第16話 寝そべる竜帝


【勇者、竜帝に即位 驚天動地の大政変】


新聞の号外に踊る見出しに、誰もが目を丸くした。


「魔王を倒すこともなく何をしているかと思ったら、竜帝になりたかったのか?」

王国の民草は、予想だにしない展開に呆れた声を上げた。

こんな異常な記事、普通なら誤報を疑う。が、ニセ勇者の迷惑行為による印象操作もあり、勇者はネジが一本外れてしまったのだ、と驚き嘆く声の方が大きかった。



そして、驚いていたのは、かくいう竜帝本人こと、ニセ勇者も同じであった。




「どういう事なの、この記事は?」


巨竜サイズの大きな玉座を持て余して、椅子の上に寝っ転がりながらニセ勇者は怒りの声を上げた。


「私が竜帝になったことは秘密にしておけと言ったでしょう」


「いえ!我々は一切他言しておりません…」


玉座の前にひざまずいた巨竜は、縮こまりながら答える。折曲がった長い首を垂れて、まるで収穫期の麦の穂のようだ。


「じゃあ何で情報が洩れてるわけ?」


「分かりません…」


王国に忍び込んで新聞を掠めてきたワイバーンも、巨竜の後ろに隠れてビクビクしている。すっかり勇者の力を信じ込んでいるようだ。


「ハァー…もういいわ、行ってよし」


巨竜は腰を曲げたまま、トンネルのような出入口から去っていった。




「お前、ふんぞり返りすぎじゃねえか」


玉座の傍らに居たブランケットが口を開いた。眷属扱いなので、玉座ではなく地べたに敷かれた粗末な茣蓙ござに座らされ、ふてくされているようだ。


「嘘つきは正々堂々とせよ。これは鉄則」


そう言うと、ニセ勇者は玉座のすぐ前に置かれた台座に手を伸ばした。台座の上のバスケットには、竜帝のために用意された朝もぎのドラゴンフルーツが盛られている。そのうちの一つを手に取り、寝そべりながらかじりつく。


「というかお前、いつまで俺様にタメ口きくつもりだ?コラ」


ブランケットは今更なことに突っかかり、凄んで見せた。


「ずっとよ」


が、ニセ勇者はちっとも動揺しない。


「俺様は魔王軍四天王で、お前は俺様の部下だ。俺様の方が上だろ!」


「私は魔王と肩を並べる竜帝よ。対して貴方は魔王の部下じゃない。じゃあ、私の方が上でしょう」


反論しにくい屁理屈で対抗され、ブランケットはそれ以上口撃するのをやめてしまった。




「それにしても…どうして私の即位が漏れたのかしら」


ニセ勇者は、新聞を広げながら改めて疑問を口にした。


記事が載った新聞には、『神速新聞』の名が刻印されている。魔王軍との大戦役以来、情報の速さと深さを売りに王国内で急速に部数を伸ばした新聞だ。その一方で、本社を持たず、発行者も不明な謎多き新聞でもある。


「この城にスパイでもいるんじゃねえか?」


「ここは、入れば命はない竜帝領のど真ん中よ?竜の視覚や嗅覚を搔いくぐって潜り込まなきゃならない」


ブランケットは、ここに至るまでの経緯を改めて思い返した。確かに、身を隠すもののない大草原が続く中、空を飛び交う幾千の竜の目を欺くことなど不可能だ。


「それも、ニュースになるような大事が起きるまで潜伏しなきゃならない訳よ。人間業じゃないわ」


姿を消す魔法も存在はする。が、魔力消費が激しいので、潜入中ずっと起動しておくのは無理があるだろう。




「ま、過ぎた話は気にしない事にしましょう」


ニセ勇者は、杯いっぱいの天然水で喉を潤しながら、話題を転換した。


「問題は今後よ。竜帝領が人間の手に落ちたなんて異常事態、知れ渡れば各国の使者やら密偵やらが押し寄せてくる」


「うまい事丸め込めば何とかなるんじゃねえか。そう言うの得意だろ?」


バスケットから掴み取ったドラゴンフルーツをバリバリ食べながら、ブランケットは楽観的な態度を取る。


「風呂敷は広げ過ぎない、これも鉄則よ」


ニセ勇者はすかさず釘を刺す。


「本物の勇者が名乗り出てみなさい。直接対決になったら今度こそ命が無くなるわよ。それどころか、勇者につられてメカ勇者までやって来るかもしれない」


「あぁ、そうかメカ勇者…」


思い出したように、ブランケットは肩を落とした。


メカ勇者はあくまでも機械である。1機やられたところでもう1機来るのだ。


「確認なんだけど、ニセ勇者計画はブレインハットには秘密で進めてたのよね?」


「あぁそうだ。あいつの知らないうちに事を済ませようと思ってな。もっとも、城に残ってる魔物たちが喋っちまったかもしれねえが」


「もしニセ勇者計画を知っているなら、私もろとも貴方を始末しようとして、ここにメカ勇者を送って来るでしょうね。知らないままだとしても、今度は私を本物の勇者だと勘違いしてメカ勇者を派遣してくる可能性もある」


どちらにしろ、竜帝城にメカ勇者が送り込まれることには変わり無さそうだ。


「まぁ、そうなる前に本物の勇者とメカ勇者が一戦交えるかもしれないけどね」


「あー…そうだな、そうだよな」


ブランケットは頭を抱える。ニセ勇者計画など立ち上げたばかりに、本物勇者・ニセ勇者・メカ勇者が入り乱れて状況が錯綜してきた。


「まぁ、貴方にも分かるように噛み砕いて言うと、ここは見物席に相応しくないって事」


そう言うと、ニセ勇者はすらりと長い脚を屈伸させて、玉座から飛び降りた。


「ここを離れるわよ」


「は?」


ブランケットは、ドラゴンフルーツの欠片を口元につけたまま、ニセ勇者の背中を見つめた。


「お前竜帝だろ、どこへ行くんだよ」


「竜帝が竜帝領に居なきゃならないなんて誰が決めたの?私は慣習に縛られるのだけは嫌いな性分なのよね」


とことん、ひん曲がった態度だ。

しかし、確かにここに留まっても厄介事に巻き込まれるばかり。カイツェルがいない今、またメカ勇者が来襲すれば、竜の大軍など肉壁にしかならない。


「仕方ねえな」


ブランケットは、重い腰を上げて、羽織り物に付いた埃を払った。


「私の立てたプランはこうよ。馬より快速な竜に乗って、都市国家領へ向かう。その道中にある闇市場で、先帝がコレクションしていた高級武具を売りさばいて資金を得る」


「で、その後は?」


「そこまで行った後のお楽しみよ」


「何だ、ケチくせえな!」


ブランケットは笑いながらニセ勇者をどつく。何だかんだ言って、二人仲良くやっていけそうな雰囲気だ。


「そうと決まれば早速旅の支度よ。ドラゴンどもに命令しましょう」


かくして、ニセ勇者とブランケットは再び旅立つのだった。

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