第三章 四話ノ一


「ヴィクター、予算額が決定したから見積書作成するんだけど、そのままお父様のところに持っていって良いのか、聞いていて頂戴」

「畏まりました」


 ヴィクターが退室した後、私はいろいろ考える。

 

 アードルさんから聞いた費用で、見積書出すけど、いつ着工出来るかな?早くあの匂いと不衛生さを、どうにかしたい。クリーンでその時に綺麗にしても、私以外の人は魔力に限界があるし。屋敷の人たちは、有事に備えて、日常生活ではあまり魔力を消費しない。それに、菌とかの概念?知識?がないから、綺麗に見えても匂いが取れないのよ。

 

 汚い話だけど、皆はトイレの尿ハネ実験とか見たことある?あれ、凄いよね。かなり遠くまで飛んでるんだもん、ビックリだよ!


 トイレ自体が汚物臭気完全除去でも…やはりトイレの壁や床の掃除は必要か。それなら、お父様に出した申請書のニ箇所の修正が必要だな。

 

―――――――


ガーディア辺境伯領領主

  ガスパール・ガーディア 殿

     

     住所 ガーディア領主邸本邸

   申請者 ファルチェ・ガーディア

  担当者氏名 カティア・ガーディア


  トイレ及び洗面台設置申請書


設置目的

トイレ→快適な生活・衛生環境向上

洗面台→病気罹患率予防・軽減

設置概要

・劣悪な衛生環境から清潔な衛生環境の変化により、病気予防の確立を目指す。

・生活導線確保により、警備体制の負荷軽減率上昇の見込み

・清掃軽減による使用人雇用の見直し←この部分

                  

設置効果

・試験段階として、ますば屋敷の使用人に、衛生概念の意識改革の講習を行い、理解向上に務める。

・試験段階を熟慮した上で、領民への衛生概念の講習を定期開催。講習を通じた意識改善と、衛生環境の新整備を並行し敢行すると共に、衛生意識の習慣化を目指し、全体の意識改革へと移行する。

・人権費余剰繰越金の検討を推奨←この部分

                

              以上


               ―――――――――――



 ヴィクターが帰ってきたら、書類を持って聞きに行きましょう。まだ修正が可能ならば、書き直して提出する必要がある。


「アリサ」

「はい、カティアお嬢様」

「ヴィクターが帰ってきたら、私が見積書を持っていきます。お父様に用事が出来たの」

「先触れは…」

「二言ぐらい聞けば、すぐに終わるけれど…必要かしら?」

「…ヴィクターに、来客があったか聞いてみましょう。お時間がかからないようですし…来客がなければ、大丈夫かと」

「分かったわ」


 アリサの助言に頷きながら、私は改めて見積書を眺めたのだった。


――――――――――


      お見積書


 ガーディア辺境伯領領主

  ガスパール・ガーディア 殿

     

 

件名 トイレ設置予算額について


  品名   個数 単価 金額

トイレ室新設  6  金2 金12


合計            金12


納入期限 未定

納入場所 貴殿指定場所

取引場所 ガーディア辺境伯領主邸


 上記の通り、お見積申し上げます。


   担当者 カティア・ガーディア


――――――――――



「只今戻りました」

「おかえりなさい。どうだった?」

「以前の書類同様、お館様にお持ちして問題ないそうです」

「そう、良かったわ。お父様にご来客はいらしたかしら?」

「…いえ。いつも通り、政務に励んでおられました」

「そう。なら、今から伺って問題ないわね」

「え?お嬢様がお持ちになられるのですか?」

「えぇ…お父様に渡した申請書に、少しだけ修正したい箇所があるのよ。まだ間に合うか聞きに行こうと思って…」

「なるほど。それならば、我々では役不足ですね。ただ、お忙しそうでしたので、短時間がよろしいかと…」

「もちろんよ、ありがとう。アリサ、行きましょう」

「はい、カティアお嬢様」

「行ってらっしゃいませ」

「行ってきます!」


 廊下で、ヴィクターからの見送りを受けながら、私たちは歩を進めたのだった。



✡エイリック Side


 コンコンコン。

 カティア様と戻ってきた後、俺はアードルの伝言を伝えるため、ファルチェ様の元を訪れた。


「カティアお嬢様専属護衛騎士、エイリックです。伝言とご相談があり、参上しました」

「…お入りなさい」

「はっ!失礼致します」


 ファルチェ様のいらえに、入室の挨拶をする。


「それで?我が娘が、どこで、なにを、しでかしたのかしら?」

 

