第三章 一話


「う~む。トイレと洗面台の工事を、どこの工房に頼むべきか…いっその事、商業ギルドで斡旋してもらうべ?」


 鼻にペンを乗せたまま唇の端を尖らせる。(日本人の頃は、真ん丸なお花で無理でした(笑)) 


 そんな考え方をする私を諌めながら、ご丁寧に情報提供するヴィクター。


「お屋敷の工事は、領主家お抱えの工房がございますよ。あと、その変な話し方や、行儀の悪いペン置きもおやめ下さい」


 彼は、先日のお母様から紹介された専属執事のヴィクター。彼はシルベスタの孫で、知識は色々あるし頼りになるけれど、口うるさいのが玉にきず


「おぉ、お抱え職人!金持ちの響きだわ!しかも、そんな存在さえすっぽり抜けてた!」


 前世庶民の私の頭には存在しなかった言葉、お抱え職人!


「そうだよ、そう!我が家には、侍医じいがいるんだもん。お抱え職人がいても不思議じゃないよね!予算も決めなきゃいけないし、設計図を書いて見せに行かなきゃ!」


 こうして屋敷のトイレ設置案は、着々と進み出したのでした。


「う~ん、洗面台の配管設置がネックだなぁ。壁を取り払うのは時間もお金もかかるし、内部の壁に添わせたら、カビや劣化が心配だし……これは神々の大百貨店の出番か?しばらくの間の浴室関係は、全部大百貨店頼りだな」


 設計図は出来たから、これを元に見積もりを聞きに行こう。聞きに行くだけはタダである。それになにか拾い物があれば、儲けもの。私は満を持して行動に出た。


「ヴィクター、お抱え職人の工房はどこにあるの?」

「領主本邸敷地内の軍施設区域にあります。少々離れた場所になりますが、木工部門は、鍛冶工房と併設されております」

 

 領都にはいくつかの軍施設が点在しており、領主本邸の軍施設は、護衛や警備に従事する兵士が駐在している。その兵士の訓練場や食堂など兵舎に、武器の保管庫がある。

 鍛冶や木工の工房があるのは、武器の保管庫の隣であった。


「そうなの。軍施設には、専属護衛騎士の募集をかけにいかないと駄目なんだけど、今日はトイレが先決ね!工機工房に先触れを出しましょう」

「…こちらでは、木工部門になりますね」

「なら、そちらへ先触れを出してちょうだい」

「畏まりました」


 ペコッと頭を下げて、ヴィクターは退室した。

 

「お嬢様…馬車の移動になりますので、準備をしてまいります」

「お願いね、モンド」


 従者のモンドも一礼し、退室していった。


「電話が恋しいわね…アリサ」

「電話…でございますか?」

「遠方にいる相手と通話が出来る道具…とでも言えばいいかしら?」

「それは便利ですが…こちらにも似たような魔導具がございますよ。大変高価で、私は見たことはございませんが、緊急な連絡には使われているという噂ですよ」

「へぇ…面白そうね。是非、今度実物を見てみたいな」


 どんな構造かな?日本の電話や携帯みたいだったら、是非欲しい!大百貨店に聞けば、分かるはず!今度行った時に聞いてみよう。


「お嬢様、馬車の準備が整いました」


 扉の向こうから、モンドの声が聞こえたのでそれに応える。


「分かったわ。ヴィクターが戻り次第、出発しましょう」

「畏まりました。私は、馬車でお待ちしております」

「お願いね」

「はっ」


「アリサ、少しだけ髪を整えてちょうだい」

「はい…どの髪飾りに致しましょう?」

「今日は動きやすい水色のドレスだから、濃青色のサテン布でリボンにするわ!髪型はお任せよ」

「畏まりました」


 布を織り込ませながら、緩く編み込みをして肩の辺りでリボンにした髪型になった。

 ふほぉ~!?可愛い!この細長いサテン布は、当たりだった!ルンルン♪と姿見で右に左にと見ていたら、気に入ったと悟られたらしく、アリサが満足気に微笑んでいた。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、ヴィクター」

「え?」

「ん?どうしたの?」

「…いえ。木工部の工房ですが、問題ないとのことでしたので、このまま向かえます」

「良かったわ。ちょうど髪型も出来たところだったし、早速出発しましょ!」

「お似合いでございます」

「でしょ!?銀髪に濃青も正解だったけど、髪を器用に編んでくれたアリサのおかげよ!」

 

 スキップしそうな軽い足取りで、廊下の絨毯を踏みながら、玄関へと向かったのだった。


 

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