第12話 竜帝城にて


竜帝領に迎え入れられることになったニセ勇者とブランケットは、巨竜の背に乗せられ、竜帝の居城に招待されることになった。


国境地帯から飛ぶこと1時間、雲海を抜けた先に、山脈を抉り取って築かれた山城が見えた。


(…魔王城より大きいな)


住んでいる者の身体が数倍大きいのだから当然といえば当然だが、力の差を見せつけられたような気がして、ブランケットは不満げな顔をした。


扉も柵も不要とばかりに大きく開かれた谷のような城門を抜けると、内部は巨大な洞窟のようだった。が、壁という壁に毛皮や骨が飾られている。竜に屠られた魔物たちの残骸なのだろうか。


(魔王様も今頃は―)


メカ勇者に八つ裂きにされたと思しき、かつての主人ブルカブトのことが偲ばれる。といっても、物心ついたころには既に王と臣の関係だったので、特段尊敬してもいなかったから、そこまで感傷に浸る気持ちは湧いてこない。


(ま、生きてりゃいいけどな)


ドライな気持ちしか抱かないまま、ブランケットは歩みを進めた。





一行が開けた広間に出ると、何やら鼻につく匂いが漂ってくる。竜帝のように喋る竜たちが、何やら話しながら皿の上の肉塊や果物を食らっている。見たところ、巨大な食堂のようだ。


今宵こよいはここで晩餐会ばんさんかいとする。勇者の口に合うかは分からぬがな」


竜帝の言葉を聞き流しつつ、ニセ勇者は食堂の壁に飾られた金銀に輝く武器の数々に目を奪われていた。剣に槍、矛、槌、斧…レパートリーは幅広い。


(魔戦斧ませんふヘルアクス、こっちは光躍剣こうやくけんエアロブロン、貫甲槍かんこうそうキングスタバー…)


ニセ勇者は、飾られた武器から幾つかの逸品を目ざとく見つけ出した。が、その全てにべっとりと血痕が付いているのが気になる。


こういう強力な武器を手にした輩は大抵、その威力に震え、自らが無敵になったと錯覚する。そういう愚か者の一部が、無謀にも竜帝領に赴き、返り討ちに遭ったのだろう。食堂に装備だけが飾られているということは、それを身に付けていた本人たちは―


(一本くらい譲って貰えないかしら)


恐れ知らずにも皮算用に終始しながら、ニセ勇者は食堂を後にした。




「先ずはこの部屋で旅の疲れを癒すがよい。晩餐の時、また使いを寄越そう」


そう言うと、竜帝は二人と別れ、何体もの竜を供回りに引き連れて去っていった。






「いやー、助かった!九死に一生たあ、まさにこの事だな!」


緊張の糸が解れて、ブランケットは上機嫌にベッドに身体を預けた。部屋の調度品ちょうどひんはいずれもドラゴンサイズで大きすぎる感もあるが、大は小を兼ねると言うし、居心地は悪くない。


一方のニセ勇者は、ここまでの怒涛の展開を生身でいなし続けた疲れが出たのか、

目頭を押さえて溜息をしていた。


「んっ…」


軽く伸びをした後、ニセ勇者は部屋に持ち込んだポーションの一瓶を口にする。半分ほど飲んで口元をぬぐうと、自分で自分の頬をパンッと叩く。


頬を撫でながら部屋の大鏡を覗くと、しっとりとした肌に艶と張りが戻ってきていた。


「美肌チェック、良しっと」


どうやら、疲労ではなく肌荒れが問題だったらしい。美容ポーションの残りを手にかけ、素肌に塗り込んでいく。




「竜帝に守られてさえいりゃあ、メカ勇者なんざ怖かねえな。一安心ひとあんしんだぁ」


すっかり安心しきったブランケットは、肌のケアをしているニセ勇者のことは気にも留めずに、安堵の声を漏らした。


が、鏡の前から離れたニセ勇者は、何やら不満げな様子である。


「―どうも、納得できない」


お肌の調子は戻ったと見えるが、何が納得できないのか。


「はあ?どこが納得できないんだよ。これ以上ないくらい大成功だろ。ここに匿われてれば、暫くは安全なんだぜ」


「不思議に思わない?」


ニセ勇者に問われて、ブランケットはベッドに横たわりながら、これまでの流れを考え直してみた。


メカ勇者に追われるがまま、竜帝領に入る。その直後に現れた竜帝が、事情もよく聞かないまま、侵入者である勇者一行を保護する。


確かに、言われてみると少し話が上手く進みすぎているような気もする。もしかすれば、何か恐ろしい裏の事情が―




「まず、ツインルームなのはおかしい」


「は?」



ニセ勇者は不満を露わにして、ブランケットの寝転んだベッドをバシバシと叩いた。


「何で貴方と私が同じ部屋なのかって聞いてるのよ」


「そりゃお前が俺様のことを眷属けんぞくだとか抜かすから、一緒にされたんだろう」


「異性同士よ?普通、配慮して別室にするでしょう。デリカシーの欠片もないのね、ドラゴンって奴は」


この期に及んで、ニセ勇者は悪質なクレーマーの如く悪態をつき始める。


「それと、悪趣味な装飾ね。貴方も見たでしょ?剥製とか廊下中に置いちゃって、お化け屋敷じゃないんだから」


「まあ、そういう文化なのかもしれん」


「食堂にも斧やら矛やら、壁一面に天井まで飾られてたわよね。あれは無いわ。センスゼロ、失格」


何様のつもりで品評しているのか。


「極めつけに態度が悪い。客人の目の前でペチャクチャ…」


「あーもう分かった分かった!黙ってろ!」


クレームの嵐にうんざりして、ブランケットは耳を塞ぐ。すると、ニセ勇者は途端に悪口を止めて、寝転がるブランケットの顔を覗き込んだ。




「分かったでしょ?ここの風紀の悪さ」


「あ?」


ニセ勇者は、ブランケットの顔を見つめながら言葉を続ける。


「こんな野蛮で醜い所で、あんなに高潔な性格の竜帝が生まれるかって話よ」


暗い部屋をぼんやりと照らす灯が、ニセ勇者の金髪を美しく輝かせる。


「それは…生まれるかもしれねえだろ」


「確かにね。だけど私はこう思う。悪い環境で良い奴が生まれても、絶対に悪い奴に育つ」


「何でそう思うんだ」


「私がそうだから」


謎の説得力がある。ブランケットは、ニセ勇者の顔をじっと見つめた。


「ま、少し調べてみましょうか」


ニセ勇者は微笑んで、部屋から出て行こうとする。


「おい待て、調べるってどうやって」


そう聞くブランケットに、ニセ勇者は手招きしながら答えた。




「もちろん、ドラゴンさんたちに聞くのよ」

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