第10話 デスダービー
ブランケットは絶望しながらも、自らを奮い立たせる。魔王軍の四天王が、ドラゴン1匹程度に怖気づいていては話にならない。
紫色の羽織り物を外し、バサバサと振るう。まるで、闘牛士が猛牛を挑発するかのように。その動きに乗せられ青竜は、咆哮を上げながらブランケットめがけて飛び込んできた。
竜の口から、青い炎が噴き出る。馬車を包み込もうとするその炎を、ブランケットは羽織り物を振るって四散させた。
「炎なんざ効かねえぜ!オラオラ、かかって来いウスノロめ!」
青竜は巨大な翼をはためかせ、大口を開けて馬車ごとブランケットを呑み込もうとする。待ってましたとばかりに、ブランケットの鋭い爪の一撃が飛んだ。竜の肉厚な歯茎が、生えた牙ごと斬り裂かれる。
悲鳴を上げて、青竜が上空へ飛び上がっていく。
「ッシャあ!」
巨竜を退け、思わずブランケットはガッツポーズをした。
が。
「―って、喜んでる場合でも、ねえか」
大地に落ちる影は、どうやら1つだけではない。
とろとろと溶け出した表皮から強酸を垂らすポイズンドラゴン、白骨模型が動き出したようなスカルドラゴン、その周りを飛び交う幾体ものワイバーン…
騒ぎを聞きつけて、辺りにいた竜が勢揃いしてしまったようだ。地を揺るがす咆哮の四重奏が響き、ブランケットの顔は思わずひきつる。腹を空かせた竜たちは、我先にと馬車に飛び込んでくる。
「―こりゃ幾ら何でも、無理だ!」
ブランケットがニセ勇者の方へ向き直ろうとしたとき。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガッガガガガガガガ!!
この世のものとも思えぬ、激しい銃撃音。その音が響くのに合わせて、先ほどの青い竜の身体がハチの巣のようにボロボロになっていく。断末魔を上げて、竜は大地へと落下していった。
他の竜が驚いて後ろを振り返ると、そこには小さな飛翔体があった。
形からして、それは人だろうか?いや、飛んで口から火を吐いたのだから、竜だろうか?
カラカラと空転しながら煙を上げる銃身を口腔内に収納すると、その人の形をした竜は、足の裏から火を噴いた。
その瞬間から、人でも竜でもない、メカ勇者というバケモノの殺戮ショーが始まった。
「ギャァァァァァァアアアス!」
「うわっ―」
後から、首だけで数メートルはあるであろう体格の竜が吹っ飛んでくる。ブランケットは、羽織り物を使って起こした大風で、その軌道を逸らした。辛うじて、竜は馬車のすぐ横の地面に激突する。
「おうおう、これは凄いですねぇ。どんな戦いが繰り広げられてます?」
「言葉にしたくもねえよ!いいから運転に集中しろっ!」
続けざまに、前方に小型のワイバーンが投げ飛ばされてくる。それを間一髪で避けると、今度はバラバラにされたスカルドラゴンの破片が雨のように降ってくる。
後ろを振り返ると、メカ勇者のロケットパンチが、ポイズンドラゴンの腐った顎を撃ち砕いていた。
『メカ勇者対ドラゴン』、字面だけは一本の戯曲を作れそうなほど壮大だが、ここまで一方的な戦いになるとは。というか、ここまで来ると、もはや戦いというより無双に近い。
「ッ―」
その時、スカルドラゴンの
「っと」
地に叩きつけられる寸前に、ニセ勇者の身体は何かに支え起こされた。それは、ブランケットの剛腕であった。
「大丈夫か」
「あら、ありがとう」
思わず素で返してしまったのか。キョトンとした顔で返事をしたニセ勇者に、ブランケットは驚きを覚えた。そこには、邪な笑みを絶やさない悪女の顔ではなく、一人の素朴な少女の顔があったのだから。
「―ございます、でしたっけ」
ニセ勇者は、すぐにニヤリと微笑んで仮初めの敬意を付け加えると、体勢を立て直した。その顔には、邪悪なオーラが戻っていた。
(そうか)
ブランケットは、ふと思い出した。
(こいつも、ただの人間なんだよな)
今まであまりにペースを持っていかれるので気づいていなかった。ニセ勇者は、まだ若い。齢にして二十行くか行かないかといったところだろうか。
「あ」
「え?」
二人して瞬間の物思いに浸っている内に、状況は絶望的となっていた。ニセ勇者が握り直した手綱の先が、無い。馬車の動力源たる馬は、手綱を引きちぎってどこかへ駆けて行ってしまったらしい。残された台車は、二人を乗せてガラガラと地面を転がるだけだ。
ブランケットとニセ勇者は、顔を見合わせた。二人して後方を見てみると、草原のあちこちに竜の死骸が散らばっている。そして、邪魔者を
(ああ、終わった)
その時だった。
突然、眩い光が二人の眼前に広がった。思わず目を背けると、直後に異常な炸裂音がこだまする。それは、まるで大きな雷鳴のような―
顔を上げると、メカ勇者が真っ黒に焦げ上がっていた。不自然にガクガクと首を回したかと思うと、そのまま地面に向かって真っ逆さまに墜落していく。その金属質の身体が地面に接触した瞬間、猛烈な粉塵が巻き上がるのが見えた。
「あー?何これ。応答しないし」
魔王城の電子地図を見つめて高みの見物をしていた魔王ブレインハットは、怪訝な顔でタッチパネルを叩いた。攻撃表示のまま竜帝領に侵入したメカ勇者2号機の点が、地図上から消えてしまったのである。
「まさかー…やられた?」
クッキーのかけらを口元に付けたまま、ブレインハットは愕然とした。その様子を見て、魔物たちは互いに顔を見合わせる。
「―おおおおおぉぉ!ラッキー!」
思わず、ブランケットは声を上げた。状況からして、恐らくメカ勇者に雷が直撃したのだろう。落雷で機能停止したのか、メカ勇者が墜落地点から再起する気配はない。何という幸運!天は彼らを見捨てはしなかった!
「ちょっと」
「見ろ見ろ!あのメカ勇者が一発だぜ!凄えよな自然の力は!」
はしゃぐブランケットに対し、ニセ勇者はなぜか声色が暗い。
「前」
「は?」
ニセ勇者に促されるままに前に向き直ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
地平線を覆い隠すかのごとく、大量のドラゴンが隊列を組んで並び立っている。そして、その前に巨木の如く聳え立つのは、ひと際大きな白銀の巨竜。その身体には雷雲のように電流を帯び、パチパチと静電気を空気中に放出し続けている。
まさか、雷を落としたのはこの竜か。メカ勇者も一撃で倒してしまうようなドラゴンと、それに率いられるように並ぶ巨竜の大群。その前に立ち尽くす、ニセ勇者とブランケット。
「…やっぱ、アンラッキーだ」
ブランケットは、眼前の状況に、只々そう漏らすしかなかった。
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