第三章 ニ話

◇ガーディア領軍 領主本邸支部◇


「なぁ、さっきの馬車見たか?」


 たまたま一緒に昼飯を食うことになった同隊の奴は、ニヤつきながら話しかけてきた。


「馬車?」


 訝しげに聞くのは、優男ながら筋肉の引き締まった身体が、服の上からでも分かる、筋肉好きな女子には持てる男だ。


「あぁ…工房の前で止まっていたが、真新しい馬車に、御者は若い坊主だった」

「…大方、この屋敷の坊っちゃんじゃないか?今年9歳になるから、そろそろ準備に入るんだろう」

「9歳でなんの準備が必要なんだよ?貴族の坊っちゃんなんて、生まれからして安泰じゃないか」


 ガーディア領の兵士をしていながら、なにも知らない奴に(こいつ、マジか…)と呆れの表情をする優男。


「…お前、それ本気で言ってるのか?次期当主は、13歳で王都の学園に入学試験に合格出来れば入れるんだが…落ちてしまえば、また絶対来年受けなければならない」

「なんでだよ?貴族なんて、自分で家庭教師をつけるじゃないか」


 わざわざ王都の学園まで行って、学ぶ必要あんのかよ?と肩を竦める。


「この国の法律で、学園の卒業資格を取得出来なければ、貴族の後継者として認められないっていうのがあるんだよ」

「まじかよ!?」

「…っあぁ…」


 急にテンションが上がり、前のめりになる男に、説明していた優男は引き気味だ。


「しかもガーディア辺境伯領では、10歳~13歳までの三年間を領主代行として治めるという独自の教育方法があるんだ」

「…そんなことしてて、学園の試験に落ちたらどうするんだよ」

「貴族の学園の授業は多岐に渡るらしいぞ?そこから基礎学科を抜いた授業時間は、自分に必要な授業を選択して挑む教育体制らしい」

「その中に、領主代行が生きる授業があるってか?」

「それもあるだろうが、辺境という土地故の荒い教育とも言えるだろう。現に今のガスパール様も、その教育を受けて領主になられている」


「現領主から一村を預かり、補佐はつくが、代官を立てることは許されず…己の采配で全てが決まる。そんな緊張な環境下に、10歳の子供が三年間置かされるんだ。安泰どころか、日々食らいつくので精一杯だろう」


 貧困とはまた違った、己の肩にかかる村人の命の重さ…それに耐えなければならない苦しさ、重責があるのだ。優男に続き説明された声の方向に、二人はバッと振り向いた。


「「エイリック隊長!?」」


 先日、ガーディア辺境伯家ご令嬢の護衛騎士の栄転を果たしたはずが…どうしてこんなところにいるんだろう。突然の乱入を果たした人物の名を、二人は揃って呼ぶのだった。



   ◇鍛冶部・木工部の工房◇



「嬢ちゃんが、ガスパール坊の子か?」

「はい、ガスパールがニ子カティアと申します。今日は、突然の来訪を受け入れてくださり、感謝申し上げます」 


 しれっと挨拶をする私だが、内心はドワーフだぁ!?と狂喜乱舞していた。本当に背が低いんだなぁ。でも、力持ちで酒好き。寿命は300~500年。エルフは1000年。ハイエルフになると2000年と長命である。それを鑑みれば、人の一生なんて一瞬だよなぁ。


「しっかりした嬢ちゃんだなぁ。儂は見ての通りのドワーフ種で、アードルという。しかし、一子が先に来ると思っとったんだが…なんの用だ?」

「私の執事ヴィクターから、屋敷のリフォームは、こちらでお受け頂けるということで、お話に参りましたの」

「屋敷のリフォーム?どこか具合が悪いなんぞ、そっちからの報告は来てないぞ?」


 頭を捻りながら首を傾げるアードル。


「修繕ではなく、新設ですの。我が屋敷では新たに、トイレと洗面台を何室か新設する運びになりました」

「トイレを増やしてどうする?屋敷内の人数が増えるのか?」


 あのボットントイレをこれ以上増やしてなるものか!


「増設ではなく、新設でしてよ、新設!これが設計図で…これが新しく導入する最新式トイレですわ!」


 ちょっとした言葉の勘違いに、実際に目で見たほうが早いだろう。私は未使用・・・のトイレを、アイテムボックスからドンッと床に取り出したのだった。



「エイリック隊長はどこに行ったんだ?」

「ちょっと用事があるとかで…さっき、隣の軍施設に行く許可を、お嬢様に貰ってたわよ」


 今日の護衛騎士は、エイリックとミリーとケイトのメンバーである。

 ミリーの質問に、ケイトがボソッと小声で応える。


「領主本邸でも軍施設区域だから、安全でしょう。少しだけなら構わないわよ?」


 と、エイリックに答えていたお嬢様を思い出す。


「エイリック隊長…なにか用事があったのか?」

「…さぁ?…中間管理職の仕事かなにかじゃないかな?」


 私にも分からない…と匂わせれば、ミリーは頷きながら興味を無くしたようだった。


「なっんじゃこりゃ~!?」


 そんな時に、横からアードルの大きな声が響いた。ミリーなんて獣人だから、ドワーフの声量はキツそう。思いっきり顔を顰めて、耳を伏せている。

 なんかアードルが叫んだ瞬間に、お嬢様が満面の笑みで振り返って、ミリーの耳を直視してるけど、なんで?そういえば……前に尻尾もガン見してたな。それに気付いて、尻尾を左右上下に揺らして、誘い遊んでたミリーも面白いけど。もしかして、お嬢様ってば獣人好き?


「煩い…一体なにを叫んでんだ?」

「恐らく…トイレでしょ?あそこに存在感丸出しのピカピカに光ってるのがあるじゃない」


 用を足すのを拒むようにきらきら輝く真っ白な陶器に、滑らかなフォルムに高級感丸出しのその存在は、驚くことなかれ、超高性能魔導トイレなのだ!(お嬢様談)


「なっ、なっ、なっ……」


 アードルは、見たこともない白磁の美しいトイレを見て、わなわなと震えていた。

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