第7話 王国脱出計画



明くる日、アスカリア王国東端の関所に、馬車を引く一人の行商人が訪れた。


「止まれ!」


関所を管理する騎士団の騎兵がそぞろ出てくると、行商人は素直に歩みを止め、馬から降りる。ポーションを満載した台車を引いているあたり、どうやら薬売りのようだ。


「汝、通行許可証を出せ」


「仰せのままに」


薬売りは、しずしずと許可証を差し出した。許可証に書かれた申請目的の欄を見ると、一人で近隣の都市国家に商いに出ていくところらしい。


「それだけの量のポーションを、汝が一人で運んで売るというのか」


「はい。当方、アウスブリック市のギルド商人同盟に所属しております。ギルドに販売を委託しようと思っていますので、かような量に」


そう言うと、薬売りはギルドへの所属を示す印章をポケットから取り出す。この関所をよく利用する有名ギルドではなさそうだ。とはいえ、商業が盛んな都市国家群には、百以上のギルドが林立している。王国との通交が乏しいギルドがあってもおかしくはない。


不審がっていた騎兵は、ギルド印章を見て納得したのか、矛を収めた。その後、証文が正規のものであることを今一度確かめると、騎兵は道を開ける。


「汝の旅路たびじが安穏なものとなりますように」


別れ際にそんな定型句を言って、騎兵たちは関所のうまやの中へと帰っていった。







暫く台車を引いた後、薬売りは台車に乗せられたポーションの山に呼びかけた。


「そろそろ顔を出してもいいですよ」


ポーションの山がもぞもぞと揺れ動き、その中から鋭い牙を蓄えた顔が飛び出す。


「ぷはぁっ!」


ブランケットはポーションの山の下に隠れていたのだ。ポーションはどれも濁っており不透明であるため、下に誰かが隠れていても意外と気が付かないものである。


「ぁぁ…重いし暑いし、窒息するかと思ったぞ!もう少しマシな方法で通り抜けられないのかよ?」


ブランケットが愚痴を吐くのを、薬売り…もといニセ勇者が笑ってたしなめる。


「仕方ないでしょ、ほろ馬車なんか持ち出すお金はありませんし、魔物を同行させているなんて知れたら大騒ぎですから」


ポーションと交換で借りた馬を乗りこなしつつ語るニセ勇者。


「というかお前、結構な大商人なんだな。ギルドにまで入ってるのか」


ブランケットが感心していると、ニセ勇者はニヤついた顔で答えた。


「ああ、あれ嘘ですよ」


「は?」


「あんなギルド存在すらしませんよ。印章も前に作った偽物です」


呆れかえるブランケット。魔物でもここまで平然と大嘘を重ねる者はいない。


「信用を造るって大事でしょう。嘘も方便、うまく使えば生きやすいですよ」


お前の「造る」は「捏造」の方だろがい、と突っ込みを入れたくなったブランケットだが、疲れるだけなのでやめた。


信用を得るために嘘をつく。その嘘を貫き通すために、用心深く別の嘘で塗り固める。こんな事を繰り返すような性格だから、勇者の信用を失墜させることを本義とするニセ勇者計画を発案したのかもしれない。


ほとほと、魔性の女だ。


そう感じたのもつかの間、ブランケットは欠伸をした。ニセ勇者計画のため大陸に渡ってから、色々なことが起きすぎるので疲れているのだろう。ブランケットは三つの目玉を三つとも閉じ、ニセ勇者の乗る借馬のひづめの音を子守唄代わりに、暫しの眠りにつくことにした。







その眠りは、何やら不快な音に妨げられた。


大空に響き渡る、ゴウゴウという奇怪な飛行音。ドラゴンやワイバーンのそれとは全く違う。まるで何かを噴出しながら進んでいるような―


恐る恐るポーションの隙間から空を覗いたブランケットは、その目に映ったものを疑いたくなった。



勇者が、空を飛んでいる。



いや、いくら勇者でも空を飛ぶはずはない。

もちろん、ニセ勇者であればなおさら飛ぶはずがない。

だとすれば、あの勇者の正体は?



思いつく答えは一つだった。ブランケットは、驚嘆の叫び声を上げた。




「メカ勇者だっ!!!」

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