第四章 商業ギルド登録許可、ゲットだぜ!


「それで、商業ギルドの登録許可は頂けますか?」

「あぁ。ここまで違う形の菓子は、まさに菓子業界で革命を起こすだろうからな。紹介状を書かないという選択肢はない……まだ他にも、菓子のレシピがありそうだしな」

「えぇ…あちらでは、菓子は庶民の間でも馴染みのある食べ物でしたから。ごく一般的なお菓子でしたら、いくつか候補はございますとも」


 他にどんなアイディアがあるんだ?と訝しむ父をサラリと躱し、私もカラカラと笑いながら応戦する。

 言葉の裏にある意味を汲み取っての会話って疲れるんだけど、貴族の会話ってほとんどこれだからね!…ほんとイカレ…んんっ!?頭の回転が早い人は得だよね。私は普通だから…羨ましいよ。


「お母様、商業ギルド登録にあたって、ボディソープのみ先に販売することを報告しますね」

「あら、王妃様に献上してからの予定だったけど、なにかあったの?」

「実は、商業ギルドに初登録するのは、砂糖とお菓子のレシピを考えていました」

「そうね、調味料の話を聞いていたもの」


 ウンウンと頷く母の目はマジだ。少しだけ圧のあるオーラが出ているのは気の所為だろうか?しかし、母も立派な貴族だ。これからの話を聞けば頷かざる負えないだろう。自領の発展を、貴族はなによりも優先する。


「私が今所持している砂糖は、百貨店で買った砂糖です。この砂糖は、とても上等な物で純度が高いのです。私はお恥ずかしながら、こちらで加工した際の品質などが頭からすっぽ抜けていたんです」


 そういいながら、ポシェットから砂糖を取り出し、小皿に少量だけ出した。


「どうぞご覧になってみて下さい」


 砂糖を出した小皿をスッと差し出せば、まず初めに、父が皿を引き寄せた。指で摘みながら、サラサラと流れる砂糖を眺めながら、

「……ふむ。確かに不純物などの混ざりがない上等な砂糖だな。これは、よほどの技術がないと無理だな!」

 感心したように、だがやけくそ気味にも取れる物言いで言い放った。


 だけど、そりゃそうだ。純度99%だもの。混ざりなどあろうはずもない。


「…あちらにある砂糖や塩の品質は、これに似た物が殆どです。これ以下になると、商品価値はないに等しいです」

「商品価値がないだと!?…なんと贅沢な!!」


 ガタッと立ち上がり驚愕する父に、私は苦笑を禁じ得なかった。そうだよね、あるものを使って生活をするっていう認識のこちらにしては、あり得ないよね。


「お分かりかと存じますが、こちらとあちらでは、技術や価値観に大きな差異があります。ですが、あちらでは出来なかった無限の可能性が、こちらにあるのもまた事実」


 車や新幹線、飛行機の速さは実感しているけど、人間慣れてしまえば、よりその先へと食指を求めてしまう種族なのだ。私は、『どこ◯もドア』を何度夢見たことか。それがこちらでは実現可能も夢ではないのだ。それはもう…転移とか転移とか…。


「それは、前世に魔法がなかったことと関係しているのかしら?」

「はい。私の前世では魔法は存在せず、お伽噺の世界の話でした。魔法の代わりに、科学が大きく発展した世界でしたが…」

「科学ってなにかしら?」

「…細かく説明すれば、この時間では足りないくらいですが…大まかに言えば、この世界全ての事象を研究解明する学問です」

「…………」

「……それはまた、とてつもなく壮大な学問ね」


 父は沈黙で、母はなんとか声を絞り出しているが、その声は震えている。母が以前に口に出すのを禁止した地動説も、これになるからね。


「えぇ、ほんとに。とても便利な世界でしたが…未だ謎が多い分野もあり、研究は続けられていました。ですが、終わりが見える次元のものではないと思っていました。追究という言葉がありましたが、正に的を得た言葉でしたね」

「人間は欲深い。次も次も…と浚う事が、次第に拐うことに変わることも少なくない」

「……その辺りは、それこそ深淵を覗くのと同義過ぎるぐらいには、不毛な話し合いになるでしょう」


 私のどの口が言うか…と思うが、その手の話はキリが無いのは身を持ってわかってるんだよ。だから…暗にやめようよ?と提案すれば、

「それもそうだな。話が脱線してしまったが…技術や魔法の話だったか?」

 と続ける父に、私は深く頷いた。


「当たり前のことですが、私の便利な力は、私が存命している間だけのことです」

「それはもちろんだ。しかし、急にどうしてそのような話になる?」

「世界の発展を神も私も望んでいますが、私が手に入れた道具は、いつか動かなくなるでしょう」

「…っ!つまり、形あるものは壊れると言いたいのね?」


 母の言葉に、私は視線で頷き、更に続けた。


「もちろん最初の手助けはしますが…最終的な技術確立は、この世界の人が対応出来るものにしたいのです」


 世界の発展は、創世神アン様だけではなく、私の望むところでもある。だけど、従来の進化を無視した急激な発展は、周囲の職人や生産者を置いてけぼりにしてしまう。そうすれば、彼らはたちまち職を失い、この地は更に荒れてしまう。やがて腐敗した領地は、税の徴収すらままならなくなるだろう。


「話はもとに戻りますが、今私が持っている砂糖は品質が高すぎて、市場に出せないんです。砂糖の栽培で収穫には少し時間がかかりますし…。今の技術加工の高さも見極めながら、手助けの方向性を決めたいのです。でも、プリンのレシピ登録だけではインパクトが薄い気がして…」

