第三章 三話

✡ケイト Side


「陶器だから、便座に座ると冷たいと思うかもしれないけど、あったか仕様になっていますから安心ですわ。汚物臭気完全除去の設置型トイレで、『おいおいおい…そんな複雑な効果の魔導具の術式をどこで……いやいやいや、それよりも動力はどうすんだよ!?そんなたくさんの効果を持続させるなんて、オーガキングの魔石でも一週間も保たんぞ!?』…やっぱり、オーガキングっているんですわね?」


 魔導具職人の専門職ではないが、仕事柄多少噛った知識人鍛冶師のアードルでさえ、この混乱ぶりだ。怒涛のように押し寄せる疑問つっこみが口から出るが、お嬢様の興味は、魔物のオーガキング一択。


「…そこじゃない!!」


 私は思った。恐らく…全員の思いを代表したアードルの、心からの叫びだったと。アードルがわなわなと震えていたのは、今の技術ではありえない魔導具だったからだ。


「…嫌ですわねぇ、冗談ですわよ冗談!えっと…空気中の魔素を取り込んで自動充魔しますから、稼働力も魔石の費用の心配もいりませんのよ?」

「なおさら、怪しさ爆発しかねぇじゃねぇか!」

「あら、懐かしいツッコミですわぁ」


 アードルの混乱さえ、カティアお嬢様には、もはや情緒ある響きにしか聞こえないらしい。しかし、五歳のお嬢様が懐かしいとは?


「そう言われましても、現物がここにありますし…そうですわっ!私は、将来的に自領ここで、トイレを制作したいんですの!是非実際に使ってみて、職人目線の感想を頂けないかしら?陶器に変わる材質も…心当たりがあればら教えて頂けたら助かりますわ!」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!お嬢には普通かもしれねぇが、儂の目は誤魔化せねぇからな!?これ、一体幾らするってんだ!?…え?」


私の言葉に反応して、目が釣り上がるアードルさん。私は困惑しながら、呟く。


「幾らと言われましても、私のスキルですもの。値段の話は困りますわ」

 

 眉尻を下げ、困惑顔を浮かべるが…。


「あっ、それとは別に、各階に2部屋ずつ洗面台付きのトイレを新設の依頼は出させていただきたいのですけど…」

「おい、嬢ちゃん!さらっと話をすげ替えるな!」


 アードルが肩で息をしそうな…いや、実際してるか。それくらいの叫びだが、お嬢様はおくびにもださない。


「工事はお屋敷のボスミストレスの要望でもあるので、しっかりと着工・完成させたいのですわ」

「…ぐっ!?」


 しかもアードルに、しっかりと脅しまでかけて黙らせた。すっかり勢いを無くしたアードルに、お嬢様はニコリと微笑み、、アードルさんへ丸めた羊皮紙を差し出した。


「なんだ、これは?」

「私が書いた設計図ですわ。素人が書いたものですので、参考程度に見て頂けたら嬉しいですわ」

「……あぁもう!取り敢えず、お館様から着工許可証を貰ってきてくれ。それがあれば、工事に着手出来るからな」 

「着工許可証?」


 カティアお嬢様の書いた設計図に目を走らせながら、やけになったアードルは、着工許可証を求めた。だが、それに首を傾げたお嬢様を見たアードルさんは、からかいの色が浮かぶ。


「…なんだ?着工許可証も知らずにここに来たのか?」

「おと…お館様には、申請書は出してありますわ!」

 

 お父様と呼びそうになるのを、慌てて言い直す。これは仕事だからね!取引相手?には、ちゃんとしなくちゃね!


「そうか。なら、見積もりの書類が来るのを待ってるな、それ」

「…そうですわ!私はアードルさんに、予算を聞きに来ましたの!この設計図通りに一室新設するとなれば、予算はいかほどかしら?」


 パンッと両手を合わせたお嬢様の顔が煌めいた。話が脱線していたが、、ここに来たそもそもの理由がそれだからだ。彼から予算を聞けば、見積もりは間違いない。


         ◇カティア 視点◇


「あ~…奥方様要望なら、しっかり希望を聞いてやりたいんだが…」


 チラッと私を伺うように見るアードルに、私はドヤッと胸を張る。


「この件は、母により私に一任されておりますの」


 着工許可証を知らなかった小童一人に、仕事を任せるのは不安だろうけど、今回ばかりはグッとこらえて、私に付き合っておくれ。


「それなら、仕方ないか。見積もりとしては、一室に付き…最低金貨2枚は見てもらいたい」


 日本円で20万?随分かかるなぁ…と思いたいけど、貴族家の材質や装飾の問題もあるからだろうなぁ。


「承知いたしましたわ。3階建てのお屋敷の各階に2部屋新設の依頼で、見積もりは…最低でも、予算額は金貨12枚ですね。至急、お館様に問い合わせの上、後日、設備などの備品を納入致します」

「備品というと、この洗面器ってやつもか?」

「もちろんですわ。こちらのトイレと同じ素材の物で搬入予定ですわ」

「搬入なぁ…こんなに質のいい磁器は見たことない。というか、これ自体新製品だろ?」


 と、魔導トイレをポムポムと叩く。


「こんな製品があれば、商人や職人の間で話に上がらないはず…ないんだがなぁ…」


 片目を瞑り、渋めな表情でこっちをチラ見するアードルさんに、私はやった!と手を握る。土質を見てみないとわからないが、磁器の技術があるなら、可能性はずっと広がる。


「磁器はあるんですね?」

「…ん?あぁ。山村で、冬の間の手仕事としてる奴らがいるぞ。だけど冬だけだから数は多くないし、こんなサラツヤじゃない。もっとザラッした無骨な作りだな」

「それでも可能性はありますわ!今度、職人さんを紹介してくださいな!」

「あぁ…構わねぇよ」

 

 私のテンションに、少しおののいているアードルさんだが、自領の特産品目が一つ追加されたのだ。わたしが、嬉しくないわけがなかった。


 結局トイレは置いてきた(笑)

 力持ちのドワーフだから、なんとかするだろう。ヴィクターも、工房には魔法鞄マジックバックがあるって言ってたし。


アードル&エイリックの秘密の会話♡


「おい、エイリック!あの嬢ちゃん、どうなってるんだよ!?」

「…なにがだ?」


 しらばっくれようとしたが、無駄だった。カティアお嬢様のあり得なさを勢いよく突っ込まるし、恐ろしい情報まで飛び出す。


「なにがじゃない!あんな魔導具、現在の技術で作れるわけないだろ!?それを自領で作成だぁ?あの嬢ちゃんは、世間を知らんのか!?しかも、現存するアーティファクト古代遺物も真っ青な魔導陣だぞ!?あんなものをどこでもホイホイ出してみろ!中央が黙っちゃいないぞ!!」

「……いやぁ、あんまり詳しく話せなくてな」

「あれを見れば、『魔法契約』をしていることぐらい、誰だって想像がつくわ!あれはな、神が作ったと言っても過言じゃない代物だ」

「…っ!……あれは、しばらくマジックバックに入れておいてくれ。ファルチェ様に指示を仰いでから、返答する」

「おぅ。ついでに、トイレでなにか要望がないか聞いておいてくれ」

「あぁ、分かった」


 懐かしいな、『魔法契約』。儂もあれの経験はあるが、契約時の光景は、不思議なものじゃったな。

 お互いが条約を確認し納得した後は、サインをする。そして紙に自身の魔力を流せば、紙は炎に包まれ、『正義の女神ツェンリル・シュナウザー』にまで届けられる…と云われている。


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