第三章 五話ノ一


「お母様、今日はよろしくお願い致します」


 淑女の挨拶カーテシーから始まる私の授業。先生は現在捜索中(笑)だそうで、家庭教師ガヴァネスが決まるまで、母が代行するらしい。

 授業は、週6日のうち3日間。時刻は、11時から、お昼ご飯マナーの授業を挟んだ前後の時間で4時間くらい。

 

 この世界は、地球とあまり変わらない周期で助かっている。一週間が6日。5日働いて1日休み。1週間が4回で1ヶ月。1ヶ月が12ヶ月で1年。ただし最後の月だけは、5週間ある。マレント王国では、毎年この一週間を新年を祝うお祭り週間にしているらしい。国のあちこちで、工夫を凝らしたお祭りを催して、国民は楽しんでいるとのこと。

 

「初めての議題は、なにがいいかしら?」

「そうですねぇ」


 当たり前だが、私の前世での価値観や習慣は、こちらとは大きく違う。その差異を埋めるために、母と私でお題を決めて話すのだ。内容はなんでもOK。



「炊き出しに必要なことを、お母様に聞こうと思ってたんです」

「必要なこと?」

「食材・調理器具の調達や、手伝いをしてくれる人たちです。前世の記憶では、教会が炊き出しというのが鉄板だったんですが、こちらではどうなんですか?」

「こちらもそうですよ。教会が中心になって、炊き出しをしていますよ。孤児院が併設されていますから、孤児に作る食事のついで…という形が多いですね。材料の買い付け・管理はシスターが行っています。調理道具や食器も教会の持ち出しです。教会は、三日に一度の炊き出しをしていますが、私は週一で配布担当に参加します。費用は全て、寄付で賄っています」


 それを聞いた私は、少し不安になってしまった。ポッと出の私が、しゃしゃり出てもいい場所ではないような気がする。教会の人も孤児院の子供たちも、辺境伯令嬢の私が突然やってきても、いい顔はしないだろう。


「私は炊き出しは止めて、教会へ寄付したほうがいいでしょうか?」

「どうして?」


 珍しく不安そうに視線を落としているカティアから、理由を聞き出す。


「今の炊き出しを先導しているのが教会なら、私がしゃしゃり出るのは悪手あくしゅな気がします。彼らは寄付金をやり繰りして、孤児院の子供たちとスラムの人たちに、食事の世話をしています。そこに子供の私が突撃しても、反感を買うだけでしょう。下手をすれば、お父様の評判に傷を付けてしまいます」


 珍しいわね、この子が怖気づくなんて。

 カティアには申し訳ないけれど、私は思わずマジマジと見入ってしまったわ。


「あら、私はいいの?」


 物珍しいカティアに、私はつい意地悪な質問をしてしまったわ。


「お母様は、炊き出しに参加しにくくなるもしれません。領主夫人という立場から、除け者にされることはないですが…人々の反応は微妙に変わるかもしれません」



 あぁ。カティアは、衆目に置かれる意味を理解しているのね。こちらの習慣・常識を勉強中だし、見た目が5歳児だから時々忘れてしまうけど、彼女は立派な成人女性だわ。

 それならば、臆してしまう気持ちも分かる。人は老いを重ねる事に、たくさんの経験を通して、どうしても慎重になってしまうから。


「…カティアは、本当に生真面目ね。あなたがそこまで考えて、責任を感じる必要はないのよ?私たちは私たちで相談して、貴方に行動範囲の拡張を許可しているもの。確かに、普通の貴族令嬢が正式にお屋敷から出るのは、10歳くらいからだものね」


「うっ!?」


 カティアは、母の何気ない「普通の貴族令嬢」という言葉の刃に、胸を抑えて蹲る。


「あら、どうしたの!?」

「普通の貴族令嬢という言葉が胸に刺さって…」

「……あはははは。急に蹲ったと思ったら、そんなこと!カティアはカティアじゃない!…あはははは!……あ~、可笑しい」


 散々笑って貰いましたけど、なにがツボだったのかさっぱり分かりません!


「どちらにしろ、彼らの目なんて気にしなくていいけど、カティアがやり難いなら、他のやり方を考えなさい」

「他のやり方…」


 テンプレだと、学校とかだけど、建物は流石に神の百貨店にはないだろう。…青空教室?雨の日はどうするかとか、土地の問題もあるな。借りるならお金がいる。とにかく金策が先決だな。まだ時間はあるし、もう少しいろいろと考えてみようかな。


「それにスラム以外にも、助けを必要としている人は、この領都には沢山居ます。その人たちへの支援は、あまり手が届いていないのが現状です」


 私が考えあぐねていると、お母様は領都の現状を伝えてくる。


「…どういうことですか?」

「この世界はとても厳しい。私たちは、運良く上級階級の貴族に生まれ、経済的に困窮することはありません。ですがそれと同じくらい、領地運営や防衛も責任重大です。彼らも日々を必死に生きていますが、私たちは私たちの世界で必死に生きています」

「…そうですね。それは否定しません」


 所変われば品変わる…かぁ。住む場所や地位が変われば、求められる生活や習慣・常識が変わること…みたいな感じかな?


「では、私は支援を必要としている人たちを支援することを目標に、生活水準向上も目指して頑張ります。」 

「えぇ。カティアには、やりたいことをやってほしいの。もちろん、出来ることから少しずつゆっくりやっていきましょう」

「はい、お母様」


 私は母と見つめ合い、強く頷くのだった。


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