第6話 ポーション片手に
【魔王城でクーデター!?新魔王ブレインハット、堂々と王座継承宣言!】
家の古びたポストに投函されていた新聞の号外記事を見て、ニセ勇者はふっと笑った。
「メカ勇者、完成したみたいですね」
何事かと新聞を覗いたブランケットは、驚愕の表情を隠せない。
「ブレインハットの奴、正気か!?どうやって魔王様を…まさかメカ勇者を使ってか!?」
記事にはメカ勇者に関する記述はない。どうやら、ブレインハット自らが伝書蝙蝠を利用して対外的に声明を発したようだ。
【魔王に逆らったという事は、その行動指針に反発したという事です。ということは、対話の道も開けるのでは?】
【魔王軍が内紛を起こした今がチャンスだ。再編した王国軍で魔王城へ攻め込もう!】
言論界のご意見番たちが、こぞって無責任な言論を寄せている。人の噂も七十五日というが、魔王軍が攻め寄せてから僅か1年で、人はここまで緊張感を失うものか。ニセ勇者計画による
「ブレインハットってのも、なかなかの食わせ者ですねぇ。散々魔王を財布代わりに利用して、あげくにその魔王を倒しちゃうんですから」
新聞に夢中のブランケットを置いて、ニセ勇者は一足早く玄関へと入っていく。
ニセ勇者の自宅は、木造一戸建てのボロ屋敷だった。
洒落たグリーンカーテンを張っているのかと思いきや、ただ繁茂した雑草に覆われているだけらしい。家の中には大量のフラスコが転がり、巨大なハーブの鉢植えや怪しげな精製器が生活の場を占拠している。
「ここに帰ってくるのも、暫くぶりね」
アスカリア王国においては、従来までポーションの精製は教会が一手に担ってきた。だが、需要に対して供給が追い付かず、高額で取引されるポーションは平民には手が出ない。そんな状況に後押しされて、独自の製法でポーションを製造・販売する業者も増えた。ニセ勇者、もとい薬売りの女性も、その一人だったという訳だ。
(こいつ、名前はないのか)
新聞記事から少し目を離したブランケットは、家の表札に名が書かれていないのが気になった。もっとも、今のブランケットにとって彼女は「ニセ勇者」であり、それ以上の呼び名は必要ないのだが。
「で?この状況について、どう思います?」
ニセ勇者は、青紫色の葉っぱをちぎって精製器に投入しながら、ブランケットに問うた。
「どうって。どうしようもねえと思うが」
「貴方の感想を聞いてるんじゃないんですよ。何でこんな状況になってるのか、意見を聞きたいんです」
ああ、とブランケットは頭を搔いた。色々な事が起こりすぎて頭が追い付かないが、とりあえずニセ勇者の言う通りに考えを巡らせてみる。
「魔王になる資格があるのは、魔王に選ばれた四天王だけだ。つまり、俺様やブレインハットにも魔王になる資格は一応あるってわけだ。だがまさか力づくでとはな」
すると、ニセ勇者は恐ろしい可能性を口にした。
「となると、対抗馬になる貴方を抹殺するために、試運転がてらメカ勇者を送り込んでくるかもしれませんね」
ブランケットの身体に寒気が走った。
ブレインハット卿は、少女の姿からは想像もつかない知恵者であり、魔王軍一の奥手で知られる。自分の野望の達成には、いかなる障害の存在をも許さない。彼女の最大のライバルとして、ブランケットは彼女の恐ろしさを前々から承知していた。
「心当たりがありそうな反応ですね。あぁ、これは厄介なことになりそうですよ」
呆れ顔で溜息をつくニセ勇者に対して、ブランケットは冷や汗を流す。あの魔王ブルカブトを倒してしまうほどのメカ勇者と対峙すれば、只では済まないだろう。しかし、そんな展開があり得るだろうか?
「いや…だがよ、メカ勇者が俺様を探して留守にしてる間に、勇者が魔王城に攻めてきたらどうする?そんな危ねえ真似するか?」
「相手はメカですよ。一年も猶予を与えたんだから、完成しないと嘘をついて2号機・3号機を造っていた可能性も大いにある。であれば、そのうち一機をこちらに差し向けるなんて造作もない事。そうでしょう?」
やっと見つけた一縷の望みにも、的確な反論が飛んでくる。
「…やけにこっちの事情に詳しいじゃねえか、えぇ?」
「魔王城に押し売りした時に盗み聞きさせてもらいました、少々ね」
済ました顔でとんでもない事を言っているが、ブランケットはこの非常事態なので気に留めないことにした。
「とりあえず、私たちの使える武器はこれだけですね」
ポーションを窯で吹かしながら、ニセ勇者は腰付の袋を放った。
ブランケットが中を見てみると、そこには
「おお!この剣さえあればメカ勇者にも」
「あ、それ駄目ですよ。さっき素振りしてみましたけど、何の反応もなかった。適性がある人じゃないと使えないみたいですね。これだから特注の魔道具は困る」
ブランケットはガクっと膝を折ったが、続いて魔法の電磁石を手に取る。
「メカ勇者も金属製だろう?この磁石でメカ勇者を引き付けて」
「引き付けてどうするんですか。直後に消し炭にされるだけだと思いますけど」
ブランケットはまたも膝を折った。
「じゃあどう戦うんだ!お前の案を聞かせてみろ」
「戦いません」
「は?」
頃合いとみて、ニセ勇者は精製器のバルブを閉める。グツグツと煮立ったポーションが急激に冷やされ、泡立ちながらたちまち脱色されていく。
「戦って勝てますか?私は勝てる戦いしかしない。勝てなければ逃げますよ。それ以外の選択肢はありませんよね」
勇者の姿で、勇者らしさ皆無の言葉を発されると、どう反応していいか分からなくなる。
「逃げるって、どこへだ」
「アスカリア王国内は、メカ勇者や本物の勇者がうろついていて危ないでしょう。となると、当然王国外へ脱出するしかない」
アスカリア王国は大陸の西端にある。西はもちろん、北や南も海に囲まれているため、当然東へ逃げることになる。
だが、王国の東に広がるのは竜帝領である。幾百ものドラゴンが住み着き、入れば命はないと云われる危険地帯。ここに脱出した所で、竜の炎に焼かれて終了だ。
「王国と竜帝領の間には、回廊状の街道があります」
ブランケットは地理情報の過多についていけなくなりそうになったので、壁掛けの世界地図を見ながら話を聞いた。
「そこを北東に抜けると、いくつか都市国家がある。数年前に王国から独立した商都群ですよ。そこに潜伏できれば、生き延びられるかもしれない」
完成したポーションをフラスコに移しながら、ニセ勇者は脱出プランを説明する。
「脱出するったって、国境には検問があるだろ。俺様は王国軍にとってもお尋ね者だぜ。どうやって突破する?」
ブランケットの当然の疑問に、ニセ勇者はポーションを入れたフラスコ片手に応える。
「これを使います」
フラスコの中で、どろりと濁った青色のポーションが、淡い輝きを放っていた。
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