第14話 勇者気取り vs. 竜帝気取り


竜帝の広大な城砦に、び付いた鐘のが響く。その鐘は、高位の竜たちに供するための料理の用意が出来たことを知らせる合図だ。


給仕を担当するワイバーンたちが飛び交い、食堂に並べられた石机いしづくえには次々と料理の盛られた皿が並ぶ。といっても、巨大な肉の赤身に奇怪な形の山菜を散らしたそれは、料理と呼ぶにはあまりにグロテスクであった。


ニセ勇者とブランケットの前に置かれた肉は、ある程度の配慮のゆえか、食べやすいよう細かくカットされていた。加えて、口直しになればと湯気の立つスープが付け合わせに運ばれてくる。


最後に、金銀に輝くさかずきが供された。杯を満たすアルコール的な何かが、まるで生きているかのように渦潮を作っている。


「では、勇者様の来迎らいごうを祝して、乾杯!」


そんな掛け声から、晩餐会が始まる。うやうやしく杯に酒を注いで回る竜、昔の武勇伝を語らう高位の竜たち、鎖に繋がれたまま余興を強いられる黒竜。



(うむ…味は意外と悪くねえな)


血潮ちしお垂れる肉塊をつまみながら、ブランケットは内心そう思った。魔物の味覚だと、こういった体裁ていさいの料理も案外悪くない。人間であるニセ勇者はさぞかし苦しんでいるだろうと、ちらりと横眼で見てみると、意外と平気そうな顔をしていた。


「だ、大丈夫―ですかね?勇者、様」


勇者の子分という設定を思い出して、しどろもどろに敬語で話しかけると、ニセ勇者は爽やかな笑顔で答えた。


「ええ。とっても美味し―ヴン!特にこの―エ''ホッ!ン''!」


ニセ勇者は平静を装いながらも、話す途中に咳払いを絶やさなかった。話し終わると、すぐさま味を洗い流すようにスープをかき込む。


(演技力だけは褒められるよな、コイツ)


ブランケットは半笑いで、自らもスープを飲んだ。スープは逆に人間の味覚に合った薄味で、魔物の舌には物足りない。ブランケットは、スープを飲みながら首を傾げた。


そんな二人の様子を、当代竜帝―イル・カイツェルは、微笑みながら見つめていた。







ときが過ぎ、皿の上が寂しくなってきた頃。

酔いからか満腹感からか、ニセ勇者とブランケットはどことなく疲れた様子で、椅子や机にもたれかかっていた。そんな二人を介抱するように、ワイバーンたちが静かに二人の身体を持ち上げ、飛び上がる。部屋へとエスコートするということか。


が、ワイバーンは二人を部屋ではなく、竜帝の眼前へと運んだ。



「フフフッ…フハハハッハハハハハハハハハハハァ!」



イル・カイツェルは、高潔な竜帝らしからぬ下品な笑い声を上げた。



「愚かな勇者よ。貴様の身体に少々、毒を盛らせて貰った」


主菜と共に供されたスープが、どろりと煌めく。


「それも、聖なる力を封じ込める、『聖殺毒セイントキリング』をな」


聖殺毒。魔物の血液を凝縮して生成される代物で、教会でも特級呪物に指定されている。聖なる者のみに効果を及ぼし、その力を縛り付けて封印してしまうのだ。


「安心せよ。貴様の封じられし力はすぐに解放される。…余の腹の中でな」


そう言うと、カイツェルは口を開けた。まるでわにのように長大な顎、その中に不規則に並ぶ歯列。そのおぞましい口腔は、長い首が伸縮した勢いに任せ、ニセ勇者とブランケットを丸呑みせんと喰らいつき―








「ゴハ''ッ!!??」




その場にいた全員が唖然とした。カイツェルの開かれた口に、強烈な一撃が入る。まるで疾風のように、鋭く一直線に叩き込まれたその打撃は、カイツェルの舌を抉り、喉の肉まで達するかのような攻撃。カイツェルが思わず声を漏らすほどの威力だった。



その’’風’’は、続けざまに二人の身体を掴んでいたワイバーンの翼を両断した。悲鳴と共に、ワイバーンが飛び逃げていく。



痛みを堪えながら、カイツェルは目を見開く。その眼前には、平然と服のほこりを払うニセ勇者と、血に濡れた鋭い爪を露わにするブランケットの姿があった。



「何故…聖殺毒が効いておらぬ?」


驚きを隠せないカイツェル。


(そりゃ、コイツも俺様も、「聖」とは程遠いからだよ)


ブランケットは、心の中でツッコミを入れた。


(普通の猛毒を盛られた場合にも備えて、解毒のポーションを飲んでおいたけど…杞憂きゆうだったわね)


