第8話 ニセ勇者 vs. メカ勇者
洋上に佇む、黒染めの魔王城。その最上階の大広間では、魔王ブレインハットが緊張感なく玉座でだらついていた。
「んぐ。クッキーおかわりー」
ブレインハットの背中から伸びるマシンハンドが、ぶんぶんと空の皿を振り回す。その姿を見て、傍にいた魔物は露骨に嫌そうな顔をした。
すると、ブレインハットの近くに立っていたメカ勇者の機械質な目がギロリと光る。それに恐れをなした魔物は、皿を慌ててつかみ取ると、厨房へと走っていった。
ニセ勇者の見立て通り、やはりメカ勇者は複数体製造されていたのだ。自律駆動で本物の勇者の討伐に向かっている1号機、同じくブランケットの始末に向かっている2号機、そして城内でブレインハットを護衛している3号機。
「私はブランケット君の方が早く見つかると思うんだけどねー。キミたちどう思う?」
手に持った最後のクッキーをオイルに浸しながら、ブレインハットは何やら壁を見つめながら魔物たちに問いかけている。
なんと、ただの魔岩だったはずの壁一面には、巨大なスクリーンが設置されていた。スクリーン上に投影されているのは世界地図である。
地図上で拡大表示された広大なアスカリア王国領の中を、二つの金色に光る点が周回するように動いていた。これら二つの点こそが、勇者とブランケットを倒すべく出動中の、メカ勇者1号機・2号機の現在地を示しているのだ。
すると、そのうち一つの点が、突然オレンジ色に変色し、進行方向を変えた。ブランケットを捜索中の2号機を示す点である。
「あは!やっぱりブランケット君の方が先だー!」
点は高速で点滅しながら、アスカリア王国領を離れて、国境間の回廊地帯に向かい直進していく。さらに点の色が攻撃動作中であることを示す赤へと変わると、ブレインハットは盛んにはしゃいだ。
「もう追いついちゃったー!さてさてー?孤立無援のブランケット君はどれくらい持つのかなー?あはははははー!」
だが、頭脳明晰なブレインハットも、一つだけ見立てを誤っていた。
ブランケットは孤立無援ではなかった。
勇者…に似た何かと、共にいたのだから。
「―メカ勇者だっ!!!!」
ブランケットの叫び声を聞き、馬に跨ったままニセ勇者が振り向く。
飛行機雲を吐き出しながら、轟音を上げて最果ての空を飛んでいる黒い点。人並みの視力しかないニセ勇者でも、その異様な物体がメカ勇者であることは、すぐに想像できた。
「あれが、メカ勇者」
ニセ勇者の口から思わず漏れ出た言葉。
まさか、こんな形で、二つの紛い物が
「オイ、俺様ちゃんと隠れられてるよな?見つからねえよな、なあ!」
ポーションの山の中に身体を完全に埋めながら、ブランケットはニセ勇者に問いかける。
「さぁ、どうでしょう。最近のメカはセンサーというものを備えていると聞きますから」
「セ、センサー?」
「あらゆる障害物を透かして目標物を探知できる機器らしいですよ。まぁ、透視魔法と探知魔法の掛け合わせみたいなものです」
「何だそのインチキは!?まさか、メカ勇者はんなもん搭載してねえよな…?」
恐る恐るブランケットがポーションの隙間から様子を窺う。
まるでスーパーマンのようなポーズで高速飛行するメカ勇者。ライム色の目を明滅させながら、何かを探すように首を振っている。そして、その顔がブランケットの方を向いた次の瞬間、その眼光はまばゆくレモン色に光り輝いた。
「終わった。センサー付きだ、多分」
「じゃあ、逃げますか」
ニセ勇者は鞍から降りると、台車に積まれたポーションの一瓶をつかみ取った。朱色のポーションをバケツに注ぎ込むと、乗っていた馬の口元に近づける。喉を潤そうと、馬はたちまちポーションを呑み干した。
「なんだ、そのポーション?」
「貴方達に売りつける予定だった、ドーピング用ポーションです」
その瞬間、馬がけたたましい鳴き声を上げて跳ね上がった。ニセ勇者は素早く鞍に飛び乗り、手綱を振るう。みなぎる力を抑えられないとばかりに、馬は手綱を引きちぎるような勢いで、疾風の如く駆け出した。
走る、走る、走る。
馬の蹄が蹴り上げた砂塵が、小石が、みるみるうちに彼方へと離れていく。
馬車としては有り得ないスピード。馬より先に車の方が壊れそうな勢いだ。これがポーションの力であるのか。
が、後方のメカ勇者との間合いは一向に縮まる気配を見せない。
それどころか、少しずつ距離が縮まっている感すらある。
ブランケットの超人的な視力で辛うじて視認できていたメカ勇者の影は、今やニセ勇者でも振り返りざまにその輪郭を見て取れるほど、鮮明になってきているのだ。
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
走る、走る、走る。
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ…
確実に距離を詰められる。暴れ回る馬の手綱を必死で握りしめながら、息を切らせるニセ勇者。この華奢な身体のどこに、荒馬を乗りこなす技量が秘められているのか。
「ハァ、ハァッ…あぁ、愉快な乗馬ですねぇ!惜しむらくは、後ろの追っ手がもう少し遅ければ無事ゴールインできそうなんですが、ハァハァ―ゲホッ!」
まだ冗談を言う余裕はあるようだが、所詮は人間。いつ力が抜けて振り落とされてもおかしくないし、ポーションの効きもいつまで持つか分からない。目的の都市国家領まではまだ相当な距離がある。そこまで逃げ切るのは、はっきり言って絶望的だろう。
ポーションの山から這い出てきたブランケットは、ニセ勇者の背中と迫りくるメカ勇者の影を交互に見る。
ニセ勇者対メカ勇者。
両者の力量は、あまりに開きすぎていた。
が、ブランケットは、ふと状況を俯瞰して気が付く。
なぜニセ勇者とメカ勇者が戦っているのか?
メカ勇者はブランケットを狙っている。ニセ勇者はブランケットを護ろうとしている。だから、戦っている。
だとすれば。この対決を左右する存在は一つしかない。
ブランケットである。
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