第2話 勇者の姿をした悪魔



そこにいた全員が、暫く動くことが出来なかった。


魔王軍一同は、あまりの衝撃におののいたまま打ちのめされていた。

勇者とは、ここまで唐突に現れるものなのか。薬売りの振りをして潜入したという事か?もっと正々堂々と来るものだと、誰しもが思っていた。


「勇者よ…此処に何の用だ」


魔王ブルカブトは、威厳を保とうと精一杯の言葉を口からひりだした。武者震いなのか、単に怖くて震えているのか、その身体に纏った魔鎧装がカタカタと音を立てている。


が、当の勇者の反応はどうも鈍い。辺りをキョロキョロと見まわして、状況を理解できていないようにすら見える。


「余を倒しに来たのか…そうであろう、勇者よ!」


覚悟を決めたブルカブトの慟哭に、勇者は首をかしげながら答えた。




「勇者って…私が?」











「―ひょっとして、別人か?」


ブランケットがそう問うてから、すっかり緊張の糸が解れてしまった。





「プッ…アハハハハハ!あー、可笑おかしい。」


「もう笑うな、首ねじ切るぞ!」


腹を抱えて笑う勇者に、ブランケットが吠え掛かる。


薬売りの容姿は、確かに勇者そのものだった。

だが、目を凝らして観察してみると、パーツ構成は全く同じでも、明らかにが違う。


ブランケットが見た勇者は、天女のように晴れやかでくすみ一つない、慈愛に満ちた顔つきの少女だった。一方でこの薬売りは、目元にうっすら隈が浮かび、ニヤニヤと嘲りの笑みを絶やさない。喋り方も態度も人を食ったようで、勇者とは程遠い負のオーラが滲み出ているような気がする。


「私は単なる行商人ですよ。そんなに似てたんですか、勇者と?」


「驚かすな!全く、心臓が一つ潰れたわ」


魔王ブルカブトは、思わず安堵の溜息をついた。魔王は毛の生えた心臓が百個あるので、これくらいの心理的ショックでは死なないのだ。とはいえ、とんだサプライズには変わりない。


「勇者はこの上ないくらいの美人だと聞きますが、とすると私の美貌も捨てたものではありませんねえ」


薬売りは頬を摩りながら、自尊心に満ち溢れたニヤつき顔で舞い上がっている。今までずっと素顔を隠して生きてきたのか、自分が勇者と似ているということに初めて気が付いたようだ。


「というか、似てる人に会っただけでそんな驚きます?案外怖がりなんですねえ、ププッ」


「クソーッ!さっさと出てけ、この勇者モドキが!」


ブランケットは、羽織り物を振り乱して薬売りを窓から投げ落とそうとする。


「あ、失礼。調子に乗りすぎました御免なさいね、さようならさようなら」


薬売りは素早く風呂敷包みをブランケットに投げつけた。ブランケットが思わず包みを受け止めた隙を突き、素早く戸口へと駆け出す。

が、その直後、薬売りは何かを思いついたような笑みを浮かべて足を止めた。


「ちょっと、さん」


「だからだっつの!」


憤慨するブランケットに、薬売りは素早く耳打ちする。


「貴方の面目躍如のチャンスですよ?私と協力して、ゴニョゴニョ…」


思いがけず薬売りの話に耳を傾けたブランケットは、半信半疑で薬売りの顔を見つめた。


「お前、本気で俺たちに手を貸そうってのか」


薬売りは、手に持ったポーションを軽く振りながら答える。


「当然。私もこんな不良在庫を抱えたままでは破産ですのでねぇ?」


間近で見ると、なるほど勇者そのものの顔である。あの聖女の様な顔を卑屈に歪ませて微笑する薬売りに、ブランケットは何か自分と通じるものを感じた。


(こいつのアイディア、うまく行けばブレインハットの奴を出し抜けるかもしれねえ)


色々な意味で追い詰められていたブランケットは、薬売りの案に乗ってみることにした。


「…いいだろう。一か八かやってみよう」




そう言うと、ブランケットは魔王の前に推参した。


「な…何だ。改まって」


困惑する魔王に、ブランケットはうやうやしく首を垂れて言上ごんじょうする。


「恐れながら、勇者を倒す計画を練り上げましたので、進言させていただきます」


魔王は、唐突な流れに少々狼狽しながらも問う。


「もうブレインハットのメカ勇者計画が進行中ではないか。今さら何をするというのだ?」


「メカ勇者などよりも、よほど安上がりで確実な方法です。その名も」


そこまで言ったところで、薬売りが魔王の前に飛び入った。勇者そっくりな顔を魔王の顔面に近付け、勇者そっくりの透き通った声で、計画の骨子を答える。



「―ニセ勇者計画、です!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る