そう思いつつも、ニセ勇者は本物の勇者のごとき余裕を見せた。


「竜帝様?そのような物は、神のご加護を受けた私には効きませんよ」


「グッ…」


カイツェルは、思惑が外れた悔しさに歯を食いしばる。

が、すぐに落ち着きを取り戻し、ニセ勇者に食ってかかった。


「―勝ったつもりか、勇者よ」


カイツェルの口元に笑みが零れる。


「貴様は気づいておらぬ。既に貴様らが余の土俵に乗っていることを」


ニセ勇者が周囲を見回すと、食堂に集っていた大小さまざまな竜の全てが、牙を剥いて戦闘態勢に入っていた。


「此処に居る者どもだけではない。余の一声で、城内全体、いや、竜帝領全土の血に飢えた竜どもが群がって来る」


ニセ勇者は、眉をひそめてカイツェルを見つめた。


「その上…余の傷も既に癒えた」


カイツェルはこれ見よがしに口を開く。先程ブランケットが付けたはずの傷が、跡形もなく消えていた。確かな手応えを感じていたブランケットは、少なからず驚きを見せる。


「あらゆる猛者は、余の力の前に屈する。そして、余の血となり肉となるのだ」


そう言うと、カイツェルはバチバチと身体に電流を巡らす。先帝から奪った雷の力を全身に纏わせながら、二人にこう言い放った。



「痛みと共に消えよ、愚かな勇者よ―」







「それだけ?」


「―何?」


カイツェルは、肩透かしな反応に思わずたじろいだ。


「良かったぁ。竜帝っていうのも、大したことないのね」


聖殺毒が効かない筈はない。聖なる力が十分に発揮できない、周りは強大な敵に囲まれている、この絶望的状況にあって、何を勝ち誇っているのか?


「それじゃ、を、見せてあげるわ」


そう言うと、勇者はカイツェルの腹を指差して、思いっきり叫んだ。









魔法の電磁石マギステレ・エレクトロ・マグネター、起動!!!」






その瞬間、カイツェルは、腹部に違和感を覚えた。

体内の電流が、腹のある一点にに集まっていくような、不快な感触。


その瞬間、周囲の竜たちは、驚くべき光景を見た。

食堂の壁が、異常な振動音を立てている。その振動の元は、壁一面に所狭しと掛けられた、カイツェルの悪趣味なコレクションの数々だ。

魔戦斧ませんふヘルアクス、光躍剣こうやくけんエアロブロン、貫甲槍かんこうそうキングスタバー…。名のある武具から無名のなまくらまで、飾られていた血濡れの武器たち全てが、ガタガタと音を立てて揺れ動いている。


嗚呼、何が起こっているのか?武器を壁に貼り付ける留め金が緩んでいく。そして―



一斉に、外れた。


カイツェルの餌食となった者たちの遺品が。


一斉に、宙に放たれた。


剣が、矛が、槍が、斧が。


一斉に、魔法の電磁石の元へと、飛び込んだ。


その全てが、カイツェルの腹を刺し貫きながら。





「ギィィィイヤアアアァァァァァアアァァァアアァァァアアアアッ!!!!」










まるで、時が止まったようだった。


動かなくなったカイツェルの腹に、ニセ勇者が聖剣を突き立てる。うまく刺さらずに苦戦しかけたと見るや、ブランケットが手を貸す。二人掛かりの動力で、聖なる剣はカイツェルの腹を真っ二つに斬り裂いた。


ニセ勇者は血しぶきを避けながら腹の中をまさぐると、魔法の電磁石をひょいと取り出す。


「貴方のお陰で、上手くいったわね」


そう笑いかけるニセ勇者に、ブランケットが答える。


「カイツェルが油断した隙に、口の中に魔法の電磁石を押し込むって…今考えても、無理難題すぎるぞ」


ブランケットがカイツェルに一撃食らわせたのは、魔法の電磁石を飲み込ませるためだったのだ。「電」磁石は、カイツェルの雷の力と共鳴し、磁力を何倍にも高めた。その磁力に引き付けられ、壁掛けの武具が牙を剥いたという訳である。


二人が振り返ると、そこにはすっかり縮み上がった竜たちがたむろしていた。全く理解不能な展開で、あのカイツェルが容易くほふられてしまったことに、戦々恐々としているらしい。


ニセ勇者は、聖なる剣を振りかざしながら彼らに近づく。



「さて。カイツェルは前の竜帝を倒して、竜帝を名乗っていたわけよねぇ?」


ブランケットは、念のためカイツェルの心臓を潰しながら、彼女の後姿を眺めていた。


「そのカイツェルは私に倒された。という事は―?」


その問いかけに、竜たちは一斉にこうべを垂れた。






「「「新たなる竜帝よ、貴方様に忠誠を誓いますッ!!」」」




竜帝の座が創られてから幾星霜。


史上初の、人間竜帝が誕生した瞬間であった。

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