いじめっ子のけじめ(part3)
「……は?あ、あなた、何を言ってるの?」
私には彼女の要望が、まるで理解できなかった。
……いや、正確には、“理解したくなかった”。
なぜなら、彼女の言葉の端々から、どんな境遇だったか容易に想像がついてしまうからだ。
私の処女喪失が、幸せなのは羨ましいということ。そして、自分の父親を殺したいと思うこと。この二つから導き出される結論は……もう、“それ”しかない。
だが、それはあまりにも……あまりにも悲惨すぎる。彼女を虐めていた私が言うことなんておこがましいけれど……それでも、胸がズキズキと痛むのは避けられなかった。
それはたぶん、私自身もまた、親に振り回された人間だったから……ある程度の感情移入ができたからなのかも知れない。
「……優奈、あの、言いたくなければ言わなくてもいいのだけれど……」
私は、なんとか上手く言葉を選ぶことに尽力しながら、尋ねてみた。
「無理やりさせられたのは、いつからなの?」
「………一年前から」
「……………………」
「それまでも時々、胸を触るとか、キスをするとか、そういうのは……前々からあった」
「……そのことは、誰にも話は……」
「……………………」
「母親とかにも……」
「……………………」
「……まあ、うん、そうよね」
私は腕を組んで、カーテンに閉め切られた窓に眼をやった。外から差し込む一筋の光がすっと部屋の中に入る様を、私はただ黙って見つめていた。
「……ねえ、優奈」
そして、私はそのカーテンの方を見ながら、彼女に向かって質問を投げ掛けた。
「なんで私に、そのことを話したの?」
「……………………」
「私は、まあ……今日は確かに謝りにきた身だけど、前まではあなたのことをいじめていた人間……。憎むべき相手に、なぜそんな濃い話をしたの?」
「……他に誰もいないから」
「……………………」
「この五年間で、友だちもみんな疎遠になった。それに…………」
「…………?それに?」
私は優奈の方へ顔を向けた。彼女は脚を折り曲げて、膝小僧の上に顔を埋ずめていた。
「……私、ずっと……誰かが助けに来てくれると思ってた」
「……………………」
「漫画みたいに、私も誰かのヒロインで……私のことだけを真っ直ぐに観てくれる人がいるんだって、そう信じてた。私にだって、私だけの王子様がいてくれるって、そんな風に……」
「……………………」
私は、視線を床に落とした。散乱している漫画本は、みんなどれも少女漫画だった。
ふと、その中には絵本も混じっていて、塔に閉じ込められたお姫様の話である『ラプンツェル』も混じっていた。
「でも…………結局、そんな王子様なんていない。現実にそんなこと、起こるわけない」
優奈は顔を上げて、私を見た。泣き腫らして赤くなったその眼が、私のことをしっかりととらえていた。
「ねえ、湯水さん。パパを、パパを殺してよ……」
「……優奈」
「そうしたら、今までのこと……全部許してあげるから」
「……………………」
「湯水さん……」
「……いや、そうね、殺してしまいたくなるわよね」
「殺してしまいたくなるとかじゃなくて、殺して欲しいの」
「……………………」
「ねえ?できないの?湯水さん、パパを殺せないの?」
「……………………」
無言で立っている私のことを見た瞬間、優奈は眉間にしわを寄せて、これでもかというほどに眼を見開いた。
そして、近くにあった枕を手にとって、私に投げつけた。
「じゃあ出ていってよ!!この偽善者!!」
「ゆ、優奈……」
「私には、散々酷いことしたくせに!酷いことして、私の人生歪めて、めちゃくちゃにしたくせに!自分の人生が歪むのは怖いんだ!?」
「!」
「私のこと!本当に可哀想だって思うなら!あなたも人生歪ませてよ!!むちゃくちゃになってよ!!」
「……………………」
「そんな覚悟もないくせに!!自己満足でしかないくせに!!私のことなんて、どうでもいいくせに!!ここに来たのだって、どうせ冷やかしなんでしょ!?五年間も引きこもった私を笑いに来たんでしょ!?どうせそうなんでしょ!?」
「……優奈!」
私はとりあえず、彼女のそばに近寄った。そして、なるべく声をひそめるように促した。
「落ち着いて聞きなさい……!この騒いでる声があんたのパパに聞かれたら、私、この家に入れなくなるのよ……!?そうしたら、あんたはとうとう、本当に誰も頼る相手がいなくなる!それでいいの……?」
「……………………」
「私のことは、別に好きに恨めばいい。だけど、とりあえず今すべきことは……あんたのパパをどうにかすることでしょ?だからまず、今は落ち着きなさい」
「……………………」
「唯一の頼みの綱が、いじめていた私だっていうのも、受け入れがたいことかも知れないけど、今はメリットだけを見なさい。ここで自棄になっても、お互いに得はないわ」
……肩で呼吸をし、鼻息を荒げるほど興奮していた彼女が、少しずつ安定してきた。
その代わり、今度は少し冷めた様子というか……虚ろな目で私のことを見ていた。
「……?なに?どうしたの?優奈」
「やっぱり、湯水さんって、湯水さんなんだね」
「……………………」
「私に同情するとか謝るとか、そういうことの前に……得かどうかなんて話、するんだね」
「それは……だって、仕方ないじゃない。ここで謝るのは簡単だけど、それで事態が好転するとは思えない。私を追い出すことがあなたにとっても不利益だと思っておもらわないと、意味ないわ」
「……そっか」
「ええ」
「……………………」
優奈は静かに眼を瞑った。そして、私に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな独り言を呟いた。
「湯水さんって、まるでロボットみたい」
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