第17話 出鼻くじき


「ハア''ァー…」


どこかわざとらしい、大きな溜息。


「一体どうしてくれるの、この状況?貴方のせいじゃないの?ねぇ」


「うるせえ!俺様が乗りこなせねえ代物、お前じゃ余計無理だろ!」


「乗騎はパワーじゃなくてセンスの問題よ。貴方にはセンスがない」


「じゃあ俺様に手綱渡さなきゃ良かっただろ!」


閑静な森の中に、二人の男女が口論する声が響き渡る。

その声の主は紛れもなく、ニセ勇者とブランケットの二人だ。



竜帝城を発つとき、二人は騎乗用のホーリードラゴンを用意してもらった。


「俺様が運転してやるよ。竜が暴れれば手が付けられねえからな」


「そう?まぁ出来るなら任せてもいいけれど。よろしく頼むわよ」


そう言って、ブランケットに運転役を任せたのが大失敗だった。




滑り出しは順調だった。竜たちは、長らく続いた竜帝の尻に敷かれる生活から解放された嬉しさからか、尻尾や翼を振って、二人の旅立ちを見送ってくれた。


が、山を一つ越えたあたりで、ホーリードラゴンの様子がおかしくなった。どうも、聖と対極の魔の者であるブランケットに操縦されることが、聖なる竜としては我慢ならなかったらしい。


「うわっ!?」


竜の脂を練り込んだ手綱を嚙みちぎらんと、ホーリードラゴンは咆哮を挙げながら暴れ始める。ブランケットは必死に抑えようとしたが、とても無理だった。


「ちょっと何して…あ、あーッ!」


ニセ勇者は慟哭した。竜の暴れる勢いで、その背に組み付けていた積み荷が零れ落ちていく。引く手あまたの高級武具の数々が、煌めきを放ちながら虚空に吸い込まれていった。


「私たちの財産がドンドン落っこちてるじゃないの!早く拾いなさい!」


「無茶言うなよ!」


振り落とされそうになるのを必死にこらえ、ブランケットは必死の操縦で何とか高度を下げていく。が、ホーリードラゴンはいよいよ我慢の限界を迎えた。


「げっ―」


「ちょ―」


風を切る音がしたのと同時に、身をよじったホーリードラゴンの身体が一回転した。その遠心力に負けて、ついに二人は竜の背から振り落とされる。


「――ぅ、ぅゎぁぁぁあああああああ''っ!!」


飛び去るホーリードラゴンの影が、みるみるうちに小さくなっていった。








「命があるだけありがたいと思えよ!俺様が低空飛行に切り替えてなかったら、お前なんか今頃地面に激突して、あの世行きだぜ」


「あらそう?貴方が妙な老婆心を起こして運転役を買って出なかったら、今頃あの武具を売りさばいて大儲けだったと思うけどね」


「老婆って何だよコラ」


「そこ突っ込む所じゃないわよ。もう少し考えて物を言いなさいよ」


「じゃあ何も言うなよ!口閉じとけボケ!」


竜帝城での打ち解けっぷりが嘘のように、極めて険悪なムードだ。


両者が責任を押し付け合うのも無理はない。移動手段である竜を失い、財産代わりの高級武具も落っことし、更には今どこに居るのかも分からなくなってしまったのだから。これではメカ勇者どころか、野垂れ死にの危機である。


暫く二人は頬を膨らして背を向け合っていた。

が、合理的なニセ勇者はすぐに、それが無駄な時間だと気づいた。


「ねぇ、この辺でもう止め―」


「口を閉じとけと言ったろ!黙れ!」


言いかけたところで、ブランケットの怒声に阻まれる。


「いやだから、これ以上口論しても―」


「黙っとけと言っただろ!苛立つだけだから、一切、喋るな!」


これまでになく怒っている。相当癇に障ったようだ。


「ちょっと、まず話を―」


「あぁもう!口を閉じろと言ったのにまた口を開いた!何度目だお前!いい加減にしろ!次に何か言ってみろ、首と胴が離れることになるぞ」


こうなってしまうと、もう交渉不能だ。ニセ勇者は諦めて、時間が解決するのを待つことにした。





「…」


不貞腐れて木陰に座り込んでいたブランケットは、自分の目の前でぐるぐる歩き回るニセ勇者を怪訝けげんな目で見つめた。いつもの威勢の良さが無いというか、内股でどことなくモジモジしている。


「…」


ニセ勇者は一言も発さず、人差し指で茂みを指差した。


「…トイレなら、さっさと行って来いよ」


ブランケットがそう言うと、ニセ勇者はそそくさと茂みの中に入っていく。


「覗かねえっつの!人間の痴態なんか興味ねーんだよ!」


疑い深いニセ勇者が途中で何度も振り向くので、ブランケットは苛立ちながら顔を背けた。






(俺、何やってんだろうな)


ふと俯瞰してみると馬鹿らしくなってくる。自分は一体何をしたいのか?もちろんメカ勇者から身を隠したいわけだが、それでどうなるというのか。この逃避行のゴールが見えない。


魔王城に乗り込んで、憎らしいブレインハットを一発叩けばハッピーエンドかもしれない。が、メカ勇者がいる以上、それは到底無理な相談だ。


では、本物の勇者を倒せばトゥルーエンドだろうか。が、本物の勇者を倒すなど、メカ勇者を倒すよりも難しそうに思える。


まさしく八方塞がりだ。

このままメカ勇者の恐怖に怯えながら、ニセ勇者に付き従って逃げるだけの一生か。

そんな一生を送るくらいなら、いっそのこと。






「…………遅っせえな」


考え込んでいる内に相当な時間が過ぎたように思えるが、ニセ勇者は全く戻ってくるそぶりを見せない。


ブランケットが顔を上げると、どこまでも続く茂みと樹林と、何の生気もない暗がりが、ただ広がっているだけだった。


「…おーい」


呼びかけても返事はない。そういえば、口を閉じていろと命じていた。


「口を開けてもいい。返事しろー」


が、そう呼びかけてもやはり返事はない。


「…」


ブランケットは、思わず立ち上がった。


ニセ勇者は、どこにも居なかった。

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ニセ勇者 vs. メカ勇者 べんべん草 @otentosama

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