第15話 謎めく三勇者


曇天の下、なおも海上に変わらず在り続ける魔王城。


「あーもう、ムカツク。ムカツク。ムカツクー。」


壊れたラジオのようにムカツクを連呼する魔王ブレインハット。


「はい、メカメカ体操第一、はじめー」


その声を聞き、慌てて隊列を組む魔物たち。

メカ勇者3号機の口がぱかっと開き、口腔から巨大なスピーカーが現れる。


『メッカメッカたいそー♪鉄塊てつかいは、歩いてこーない♪だーから、メカにするんだねー♪』


スピーカーから、不気味な機械音声が聞こえてきた。魔物たちはハウリング現象に苦しみながら、直線的に腕や足を動かし、尻尾をメトロノームのように不自然に振るう。器械体操ならぬ、機械体操だ。


「はーい、いっちに、いっちにー。…はぁーあ。」


早くも飽きてしまったのか、ブレインハットはつまらなそうに手足をぶらぶらさせた。ヒイヒイ言いながら体操する魔物たちを尻目に、小窓から外を眺める。


「1号機と2号機、どうしちゃったんだろー。」



あの日、ブランケットを追いかけていたメカ勇者2号機は、竜帝領に入って暫くした所で、突然消息が途絶えた。そればかりではない。その直後、勇者を追っていたはずの1号機まで、いつの間にか応答が無くなっていたのである。


標的と刺し違えたのか、返り討ちに遭ったのか、はたまたシステムトラブルで機能停止したのか、全く分からない。早く回収しに行きたいところだが、残る3号機を向かわせれば魔物たちの監視役がいなくなってしまう。


「もう一機、造るかぁー」


小窓から遥か彼方にうっすらと見えるアスカリアの砂浜を見つめて、ブレインハットはそう呟いた。


『一日一歩♪日進月歩♪三歩進んで、ジェット噴射~♪』


小気味良い機械体操のリズムだけが、大海原にしばし響いた。






一方その頃、アスカリア王城。


城下町や水堀に囲まれた中にたたずむ、純白の城。魔王城とは対極的に、垂直にそびえる城壁と美しい尖塔が美しい。

その城の最奥、王の間には、城下町を一望できる巨大なガラス窓がある。


大窓の前に、一人の初老の男性が立ち尽くしていた。上質のシルクで縫われた衣は、平服とはいえ大変気品高い。




「――勇者は、一体どうしたのだ」


茫然自失のまま、国王は呟いた。


「やはり、あのが堪えたのでは…」


後ろに立っていた眼鏡の秘書がかしこまりながらそう述べると、国王が鋭く眼光を飛ばした。思わず、秘書は目を逸らす。


「陛下の接待が酷かったからなのですよ」


ぶっきらぼうに、国王の背後からさらに不躾ぶしつけな言葉が飛んできた。


国王が振り返ると、そこには澄んだ瞳の少女が居た。ブレインハットほどの背丈だが、真っ白な髪に真っ白なリボン。鳩の羽根をかたどったデザインのダボダボの聖職服、首にかけた宝珠ほうじゅまで、何から何まで真っ白だ。


「勇者も勇者なのです。失踪するだけならまだしも、あちこちで迷惑行為までして」


白衣の少女は、身の丈に合わない袖をひらひらさせながら愚痴った。


「それが分からんのだ。交渉を苦にしたとしても、こんな形で姿を消すとは思えん」


ニセ勇者の草の根工作が、余計な混乱を招いているらしい。が、ニセ勇者が本物勇者に返り討ちに合ったあの出来事の後、本物の勇者は行方をくらましてしまったようだ。


「だから、その陛下の交渉が最悪だったから、ストレスが溜まったのです。私だったら、加齢臭漂う陛下に詰め寄られるだけで吐き気がするので間違いないのです」


「言ってくれるな…ミルイエ」


国王に対して平然と不遜ふそんな態度を取るこの少女の名は、ミルイエ。これでも、アスカリア王国全土に広がる教会組織の頂点に君臨する、聖大師ひじりたいしだ。


血統が全ての王国政府とは異なり、教会組織の人材登用は才能重視である。単に先王の息子だったがゆえにこの地位に登り詰めた国王に対して、ミルイエはその類稀たぐいまれなる神通力じんつうりきにより、聖大師を襲名したのだ。



