第三章 五話ノニ


 前世の会食を思い出しながらのマナーレッスン昼食タイム。自分ではよく出来たか?と安心すると、注意が飛んでくる。


「カティア、猫背気味ですよ。背を伸ばして」

「はい、お母様」


 うぅ。安心すると駄目だわ…おかげで、ご飯の味がちょっとしか分からんかった。


―――――昼食タイム終了―――――


「前半に色々と話しましたが、炊き出しは諦めていません。なにか別の方法を考えますが、その金策にも動きたいと思います。ですので、商業ギルドを紹介してくださいませか?お母様」

「……まぁ、なにをするつもり?」

「異世界での金策は、こしょうや砂糖や塩が貴重な存在というのが定番です。その辺りを責めたいと思っています。調味料関連で、妙なギルドはありませんよね?」


 どうですか?と上目遣いで、私を見てくるカティアは、少し不安そうだが、ワクワクとした感情が見て取れた。さっきまでの「不安だ…」と曇らせていただけの表情はどこへやら。


「確かに貴重よ。しかも管轄は商業ギルドだけで、妙なギルドはないわ」


 私がそう言えば、明らかにホッとするカティア。なにを想像していたのかしら?


「では、さっさと商業ギルドに登録してしまえば、変な横槍りは入りませんね」

 

 「ふんすっ!」とやる気十分なカティアだが、私は慌てて待ったをかける。ちょっと!さっきの少しずつやりましょうっていう、わたしの言葉を早くも忘れ去ったの!?


「ちょっと待って!商業ギルドに登録するということは、カティア名義で商会を起こすつもりでしょう?登録には、後見人…この場合はガスパールね。彼の承諾がいるわ。それにカティアの場合、今後を考えれば、登録は店舗を持てる商人ランクがいいと思うのよ」

「…ん?そういうのは、露天・行商ランクの一番下から始まるのでは?」

「よく知ってるわね…これも前世の本の定番とかかしら?」

「…はっはっは、その通りです!」


 なぜ呆れたジト目で見られるんです?私は知っている知識のすり合わせをしているザンス。


「商業ギルドには、例外として、優秀な商人の獲得目的のランク試験があるの。試験では、商品の見本の提出を求められるわ。それに試験料もかかるし、商人ランクによって登録料も違うわ。もちろん店舗所持可能ランクは上よ。しかも、毎年の更新料もかかるし。初年度は、登録料といっしょに払うから、お金がいっぱいいるわよ?」

「……それは確かに大変ですね。でも、案外しっかりしたルールで経営しているみたいで、安心しました。変な品物を売って、消費者に被害があってはいけませんし」


「消費者?」

「買い物をされるお客さんですよ。消費する者と書いて、消費者です。取り敢えず、砂糖は、私専用の温室で畑を作り、育てているていを作りたいと思います。その為に、お父様に裏庭の使用許可を貰わなければ。ゆくゆくは、自領で栽培、加工、販売出来れば、御の字ですね。やっぱり自領で生産・販売は、経済地盤の強みですわ!他にも、商品になりそうなものを探すのも目標ですね。そう言えば、昨日はアードルさんにお会いした時に、トイレの予算などをお伺いしてたんですけど、世間話で、冬の手間仕事として磁器を作っている場所があると聞いたんですが…」

「……アードルの言う通り、お皿とか壺とか作ってるわ」


 場所や品を思い浮かべるように、視線を上に上げ思案するお母様。でも、なんで顔が引きつってるの?


「近い内に、その村へ視察に行きたいんですの!現地に行ってみなければなんとも言えませんけれど、森の探索も出来ますよね?森は、恵みの宝庫ですから!それに、アードルさんに村の職人さんを紹介してもらえるようにお願いすれば、快く引き受けてくださいましたのよ!」

「…そうなのね。私からも、アードルにお礼を言っておくわ」


 待ち遠しいなぁ!心躍るわぁ。村に行くなら、森にも行けるし、なにか発見があれば、一石二鳥だわぁ♪そんな浮かれる私を、母が諦めの境地の目で眺めていたなんて、知る由もなかった。


「そう言えばカティア、ガスパールから聞いたのだけど、トイレの申請書をやり直したんですって?」


 昨夜の恒例である夫婦の語らいで、ガスパールから聞かされた雇用修正に関する話。その理由は、家族に披露する模擬衛生講習で分かるらしい。

 だが屋敷の使用人雇用については、カティアからはなにも聞いていなかった。


「はい、もう出来上がってますよ」

「いま持っているかしら?出来れば、見せてほしいのだけど…」


 カティアは意識していないかもしれないが、屋敷の全指揮権は私にある。つまり使用人雇用については、私の領域だ。こちら側の境界線について、しっかり説明しなければ。カティアもこちらも混乱し、誤解や情報の入れ違いが起きかねない。


「はい、持ってますよ…こちらになります」




――――――――



ガーディア辺境伯領領主

  ガスパール・ガーディア 殿

     

     住所 ガーディア領主邸本邸

   申請者 ファルチェ・ガーディア

  担当者氏名 カティア・ガーディア


  トイレ及び洗面台設置申請書


設置目的

トイレ→快適な生活・衛生環境向上

洗面台→病気罹患率予防・軽減


設置概要

・劣悪な衛生環境から清潔な衛生環境の変化により、病気予防の確立を目指す。

・生活導線確保により、警備体制の負荷軽減率上昇の見込み

・清掃軽減による使用人作業の見直し(空き時間による他作業の検討)

                 

設置効果

・試験段階として、ますば屋敷の使用人に、衛生概念の意識改革の講習を行い、理解向上に務める。

・試験段階を熟慮した上で、領民への衛生概念の講習を定期開催。講習を通じた意識改善と、衛生環境の新整備を並行し敢行すると共に、衛生意識の習慣化を目指し、全体の意識改革へと移行する。

                

         以上

            

           


「……なるほど。上手く書けている、とてもわかり易い書類ね」


 確かに、設置概要の場所に、雇用についての記述があるわね。ここは、私の指揮下だわ。そして、細かく突っ込めば、使用人への講習も。自由参加でなく強制ならば、雇用時間になるからね。全員を一気に参加させれないし、小規模で何回か行う必要がある。この辺りの細かい調整も、私はシルベスタと話をしなければならない。

 だが、そんな話はこちらまで来ていない。


 父の指揮下と母の指揮下の違い。商会と領地運営の違いを教えなければならない。だが、今日はもう時間がない。次の議題は決まった、これにしよう。

 この後はガスパールとのティータイム憩いの時間だし、遅れないようにしないと。ただでさえ、今日のカティアとの授業だけでも報告することがたくさんあるのに。

 ……あぁ、ラファエル。私は、貴方に癒やしを求めたいわ。貴方は嫌がるお年頃だけど、母の為に耐えてちょうだい。母は、後で貴方の元に参ります。


「実はこの後、ガスパールに会うのよ。この書類は、このまま私から渡していいかしら?」

「はい、お願いします」


 提出が早いほど、着工許可証が早めに出るだろう。特に不都合はないので、私は同意した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る