第11話 竜帝現る


白銀の巨竜が、ゆっくりと歩みを進める。一歩、また一歩と踏み出す度に、大地が揺れる。その鋭い瞳が見据えるのは、ニセ勇者とブランケットだ。


「―偉大なる我らドラゴンの地へ足を踏み入れた者どもよ」


その口から、低い唸り声と合わせて、何か言葉が聞こえる。


「我は竜帝、である」




(変な名前だな)


ブランケットは、自分の名前は棚に上げて、内心そう思った。

が、それよりも遥かに大きな疑問が口に出る。


「おい、竜って喋れるのかよ」


「知的レベルの高い竜は言語を扱えると言いますがね」


「じゃあこっちの話も通じるって事だ!得意のハッタリで何とかしろ!」


「ちょっと黙って下さいよ。怪しまれますから」


小声で押し合いへし合いをしているうちに、竜は二人の目の前まで顔を下ろしてきた。





「不届き者には、死あるのみ」


パチパチと身体に流れる電流を煌めかせながら、竜帝イル・カイツェルは冷徹に言い放つ。


ブランケットは、背筋の凍る思いだった。つまるところ、メカ勇者と同じように、このままでは自分たちも雷でスクラップになるという事ではないか。


一方、追い詰められたニセ勇者は、なんとかその場を取り繕う嘘を吐き出した。


「その、私たちはただここを通りかかった薬売りで―」


「そなた達は薬売りではなかろう」


あっさりと見破られる。


「竜帝である我の目は誤魔化せぬ」


もう見逃してもらうことも出来なさそうだ。嗚呼、まさしく絶望―






「―そなたが勇者でなければ、神罰の雷に打たれていたことであろう」


「…は?」


竜帝は、目の前に立つ金髪の少女を見下ろしながら、そう言った。


ブランケットがふと横を見てみると、先ほどまでの激しいカーチェイスのせいか、ニセ勇者が深く被っていたフードがいつの間にか脱げている。薬売りの衣装からひょこんと出ていたその顔は、まごう事なき救世の聖女の顔。


「竜の群れに襲われながら返り討ちにするとは、その力は本物のようだ」


どうやら、後ろに転がっている竜の躯を、全てニセ勇者が倒したものと思い込んでいるらしい。




「―褒められるほどのものではありません」


相手が勘違いをしていると分かるや、ニセ勇者は早速演技に入った。薬売りの外套を脱ぎ捨て、その下に着込んでいた勇者の鎧を露わにする。続けて、袋に仕舞っておいた聖なる剣を取り出した。


「この聖剣に纏いし神の力が、私の身を守ってくれたまでです」


そう言うと、ニセ勇者は、それっぽくポーズをつけた。


(こいつ、調子に乗ってペラペラと…)


邪悪な本性に似合わないクサい演技にブランケットが顔をしかめていると、竜帝が言葉を返した。


「―聖剣の輝き、しかと見た。そなたが勇者であることは間違いないようだな」


箔をつける嘘に、コロっと騙されている。


(何だ、目はデカい割に節穴だな)


ブランケットは、またしても心中で悪態をついた。


「して、この竜帝領には何用か。まさか余の首を獲りに来た訳ではあるまいな」


「いいえ。実は、とある理由から王国を追われたのです」


「成程、薬売りに扮していたのはその為か。しかし、その理由とはなんだ」


「話せば長くなります。国を救った私が、今や命まで狙われている次第」


そう言うと、ニセ勇者は涙ぐんだ目で竜帝を見上げた。人間を超越した圧倒的な力を持ちながら、国を捨てるまでに追い詰められたその境遇。ニセ勇者の瞳は、その報われぬ半生を伝えるかのように潤んでいた。




少し考えた後、竜帝が口を開いた。


「―子細は聞くまい」


その口から飛び出した言葉は、今の二人にとって最高のものであった。


「余の下に留まるがよい。幾らかの身の安全は図れよう」


「かたじけない―有難うございます」


ニセ勇者は、竜帝の慈悲の前に、深く頭を下げた。





(―かかったぁ♡)


地に面した彼女の面持おももちは、都合の良い展開を引き出せた喜びに歪んでいた。





「―ところで、隣に居る魔物は何だ」


「あ、この子は眷属けんぞくです。改心して弟子入りしてきたもので」


「は?」


唐突に子分扱いされ、憤慨してニセ勇者に詰め寄ろうとするブランケット。しかし、ニセ勇者はその足を踏んづけて忠告した。


「怪しまれると言ったでしょう。少なくとも竜帝の前では、不用意な言動は慎んでくれる?」


「ウグ…」


竜帝とその配下の大軍団を前にしては、何も言うことができない。


「この子の名前は…えー、…じゃなくて、あー…まぁ、まだ名前はないです」


未だに名前を覚えられていない悔しさを嚙み潰して、ブランケットはこくりと頷くしかなかった。

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