを導き出し、キングの駒を動かした。
「分かった、じゃあ城谷ちゃんの指示があるまでは私も待機しておく」
しかし、チアキは電話しながらチェス盤をちらりと一瞥しただけで、直ぐ様ビショップを動かした。
「ぐっ!くぅ~~~!」
「ん、おけおけ、じゃあまた。はーい」
「……………………」
「どうですか?湯水。それでチェックメイトになりますが?」
「……く、く」
悔しい~~~~~!!!
……私は頭を掻きむしって、この場に……柊 千秋探偵事務所内に、シャウトを響かせた。
「……まだまだ、詰めが甘いですね湯水」
お昼の14時頃、私はチアキの車に乗せられていた。運転しながらも、チアキはさっきのチェスについて口を出す。
「湯水、あなたの弱点は、視点が狭いところ。局地的な思考になりやすいんです。もっと全体を見なさい」
「はいはい、もうそれ……耳にタコができるくらい聞いたわよ」
「止めてほしいですか?」
「そりゃ当然……」
「なら、言われない努力をすることです。指摘されている内はまだまだと言うことです」
「ちぇ、むっかつく……」
私は助手席の窓を開けて、風を車内にいれた。そして、開いた窓のところに肘を置き、頬杖をついた。
ムシムシと暑い夏の日差しが、車内にいる私たちにさえ照りつける。
「湯水、窓を閉めてください。せっかく冷房をつけているというのに」
「車の中、バナナ臭が酷すぎるのよ!空気入れ換えなきゃ、気分悪くなるわ!」
「気分が悪くなる?おかしいですね……こんなにも良い匂いだというのに」
「もう……チアキってばホント変な人」
私は盛大なため息をつきながら、外の景色を眺めていた。
7月の中旬……空の向こうには大きな入道雲が見えていて、夏の到来を感じさせる。
「もう……あの夏から二年が過ぎたのね」
あの夏……それは、私がアキラを監禁していた時のこと。
私の人生史上、もっとも熱くて……そして、もっとも酷いことをしてしまった時。
「会いたいな……アキラとミユに」
私の小さな呟きに、チアキが反応を示した。
「会ったらいいじゃないですか。あなたは『会いたい』なんて言う前に、会う準備を始めるような人間でしょう?」
「そうもいかないわ。ミユが今年……受験なのよ。高校三年生の大事な夏を潰すわけにはいかないわ」
「なるほど……あなたにしては、謙虚な心構えですね」
「……チアキって、私のこと舐めてる?」
「いいえ、まさか。あなたを舐めても、塩っ辛そうで美味しくなさそうですし」
「……ホント、チアキってむかつく」
「あなたこそ、私のこと、いい加減“さん”付けをしてほしいものですね。チアキ“さん”と呼ぶのが、本来目上の人に対する正しい呼び方ですよ」
「チアキだって、私のこと湯水“氏”って呼んでくれないじゃない」
「あなたがチアキさんと呼ぶなら、そう呼びましょう」
「じゃあ私だって、湯水氏って呼ぶんだったら私も呼ぶわよ」
「まったく、頑固なところは昔っから治ってませんね」
「お互いにね」
ブロロロロ……
……真夏の暑い日の中を、チアキの車が走っていく。
それは、私がある場所へ行くためのものだった。
「着きましたね」
チアキがそう言って、車を停車させた。
そこは、ある一軒家の前だった。私はその家にいる“少女”に……用事があったのだ。
「……よし、行ってくるわ」
緊張のために胸がバクバクと揺れながらも、私は二、三回呼吸して、チアキにそう告げた。
「湯水」
チアキは私の方に顔を向けて尋ねてきた。私がそれに「なに?」と聞き返す。
「事務所からここに来るまで、ラーメン屋はいくつありましたか?」
「……えーと、三つ、よね?」
「いいえ、正解は四つです」
「え!?もう1個あった?交差点付近にひとつと、商店街に二つと……」
「それから、ビルのテナントに一件ありましたよ」
「えーーー?もう……何よそれ」
私はぐったりとしながら、チアキにそう弱音を吐いた。
これは、私がチアキの探偵事務所に入った時からやっているゲームだった。
二人ででかけて、目的地に着いた際、「出発点」から「目的地」の間に、どんな施設やモノがあったか?を数えるゲーム。
小学校はいくつあったか?郵便局は?コンビニは?
犬を連れて散歩している人はいたか?自転車に乗っている人は何人いたか?
そういう質問をチアキが投げ掛けて、私がそれに答える。
これは、どのくらい周りのことを観察しているか?どのくらい細かく見れているか?それを測るものだった。
正直なところ、私はこの問題が苦手だった。だって分かるわけないじゃない。訊かれる内容が同じならまだしも、全然違うものばっかりだっから、観察しようがないでしょ。
「こんなの無理よ、できるわけないわ」
「ほう?なぜですか?湯水」
「人間はカメラじゃないのよ?そんな気にもしてない細かいところまで、覚えておけるわけないじゃない」
「おやおや、自分を天才と豪語する湯水が、やけに弱気ですね」
「弱気とか強気とか、そういう問題じゃないわよ!」
「観察力を鍛えるためには、必要な遊びですよ。それに、これはあなたの弱点でもある視点の狭さも克服できる」
「……じゃあ、チアキ、ちょっと質問なんだけど」
「ええ、どうぞ?」
「ここに来るまで、電柱は何本あったかしら?」
「!」
「私にそれだけ、このゲームの重要さを説くんだから、チアキはちゃんと……答えられるわよね?」
「……………………」
私はちょっとばかり、チアキに意地悪をした。彼女は運転をしていて、他の車や歩行者に目が行かざるを得ない状況だった。それに、電柱はかなり本数が多い。正確に把握するのはかなり困難だ。私は今日、チアキにいつもの仕返しをするために、電柱をしっかり集中して、凝視しながら数を数えていたのだ。それですら何本か困惑しそうになるほど電柱は多いのに、運転しながらでは到底答えられない。
「……………………」
だがチアキは、目線を左上にあげて、少しぶつぶつと独り言を呟いた後、1分もせぬ内に私へ「114本ですね」と、あっさり答えた。
「……せ、正解……」
「電柱をチョイスするとは、湯水、なかなか意地悪な性格をしてますね」
「あ、あなた……頭の中、どうなってるのよ……?」
「大丈夫、あなたにもできますよ」
「……………………」
「湯水、あなたには才能がある。この二年間、私の仕事をいくつか手伝ってもらいましたが、あなたはやはり優秀です。親から優秀であることを強要されたあなたに、こんな言葉は嬉しくないかも知れませんが……あなたが優秀であることは、間違いありませんよ」
「…………チアキ」
「さあ、そろそろ先方との約束の時間になりますでしょう?行ってきてください」
「……ええ、分かってるわ」
私はドアを開けて、車から降りた。そして、開けっ放しの窓から、中にいるチアキへこう言った。
「終わったら電話を入れればいいかしら?」
「ええ、そうしてください。また迎いに来ます」
「……あの、チアキ」
「はい?」
「送ってくれて、ありがとう」
「──!」
一瞬だけ、チアキは驚いた顔を見せた。そして……少しだけ、ニッと口角を上げると、「変わりましたね、あなたは」と、なんだか嬉しそうに呟いた。
ブロロロロ……
チアキの車が、遠くへと去ってく。
「……よし」
私はごくりと唾を飲んで、目当ての家の……インターホンを押した。
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