第四章 舞台裏の争奪戦


「……出来上がったんですか?カティアお嬢様」 


 なんでそんなに下手したてに出た言い方なのかな?ワイズ……揉み手してもあげないよ?

 助手のモリーヌとアリサと、私たち家族の分しかないもの。誰かさんが、狭い調理場しか用意してくれなかったせいでね?ふふふ。


「もう少しで、当初の予定していた人数分は出来上がるわ」


 暗に、お前の分はない!と言うと、肩を落として意気消沈している。心なしか、周囲の調理人の厳しい視線が、ワイズへ向けられている。

 まぁ、お零れが貰えたかもしれないのに、そのチャンスを棒に振った上司がいれば、恨むよね。気持ちは分かる。食べ物の恨みが恐ろしいのは、世界を超えた共通の感覚らしい。


「旦那様が気に入れば、今後も作ることがありますよね!?」

「なにを期待しているのか知らないけど、今回はあくまで、試作品を作る為に厨房を使わせてもらっただけよ。二度目があるかは、私も分からないわ」


 今ここで詳しく説明をする気はないから、少しだけ意地悪をする私だけど、最初に私に対していい加減な扱いをしたのは貴方よ、ワイズ。

 やるなら、やられる覚悟もしておかないとね。


 私はこのプリン自体を販売するわけじゃなくて、レシピ販売を考えている。初めは、砂糖などの高級品の材料を使用しているから、レシピ販売が伸びないかもしれない。

 だが、甜菜の砂糖加工を確立して量産場所が整えば、領民が売買できる価格で市場に出すことを考えている。

 そうして領民たちにプリンの存在を知らせれば、彼らもお菓子の魅惑に嵌まるだろう。クックック。

 領民たちへの周知方法?……考え中に決まってるじゃない!きっと、領都を彷徨いている間に名案が浮かぶわ。



「……お嬢様、そろそろいいんじゃないでしょうか?」

「……そうね。鍋を軽く揺すってみて、モリーヌ」

「はい……」


 鍋の蓋を取り除け、鍋の取っ手を掴み、軽く前後に揺するモリーヌ。その様は、失敗をしないようにと、手に汗握る真剣さである。


「……っ!?お嬢様!お嬢様の言う通り、プルンプルンしてます〜!」

「では、完成になるわね!……小さいとは言え、幅広のお鍋で助かったわ。8個作成できたわね」


 プッ◯ンプリン3個セットより、一回り小ぶりのプリンが8個。


「お父様、お母様、ラフにぃ様、私で四個……アリサとモリーヌも一個ずつで、後は……グラント!」

「はい……なにかご用でしょうか?」


 いやいや、ご用でしょうか?……って、呼ばれた意味は分かってるでしょ?プリンに目が釘付けじゃないの。


「お菓子の試作品が2個余るの。皆で分けるには少ないかもしれないけど、一口ずつでも味見してちょうだい」

「……お嬢様の寛大なご配慮、痛み入ります」


 私の言葉に、シェフハットを手に取り、深く頭を下げるグラント。自分の上司が仕出かした事を止められなかったことに、自責の念にかられていないといいけど。グラントは真面目だから。


「私は売られた喧嘩は買うけれど、周りを巻き込むつもりはないわ。……ワイズ、貴方の神聖な職場に、貴族の令嬢が土足で踏み入ったことに苛立ったかもしれないけれど、私は事前に父を通して、話を通したつもりだったわ」

「……己のつまらないプライドで、未知の食を味わうチャンスを逃した愚かな行いは、調理人は失格です」

「……そうね。それが理解しているなら、私は十分だわ。私からの今回の罰は、反省文にします。本日中に提出して下さい。もちろん業務外時間を使って下さいまし」

「……畏まりました。反省文は何処に提出すればいいでしょうか?」

「アリサかヴィクターかモンドに渡してくれたら、助かるわ」

「畏まりました」


 自身の罪を認める事が難しい、プライドの塊の調理人は多い。ワイズは、自身の罪を認める事が出来る貴重な調理人だ。これからも世話になるだろうし、ここが落としどころだろう。


「それじゃ、おやつの時間も近づいていることだし……お父様の部屋に持っていきましょう」

「モリーヌ、これが新生菓子のプリンよ。一個で申し訳ないのだけど、楽しんでちょうだい」

「……っ!!ありがとうございます!……片付けはお任せ下さい!」

「……本当は一緒に片付けたいのだけど、時間が無くて……後をお願いします」

「畏まりました」

「……あっ、そうだわ。プリンは、冷やしてから食べても美味しいですわよ」


 それを聞いたアリサが、氷の入ったボールをすぐに用意して、プリンを器用に詰め始める。


「アリサも、何時に無くいつになく動きが機敏ね」

「それはもう!こんな美味しい匂いを早く味わう為に、チョッパヤで仕事を終わらせるのです!……モリーヌ、これは氷を入れたボールよ」

「ありがとうございます、アリサ様」


 モリーヌは、大事そうに持ったプリンの器を氷の中に沈め、固定させていた。


 そんな私たちの後ろでは、調理人の皆がスプーン片手に、プリンを持つグラントに群がっていた。


 ワイズは、皆が食べた後の器に付いていたプリンを掻き集めて、味見したらしい。あまりの美味しさに涙を流すワイズに、周りは共感しながらも、自業自得だと放置していたらしい。


 アリサがお菓子を乗せたワゴンを押しながら、屋敷の廊下を移動したのだけど……すれ違う使用人たちが、美味しそうな匂いに釣られていたのは、言うまでもない。


 モリーヌ…隠し通して味わってちょうだい!使用人の食堂にいるモリーヌに、有象無象の手が襲いかかる想像が、どうしても拭えない私だった。


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