第四章 魅惑のお菓子誕生!?
「では、調理台にご案内させて頂きます」
静々と進むモリーヌは、東京の都会人が抜けるように歩く足捌きを見せた。調理人の邪魔にならないように取得した技だろうな。お世辞にも広いとは言えない、調理台と調理台の間にいる調理人は、重ならないような立ち位置で調理をしていた。
「こちらの調理台でございます」
モリーヌに案内されてやって来た調理台は、一口コンロと申し訳程度に水場がついた下処理場だった。
「…ここは、ワイズ様のご指示ですか?」
「…そうなります。料理長は全て私の作業場で、事を終えろ…と指示されましたので、こちらに案内させていただきました…っ!?」
モリーヌの表情が固まった!どうやらモリーヌは、アリサの背負う怒りを見たようだった。
「ちょっとワイズ様のところに『まぁまぁまぁ!いいじゃない、アリサ』…しかし!これではあまりにも…」
「ワイズの言う通り、ここで全てを終えましょう。そうすれば…アリサの甘味も確保出来るわよ?」
「……畏まりました。カティアお嬢様の思せのままに」
私がアリサに囁いた悪魔の蕾は、確実にアリサを射止めた。
なんだかんだ律していても、まだうら若き18歳だもの。甘い物は抗えぬ魅力を放つ食…またの名を別腹ともいう。
「じゃあ、卵と牛乳、砂糖と蜂蜜を用意しましょ」
私がゴソゴソと、甜菜の砂糖を鞄から出していると、
「お嬢様、道具はこちらでいいでしょうか?」
と、廊下で話していた道具が揃えていた。
「ありがとう。まずはお鍋を使うわ」
私がお鍋に牛乳と砂糖を入れている間に、モリーヌには火をつけてもらった。
「弱火で沸騰はさせないでちょうだい」
「畏まりました」
私はお鍋をモリーヌに任せて、ボウルを手に取り、卵を割り入れた。
「あっ、殻が入った」
5歳児の小さな手では、やり慣れていないと少々難しいか。
「お嬢様、変わりましょう」
「卵はもう一つで最後だから大丈夫よ。それより卵を溶くから、牛乳をちょっとずつ入れてくれる?卵を溶き混ぜながらじゃないと、駄目なのよ」
「畏まりました」
カシャカシャカシャ…と、ヘラで混ぜる静かな音だけが響く。厨房は少し煩いけど、ここは厨房の端っこだからね。距離があるぶん、少し静かだ。
「……モリーヌ、網目の細かいザルはあったかしら?」
「はい!少々お待ち下さい」
モリーヌが機敏な動きで、サッ!と取り出してくれたザルに、プリン液を漉していく私。モリーヌは、お菓子の報酬が効いているのか、とても張り切っている。
「この後はどうされますか?」
「ん?…ソース作りを任せるから、やってくれない?お鍋にお水と砂糖を入れて弱火で温めて。必ずかき混ぜずに軽くお鍋を揺すりながら、泡が小さくとろみと色がついてくれば大丈夫だから」
「…畏まりました。やってみます」
私は濾したプリン液に蜂蜜を2滴垂らし、全体的に混ぜた。バニラエッセンスが欲しかったけど、ないものは仕方ない。カラメルソースを作るモリーヌは真剣そのもの。
「出来ました!…いかがでしょうか?」
「……うん!美味しいわ……後はこのソースを先に耐熱容器に入れて…」
私はカラメルソースを味見した後、耐熱容器にカラメルソースを入れた。
卵液を容器の八分目までになるように流し入れ、表面の泡はスプーンでチョンチョンと突いて潰す。
アルミホイルもないから、お鍋より一回り小さい金属製の蓋を被せて、鍋にセッティングした。
鍋にある容器の半分まで水を入れ、一度容器は取り出して、沸騰させた。
そしてプリン容器を再度入れ、弱火で七分、火を消しても七分の放置プレイだ。ここまでの工程は、火を使うために、全てアリサとモリーヌにお任せだ。
「美味しそうな匂いが、すっごくしますね!出来上がりの目安は、どんな感じなんですか?」
七分の放置プレイが待てないのか、漂う匂いにそわそわと落ち着かない様子で、私に聞いてくるモリーヌ。
「焦らなくても逃げないし、ちゃんとお裾分けするから落ち着いて。……でも、そうね。出来上がりの目安は、お鍋を軽く揺すって、容器の中のお菓子がプルリン!と光沢のある揺れ方をすれば、出来上がりよ!」
「プリンン…ですか?想像できない表現ですね!」
私の話を聞いて、余計に興奮してしまうモリーヌ。
「それにしても、厨房内がとても静かですね」
不意に零れたアリスの言葉に、私はふと中央へ意識を移す。
「……そう言えば、指示を飛ばすワイズの声も聞こえないわね?」
そう言って厨房の中央に向けて振り返った私は、ギョッとする。
何故なら、厨房内にいる皆という皆が、こちらを見ていたのだから。
「…見なければ良かったわ」
ボソッと呟く私に、「私もです」と小さく同意するアリサ。
モリーヌに至っては、お鍋を死守する場所まで、ジリジリと移動しているのが見えたのだった。
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