「…そうかしら?」


 ボソッと呟いた母は無視して、さらに先を続ける。


「とにかくそういうわけで、商会の商品登録の一部を、先程申し上げたボディソープに変更することにしましたの」

「なるほど。そういう理由があるなら仕方ないわね」

「お母様と王妃様のやり取りもありますから、一番無難なボディソープにしましたの」

「あの艶かしさを生み出すボディソープが、一番無難だと?『貴方は黙ってて』…はい」


 私の言葉に衝撃のぼやきを噛ます父を一蹴する母。


「シャンプーやリンスを献上優先にしてくれたのは、とても助かるわ。それに今の技術を踏まえながら、世界の発展の為に試行錯誤するのは、職人の更なる技術力向上に繋がるわ。カティアは、今後のことも踏まえて研究機関とかも考えていそうね」

「まだそこまでの財力も、人材もおりませんので…」


 敢えて否定はせずに、現実味のある理由だけを話しておく。


「そうね。何事も順序があるものね。焦りは禁物よね。まずは商業ギルドの登録からよね。カティア、商業ギルドの登録が無事に済んだら、私の元へ連絡を飛ばしてちょうだい」

「畏まりました」


 母から出ていた剣呑な雰囲気が、私の理由を聞いて納得したのか…綺麗に霧散した。そこまでのめり込んだのか…女性の美への執着は、いつの世も凄まじいものがあるな。

 

「それにしても、カティアは律儀ね」

「約束ではないにしろ、一度納得したのは私ですから、お母様の理解を得るのは当然かと…」 

「そう言ってもらえると、子に頼る親の心苦しさが軽くなるわ。だって、カティアの心の隙につけ込むつもりはなかったんだもの」

「……なんでしょうか?」


 そのチラ見と言う方は、嫌な予感と不穏さしか感じないです、お母様。


「その代わりと言ってはなんだけど…『はい?』…王妃様に献上するために、王都に行く途中で立ち寄る貴族家に、根回し宣伝の意味も込めて、ボディソープを配りたいのだけど…」


 更にチラッと伺うように見てきたけど、『その代わり…』ってはっきりと交換条件にしたい気持ちが透けて見えるよ、お母様!

 親しき中にも礼儀ありを通り越した図々しい面の厚さ!だが、そのぐいぐいと来る交渉のやり方は嫌いじゃない。さてはこの話がなくても、私からいくつか融通してもらうつもりだったな?


「…お母様が発つのがいつなのか存じませんが、行きはサンプルを差し上げて下さいませ」

「サンプル?」

「お母様は問題ありませんでしたが、お母様専属のメイドで誰か…肌に赤みや痒みが出た者はいませんでしたか?」


 母の後ろに立ちメイドが、ビクッと身体を震わせた。いや、石鹸の使用を咎めているわけじゃないから。


「…そうね、一人だけいたわ。すぐに使用を止めたら、治ったけれど」

「そのように、肌の体質に合わない方もいらっしゃるので、お試しとして数回分の量を小分けした瓶などを用意して、湯浴み時に試していただきます。それで問題がなければ、お母様が帰郷する際にでもお買い求め頂けばよろしいかと…。『これ凄いのよ!殿方がイチコロなの!』なんて渡して、先方の方の皮膚に万が一のことでもあれば、目も当てられませんもの。お母様には、商業ギルドでの報告を逐一連絡しますが、帰郷時ならば、こちらの商業ギルドでの手配も済んでいることでしょうし」


 私がそう言ってにっこり微笑めば、私の意図を理解した母は、頬を引くつかせながら了承の意を示した。


「そ、そうね。その気遣いはとても大事だわ。それに商業ギルドの登録も済んだ頃なら、販売は問題ないですものね」

「後ほど、登城の際のの立ち寄り場所のリストを頂けますか?貴族家に二人以上差し上げる方がいる場合は、その人数の記載もお願い致します。総数を確認して、お渡し致しますわ」

「…分かったわ」



「旦那様、もう少しで休憩終了時間になってしまいます」

「…もうそんな時間か…。ファルチェ、カティアの話は今夜に持ち越しだ」

「…そうですわね」


 残念そうに離席を促す父に、私も退室すべく腰を浮かそうとした時だった。


「……僕、ずっと出番がなかったな」

「まぁ、おにぃ様。そんなにしょげないで下さいまし。私たちこれから、裏庭へ温室を設置しに行くのですが…一緒に来られますか?」


 そんな中、プリンの入っていたお皿を弄りながら、小さくボヤいたラフにぃ様に、私は一声かけたのだった。


「温室を?……楽しそうだけど、いいの?」 


 ショボンと陰りが見えた瞳に、たちまち興味の色が光を灯した。


「もちろんです……サーラ、おにぃ様を借りますわね?」

「……畏まりました」

 サーラは、おにぃ様専属のメイド。少しの沈黙は、母へ了承の確認をする時間だった。母は勿論頷き返していたから、サーラの返事はすぐに帰ってきたけどね。


「さっ!前は急げと言いますし、裏庭へレッツゴーですわ!」


 兄との触れ合いは、更に兄妹仲を深めるいいきっかけだ!私は、意気揚々と足を踏み出したのだった!


「…あ。アリサ、ソファから下ろしてちょうだい」


 もはやお約束の展開だよね、これ。


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