第9話 方違え
後方から迫りくるメカ勇者。それから必死で逃げ続けるニセ勇者。そして、この状況の根本原因でありながら、何もしていないブランケット。
ブランケットは考えた。
仮にも強大な魔物である自分が、なぜこんなクズ人間に護られているのか?
仮にも四天王である自分が、なぜあんなガラクタに殺されかけているのか?
仮にもブルカブト亡き後の魔王候補だった自分が、ちんちくりんのブレインハットから逃げ切れずに塵となる、そんな無様な最期を迎えてよいものか?
そんなわけはない。
プライド。今まで忘れかけていた、ちっぽけな意地。それがブランケットの心中に溢れかえってきた。
ブランケットは、幾多のポーションを掻き分けて、その強靭な肢体を露わにした。もう隠れない。もう逃げない。正々堂々と当たって砕けてやる。そう決意して、ブランケットはニセ勇者に告げた。
「お前は逃げろ。これは俺様とメカ勇者の戦いだ」
そんな恰好つけた台詞を言う前に、ニセ勇者が質問した。
「聞きたいんですけど、ドラゴンの群れと戦ったとして、貴方どれくらい持ちます?」
「は?」
何の脈絡もない質問に、ブランケットは当惑しつつも答える。
「俺様は魔王軍四天王だぞ!いくらでも…いや、うーん…えー、まぁ、確実にというなら、5分くらいかな」
「そうですか」
ブランケットが自尊心の高ぶりと弱気の到来の狭間で揺れ動いている間に、そっけなく塩対応されて問答は終了した。
間合いはもう幾ばくも無い。
メカ勇者は口部を大きく開き、照準を定めるようにカクカクと首を動かす。
その口から飛び出た鋼の銃口が、火を噴いた。撃ち出された大量の鉄の弾丸が、ブランケットめがけて降り注ぐ。
が、堅牢な木々の樹皮がそれを阻んだ。馬車は、街道を逸れて傍らの樹林へと突っ込んだのだ。後方で幹を抉り取られた大木が倒れるのを、ブランケットは唖然と見ていた。
馬車は予定のルートをどんどん外れ、木と木の間隙を縫うように凸凹の土地を駆けていく。馬車が揺れるたび、荷台に積まれたポーションの瓶が零れ落ち、ガシャガシャと音を立てて割れるのが聞こえた。
続けざまに、後方から爆炎が上がった。どうやら、メカ勇者は森ごと標的を焼き払う戦術に切り替えたらしい。燃え上がる炎に紛れて、熱線のようなものが
「このまま竜帝領へ突っ込みますよ」
「は!?」
必死で羽織り物を翻していたブランケットに、前方のニセ勇者からさらに衝撃的な提案がなされる。
竜帝領といえば、八百万の竜の生息地だ。入った者は生きて帰れないという危険地帯だから、ここだけは避けて通るはずであった。
「ドラゴンが襲ってきたら貴方が何とかしてください、オッケーです?」
「馬鹿!メカ勇者に加えてドラゴンまで敵に回す気か!」
「はい」
あまりにも平然と答えるニセ勇者に、ブランケットは言葉を継げない。
「で、私たちを追ってくるメカ勇者も、ドラゴンの敵になります」
「…オイ、まさか」
ニセ勇者は、汗ばんだ金髪を振り乱しながら、にやりと微笑んで呟いた。
「ドラゴンとメカ勇者、どっちが勝つか、気になりません?」
そう言うと、ニセ勇者は躍動した馬車が勢いのままに茂みを飛び越える。
と同時に、馬車は森を抜けた。一面に広がる草原と、パノラマ上に広がる急峻な山々。それはどこまで見渡しても
ブランケットが後ろを振り返ると、メカ勇者は煙が立ち昇る森の上空をぐるぐると旋回している。どうやら、自分で起こした森林火災の炎に阻まれ、熱源反応のセンサーがうまく機能しなくなったらしい。
ほっと息をついたのもつかの間、馬車の上を何か巨大な影が横切った。
思わず見上げると、陽の光を阻む巨大生物の姿がそこに在った。
天を覆うかのように巨大な翼を広げて飛ぶ、群青色の怪竜。その手足は不自然に短く、反対に首と尾はヘビのように長い。そしてその首の先に付いたトカゲの頭が、太い牙と舌の間から涎を垂れ流していた。
馬車とは反対方向に飛ぶ青竜は、燃え上がる森の炎に気を取られ、そのまま通り過ぎるかに見えた。
が、焦げ臭さの中に僅かながら人の脂の匂いを嗅ぎつけたのか、長い首を後ろに回すように反転し、馬車の方へと向かってくる。
「おいオイ!こっちに来てるぞっ!」
「当たり前でしょう。奴にとって絶好の餌は、鉄の塊じゃなく肉の塊、つまり私たちなんですから」
ニセ勇者は、巨竜が馬車めがけて一直線に飛んでくるのを確認すると、額の汗を拭いながらブランケットに笑いかけた。
「メカ勇者が追い付くまでの時間稼ぎは、頼みましたよ」
まさか、ドラゴンと戦えるか云々の質問はこのためか。
「ハイ頼まれます、って言える状況か、これ!」
ブランケットの慟哭は、虚しく荒野に響いた。
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