第四章 モンドの困惑

 

 さて、お父様から商業ギルドへの登録許可も下り、明日の朝一で紹介状を下さることになった。


「ヴィクター、アードルさんにトイレ工事の着工許可証の引き渡しと、トイレと備品を納入したいの。彼に、都合の良い日を聞いてきてくれるかしら?」

「畏まりました」


 今回の先触れには、ヴィクターを遣う。

 いつも屋敷外の連絡係はモンドに頼りがちだが…。今回は、その彼に用事があるからね。


「モンド、貴方の現在の仕事は、馬車と馬の管理と雑用…でよかったかしら?」

「はい、お嬢様」

 

 これからなにが始まるんだろう?と、少し緊張気味に視線を彷徨わせるモンドは、ヴィクターやアリサに比べれば、現在の仕事量が少なかった。

 そこで、温室の管理を任せることにした。だから彼には、色々と説明をしなければならない。

 始めは、色々と突拍子のない出来事が起こるからね。騒がれないためにも、彼には知っておいてもらわなければならない。

 例えば…通常収穫に三ヶ月ほどを要する農作物が、一週間から十日で収穫出来るのを目の当たりにしたら……?つまりは、そういうことである。


♢


「ヴィクター、今回はお前さんか」

「はい。着工許可証が出来たので、アードル様のご予定を聞いてくるようにと仰せでした」

「納入の件はどうなっておる?」

「そちらも合わせて行いたいとの意向でございます」

「そうか……なら、明後日の午後が纏まった時間が取れるから、その時に頼みたい」

「畏まりました。お嬢様には、そのようにお伝え致します」


 アードルに丁寧な一礼をして、ヴィクターは工房を後にした。


「やっと、着工許可が下りたか。しかし…ファルチェ様は、くだんの人物に連絡を取るんだろうか?」


 エイリックに渡した手紙の音沙汰がないのを思うと、進んでいないように見えるがな。


「まぁ、トイレの工事にやっと入れるから、事態は進んでるようだが…カティア嬢の躍進はどこへ向かうやら」


 ガタガタ…ゴトゴト…ガラガラ…。

 馬車の音がする方向に視線を向ければ、

「おっ!…また、カティアお嬢様の工房連絡便か」

「…あの馬車はそうだな」


 カティアの馬車は、茶色の車体に、真ん中に黄色の線を入れてあるのだ。

 領主邸の敷地は広い。誰が乗っているのか…或いは誰の用事で動かしているのかを分かるようにしているのだ。

 ラファエルなら青、ガスパールなら緑、ファルチェならオレンジというように色分けがなされている。


「しかし、まだ五歳の姫さんだろ?なんの用事があるって言うんだ?」

「さぁな?まだ五歳だから、ほとんど屋敷から出ないしなぁ。ほんと、なんの用事があるってんだろなぁ?」


 そんなことを、軍部の物見櫓から監視の役目を担う兵士が呟いていた。


 通常、貴族の令嬢は誘拐などの危険性から、ある程度の年齢になるまでは、屋敷内で大切に育てられる。

 ガスパールも、カティアを万全の体制で育てたかったが、カティアの人外ステータスと内容を聞かされた時から、普通は無理だと覚悟をしたものだ。


 兵士たちも、彼女がこれから巻き起こす旋風に巻き込まれるなんて、想像もしていないだろう。


 ♢


「屋敷の廊下から見るけど、実際に来てみると広く感じるね」

「見る高さや角度によっては、違った景色に見えますからね」


 ラフおにぃ様が、裏庭をキョロキョロと見回しているのを、百貨店でのことを思い出しながら眺めていた私。


――――――


「はいはいはぁい!甜菜の種は病気知らずの種がお勧めで、肥料は土壌の栄養増々ましましで、成長促進剤は、どんな作物も一週間で収穫可能だぁ!温室にいたっては、虫除け効果抜群の上、不審者用結界搭載だぁ!悪感情を持って温室に触れると、感電しちゃうよぉ!?」


―――――――


 アヤメの声が、脳内で再生される。病気知らずの種は、半分を収穫して、半分は種子用として育てたい。

 アヤメの言う通りに、成長促進剤で一週間で育つなら、2日~4日の時点で花が枯れた時に、種子を収穫しなくちゃいけない…モンドに全てを任せるのは酷か?


「温室を出しましょうか」

「え?設置って…アードルさんたちに頼むんじゃないんですか!?」


 ギョッとした様子のモンドは、やはり私のそばにいる機会が少ないから、私の行動にまだ慣れていないらしい。ワタワタと落ち着かない様子だ。


「設置はそのままの意味ですよ、モンド。カティア様に仕えるならば、これくらいで慌てていては、身が持ちません。とにかく、大人しく見ていなさい」

とアリサに諭されて、

「…分かりました」

 と、神妙な顔で頷いたモンドは、静かに成り行きを見守ることにしたようだ。


「よいしょっ…と!」


 ズドンッ!!と地響きを鳴らして現れた温室は、私の希望通りの大きさだった。


「木々の影もあまり邪魔されない位置だし、屋敷とも50メートルくらい離れているから、多分問題ないわね。中身はどうなってるかしら?」

「………本当に設置しちゃった」

 

 呆然と呟いたモンドに、(早く慣れてね~)と思いながら、苦笑した。どうやら…神妙に心の準備をしていたモンドだったが、予想を遥かに超えるものだったらしい。


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【改稿の為、休止中】貧乏辺境伯領の転生令嬢は、チートスキルで領地改革致します! @iza40

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