 既に、しでかすのを見透かしているような質問だが、あのお転婆カティアお嬢様の母親だ。なんとなく察しているんだろう。


「鍛冶工房木工部門長代理アードルからの伝言がありまして、お伝えに参りました」


 ビッと姿勢を正して告げれば、彼女はピクッと眉を動かした。


「アードルのところへ、カティアが行ったのかしら?」

「はっ!…なんでも、トイレの見積もりを詳しく知りたいと押しか…んんっ!ご訪問されました。ちゃんと先触れを出してのお伺いも立てておられましたので、問題はないかと」

「当日というのがあれだけど…あの子は、思い立ったが吉日なんですもの。今は、我が家だけなら良しとしましょうか」


 それはおいおい調整するつもりだろうけど、あの姫さんは、よっぽどじゃないと変わらないような気がする……気だけな。


「それでアードルからの伝言ですが…『あんな、現在の技術で作れるわけないがない魔導具を、ホイホイそこら辺に出す嬢ちゃんは、世間を知らんのか!?現存するアーティファクト古代遺物も真っ青な魔導陣能力だぞ!?これがバレたとあっちゃ、中央が黙っちゃいない!スキルだから、値段は付けられない?将来は、自領で作成したい?あの嬢ちゃんは、少しは世間の常識を学ぶべきだ!』…とのことでございます」


 最後は、エイリックの気持ちをアードルの伝言として上乗せした。辺境伯令嬢であるカティア様に、随分な物言いをしているのは百も承知だが、一舌乗せてもらったのだ。なぜなら、アードルの…いや、ドワーフの性質を知っているファルチェ様は、特に言及することも怒ることもない。それよりも、娘の行動に頭を悩ませている表情だ。ファルチェ様は、こめかみを揉んでいる。


「軍施設区域の鍛冶工房で、亜空間からトイレ1台をポンッと出したお嬢様は、アードルに、使い心地や研究を望まれていました。ですがアードルの独断により、お嬢様ご帰宅後、魔法鞄に収納してあります。ファルチェ様のご判断を仰ぎたい…とのことでございます。そして、新設されるトイレについても、なにか要望があればお聞きしたい…と申しておりました」

「まぁ…あの娘ったら、アイテムボックスが貴重なことを忘れてるわね。工房内だから良かったけど…人の目に気をつけて、アイテムボックスを使うよう言っておくわ」

「はっ!」

「それにしても……はあ~~」


 続けざまに紡がれた俺の報告を聞き、深く深く息をはいたファルチェ様は、瞼を閉じられた。だが次の瞬間には、意志の篭った目つきをされていた。


「……アードルに伝言を頼みます」

「はっ!」

「1、カティアの世間知らずは、只今絶賛教育中であること。2、カティアの性格の調整を予定しているが、突拍子な行動は治る見込みが低いこと。3、アードルには、カティアの行動に慣れてほしいこと。4、もしアードルが、先進的技術を学びたいと思うなら、『魔法契約』をすること。5、カティアが出したトイレは、トイレ新設まで預かっておいて欲しいこと。トイレに関しては、始めてですからね。特に今のところ希望はないわ。これを伝えてくれるかしら?」

「畏まりました。すぐに伝えてまいります」

「お願いね」

「はっ!失礼致します」

 一礼してから退室した俺は、すぐさまとんぼ返りでアードルのもとへ向かった。


 ファルチェ様の返答を聞いたアードルは、『魔法契約』については、しばらく考えさせて欲しいと返事を保留にしたが、その他については、渋い顔をしながら了承していた。

 アードル曰く、「世界の歴史に残るであろう産物を持つ恐ろしさは、お前には分かるまい!」とのことだった。



エイリックとアードルの秘密の会話第二弾♡


「アードル…ファルチェ様は、カティア様の陣営に、お前を加えたい考えを持っておられるぞ?」


 アードルを横目で流し見れば、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「そんなこと、『魔法契約』を持ち出された時点で分かっとるわい!ただ…嬢ちゃんの魔道具は、正直儂の手に余る。素材や鍛冶ならば手伝えるだろうが……魔道具に関しては、少し心得があるだけだ。ただ、魔道具の研究において、右に出るものはいない!という人材に、少しだけ心当たりがある。ファルチェ様の許可が得られれば、そやつに手紙を送りたいが…エイリック、一度聞いてみてくれ」

「いやいやいや…俺はカティア様の専属護衛騎士で、お前の伝書鳩じゃねぇよ。しかも、その手紙相手のことも伝えないと、ファルチェ様も返事がしづらいだろ?詳しくとまではいかなくても、ちょっとした情報の開示は必要だと思うぜ?手紙ぐらいなら渡してやるから、今すぐに書けよ」

「……それもそうじゃな。」


 俺を足に使うな!と言ってやれば、少し思索しさくしたらしいアードルが、納得気に呟いた。


「あまり表では、口には出したくない名じゃからな。手紙にしたためるのが一番じゃろうて……すぐに書いてくるから、待っておれ」


 そう言って鍛冶工房の奥に消えたアードルに、俺は一人ぼやいた。


「表で口に出したくない相手とか…止めろよな。まったく!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る