「お前にいくさの素質があれば、話は早かったろうに」


「酷い言いようなのです。教会に柔軟性を求めるのが間違いなのです」


教会において尊ばれるのは、儀式魔法のみである。

儀式魔法とは、大量の触媒と補助魔法を用い、気の遠くなるような時間をかけて法文を詠唱して放つ魔法だ。そして手間も時間もかかる割に、虹色に輝く光を放つとか、天空の雲を払うとか、微妙な効果しかない。

が、教会にとってはそれでよい。絶大な魔法の力を目の当たりにした民衆は、教会への信仰を深めてくれる。大掛かりで効果も派手な儀式魔法は、最良の信仰維持装置なのだ。


つまるところ、儀式魔法の詠唱者としては最強のミルイエも、いざ実力行使の戦争となれば何の役にも立たないという訳である。―あくまでも、本人は。



「陛下のおおせのままに、勇者の召喚儀式を成功させたのは、この私なのですよ」



魔王軍が襲来したとき、勇者が現れたのは、決して奇跡でも偶然でもなかった。

ミルイエを筆頭とする最高位司祭らの主宰する儀式にて呼び出されたのである。


「せっかく呼び出してやったのに、を果たしてもらう前に逃げられるとは、全く陛下は人の扱いが下手なのです」


ミルイエがふてぶてしく言い放つと、国王は歯ぎしりをしながら高級なカーペットを粗っぽく踏み歩き、ミルイエに詰め寄った。


わしは、交渉にかけては自信があったんだ。ただ…ただ、勇者が折れなかった」


「召喚から丸一年交渉し続けて失敗って、本当に気あったのですか」


「在った!その為に召喚したのだから、在るに決まっておろうが!やる気もなく、こんな面倒な事態を起こすはずが無いわい」


王国で最も偉い男と、教会で最も偉い少女の口喧嘩。間に挟まれた秘書は、ただ狼狽うろたえるばかりだ。


どうやら、国王は単に魔王を倒す以外に、何か別の目的もあって、勇者の召喚に踏み切ったらしい。が、結局それを果たすことはできなかったようだ。

生憎、彼らの真意は、断片的な会話からは読み取れない。






その時、部屋に通じる大扉が開かれた。何やら不安そうな面持ちで、扉の間からふとった緑服の廷臣ていしんが駆け込んでくる。


「どうしました?―えぇ、え?―はぁ?」


慌てて取次とりつぎに向かった秘書は、驚きと困惑の入り混じった反応を示した。ひとまず内容を把握すると、急ぎ、主人たる国王の元へと向かう。


「大体、勇者は――何だ、こんな時に…あ?」


駆け寄ってきた秘書に耳打ちされ、国王もまた動揺する。


「何、どうしたのですか」


一連の流れが気になって、ミルイエは国王のマントのすそを掴んだ。国王は、ミルイエのくりっとした瞳を見下ろしながら言う。




「勇者が、竜帝に即位したらしい」


「―ぇ?」


竜帝と言えば、王国の遥か東方に巣くうドラゴンの頭目ではないか。それに勇者が即位とは突拍子もなさ過ぎて、ミルイエの開いた口が塞がらない。




「それだけでは、ありません」


更に、傍に立っていた秘書が付け加える。


「王国北部の山間やまあいの村はずれで、奇妙な機械が落ちているのが発見されたそうなんです」


「機械?」


「勇者に似た見た目の…機械が」




勇者が迷惑行為をしたあげく行方不明になる。その直後、勇者が竜帝になる。さらに、勇者っぽい機械が発見される。


訳が分からない。


それも、訳が分からないことが3つ同時に起こったのだから、全く訳が分からない。



だだっ広い大広間で、三人は、ただ首を傾げるほかなかった。

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