第13話 疑念の行方

ニセ勇者とブランケットは、重い岩戸いわとを開いて廊下へと出た。食堂への道順を思い出しながら廊下を進んでいくと、どことなく血生臭い匂いが漂ってくる。至る所に掲げられた松明たいまつの煙が天井に滞留し、黒い染みを作っていた。



暫く進むと、丁字路ていじろに出た。西の廊下はゆっくりと下に向かい傾斜している。確か、この先は食堂へ繋がる大廊下に通じていたはずだ。


「そこで何をしている」


松明がない通路の先に、よく見ると何かがうごめいている。ゆっくりと近づいてみると、一体の竜が廊下を塞ぐように寝そべっていた。黒色に輝く鱗の間から、赤色の目が幾つも光っている。乱雑に破かれた紙のように裂けた口からは、長い舌が覗いていた。


「今は晩餐の準備中だ、外には出られないようお願い申し上げる」


勇者たちの番を任されていると思しき黒竜は、そう言葉を発した。しかし、口を開くのも億劫なのか、小さな声で独り言のように吐き捨てるだけである。


「こんにちは。貴方はここでお仕事をしてらっしゃるんですか?」


「…」


黒竜は何も答えることなく、話しかけてきたニセ勇者から顔を背けた。その拍子に、首に付けられた鉄輪がガチャンと音を立てる。鎖で廊下と繋げられているようだ。恐らく、何かの刑罰でここに拘束され、客人の門番役を強いられているのだろう。


「薬売りの扮装をするために用意したポーション、余ってしまって困っているんですよ。良ければ、一本いかが?」


「…」


まるで酒でも勧めるような勢いで、ニセ勇者は真っ白なポーションを竜の鼻先に近づける。


「良い香りでしょう。人間のポーションも捨てたものではありません」


「要らん…」


「滋養強壮、疲労回復の効果があるそうです。グッとパワーつけないと、こんな陰気な所でやっていけませんよ。ね?ね?」


「要らんって…」


怪しげな薬売りの姿ならまだ自然だが、美しく清らかな勇者の姿でセールストークをしている様を見ていると、何とも言えぬ違和感を覚える。ブランケットは、他の竜が反対の廊下からやって来ないか見張りながら、不安げな表情を浮かべていた。






「―それがバレて、厨房係からこんな閑職に格下げだ!クソったれめ!」


「ほうほう、それは大変ですねぇ。」


「ちょっと耳たぶ盗み食いしたくらいでケチケチしくさりやがって、食欲の塊ども!奴らなんか爪の垢煎じて飲んでるのがお似合いさ!」


思ったよりも盛り上がっている。


(ドラゴンにも効くんだな、自白薬ってのは)



滑るように愚痴を吐く黒竜の足元には、空になったポーションの瓶が転がっていた。自白薬―飲んだ者の閉ざした心を無理やりこじ開けてしまう、真っ白な薬液―の効果は、てきめんなようだ。


「先の竜帝様は最高だったよ」


「何故です?」


「あの頃は焼肉が食えた!厨房に飛んでる銀蠅ぎんばえまで纏めて焼き上げた肉をだぜ。どっこい、今の竜帝様は生食派ときたもんだ。料理のし甲斐はねえし、匂いがきついし、やってられねえぜ畜生め」


流石に声が大きいので、ブランケットはニセ勇者に目配せした。それを見てニセ勇者はぺろっと舌を出し、憤る黒竜の頭を撫でながら、話を本題へと移す。


「今の竜帝様―イル・カイツェル、とか言いましたっけ。どういう方なんですか?」


「どうも何も、竜帝史上最悪だよ、あの御仁イル・カイツェルは」


あまりの低評価に、ブランケットは少なからずも驚いた。


「先帝に従う振りをして騙し討ちにしたんだぜ。しかも、その身体を丸ごと喰って、力を奪ったんだから始末が悪い」


どうやら、イル・カイツェルは喰らった者の力を得ることが出来るらしい。メカ勇者を一撃で破ったあの雷も、カイツェル本人ではなく、前の竜帝の力だったようだ。


「自分が裏切られないように、逆らうやつには片っ端からカミナリを落とす。任務をしくじった奴も同じ運命さ。人間狩りなんか、働きの悪い奴はすぐビリビリ」


ブランケットの脳裏に、竜帝領に突入した場面が思い出される。

あの時、メカ勇者に返り討ちに遭ったドラゴンの群れも、生き延びた所で雷に焼かれる運命だったのか。もしかすれば、メカ勇者に雷が落ちたのは、任務を果たせなかった生き残りのドラゴンと勘違いされたためかもしれない。


「それは大変ですねぇ。何か隙は無いんですか?」


「あぁー。あぁ?」


黒竜の返事が途端に鈍くなる。瞼は重く垂れ下がり、今にも意識が飛びそうな感じは、自白薬の副反応に見える。


「貴重なお話、ありがとうございました。ゆっくりお休みになって下さい」


これ以上は無理だと悟ったニセ勇者は、話を切り上げることにした。


「あー…」


そのまま、黒竜は深い眠りについた。






「さて…」


部屋に戻ると、ニセ勇者は勝ち誇ったような顔でブランケットに詰め寄った。


「やっぱり、最低な奴だったわねぇ?あの竜帝。そうでしょ?ねぇ」


ニセ勇者のニヤついた顔から目線を逸らすように、ブランケットは天井を見上げた。


「確かにお前が正しかった。認めよう」


その上で、ブランケットは言葉を連ねる。


「だけどよ、そうだとしてこの状況をどう説明する?事実として、竜帝は俺様たちを殺さずに迎え入れてる訳だろ」


「食べるためにね」


「は?」


ブランケットは、目を見開いてニセ勇者の顔を見返す。


「勇者を騙して食べて、その力を奪おうって魂胆なんでしょう」


「じゃあ何で初めて会った時に命を取らなかったんだ。あの雷で一発だろうが」


「雷で倒したら丸焦げになって力の吸収に支障が出るとか、そんな感じじゃないかしら。それに、竜帝さんは生食がお好きなようだし」


「って事は―まさか、今夜の晩餐ってのは」


ニセ勇者は、長い髪をくるくると指でいじりながら、不穏な推測を述べる。


「気が早いわよね。訪れた客人をその日のメインディッシュにしようだなんて」


その言葉を聞いて、ブランケットは顔面蒼白となる。


「ちょっと待ってくれよ。展開が早すぎやしねぇか?どうすんだ、オイ!」


「一つ、案はあるのだけれど」


「でかした!どういう案だ」


ニセ勇者は、ブランケットに耳打ちするように、今夜の戦略を告げた。




「―そんなの上手くいくか?俺様が失敗したら台無しだろう」


「そうよ。見て分かる通り、私には何の力もない。貴方が頼りって訳」


ブランケットは不安げに腕を振るった。鋭い鉤爪が、手ごたえもなく空を切る。


「ドラゴンの群れの前でも5分は持たせるって言ってたわよね」


ニセ勇者はブランケットに歩み寄ると、ゴツゴツとした胴をノックするように、コツンと手の甲で叩いた。


「私は、貴方に嘘を吐く才能はないと思うけど」


ブランケットは、ニセ勇者のいたずらっぽい顔を見下ろした。


「期待してるわよ」


ニセ勇者は、ブランケットの覚悟を決めたような顔を見上げた。





そして、恐ろしい夜が、やって来た。

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