第3話 ニセ勇者 vs. 本物勇者


アスカリア王国を脅かした、魔王軍の襲来から早一年。


攻め寄せてきた魔物の群れを、突如降り立った勇者が打ち払った時、王国の民草は上も下も関係なく彼女を崇め奉った。教会会議は、勇者を列聖すべきではないかとの論題を持ち上げた。庶民の間では、勇者にあやかってその名を付けた饅頭まんじゅうやビスケットが人気を博した。


ところが、それから約一年、勇者は全く動きを見せない。

王都周辺で時折目撃証言はあるものの、それ以外はサッパリだ。王国の沖合にはまだ魔王城が健在であるというのに、魔王を放っていったい何をしているのか?


「勇者様は何を怯えているのか。魔王など早く退治すればよいのに」

「あれだけで満足して、王都で贅沢暮らしでも満喫してるのかな」


次第に、勇者に対する不信感が高まってきた。

しかし、それはあくまでも水面下のものである。魔王軍から王国を救ったという過去の事実が、勇者への信頼を辛うじて保っていた。




ある日の昼下がり。


勇者は、王都に近い伯爵領の林道を歩いていた。その面持ちは柔らかな優しさを育みつつも、どこか険しい。森林浴に浸るでもなく、何か思い詰めたように、勇者はひたすら野道を下っていった。


そのうち、一つの村落が見えた。看板には「旅人さん大歓迎」の文字。

アスカリア王国は大陸中でも治安が良いと評判なので、異国の旅客も多く訪れる。そういったインバウンド需要を狙って、茶屋街を携える町村が多いのだ。


ここで少し休憩しようと、勇者は歩みを勧めようとした。


が、よく見るともう一つ立札がある。そこには、木板に赤色の塗料でこう書かれていた。


「勇者様お断り」


勇者は、自らの目を疑った。名指しで立ち入りを禁じられるなど、今まで経験が無かったからだ。もっとも、ある事情から長らく思うように活動できていなかった自分に、完全に非がないとは言い切れないが。


すると、村人と思しき集団が、木の実を満杯にした籠と共に森から出てきた。

彼らは、勇者の姿を見て少々驚いたものの、すぐに顔をしかめる。


「勇者様よ、あんたどうしちまったんだ?あちこちに落書きするわ、酒屋で悪酔いするわ、変な薬を押し売りするわ」

「うちの村は関わり合いは御免だぜ。暴れるならあんたを懇意こんいにしてる王様の宮の中だけにしてくれ」


そんな迷惑行為などした覚えはない。確かに、王宮から時たま抜け出して物思いにふけることはある。が、そもそも以来、人と関わることを極力避けて―


「もう、あんたはあの時の勇者様じゃないんだ。帰ってくんろ」

「妙な真似すれば、騎士団に通報するからな!」


そう言って、村人たちは勇者を追い払うように手を振った。

勇者は愕然としたまま、彼らが村の中に帰っていくのを見つめるしかなかった。




いったい何がどうなっているのか?

何もわからない。この国を救ってから、起こることすべてが理解できない。


勇者は、林道沿いの木陰に身をやつし、その場に座り込んだ。




その時、森の中から声が聞こえた。


「勇者さん、こちらにいらっしゃい…」


その声は、勇者に似通った透明感のある声。茫然自失だった勇者は、自分が自分を呼んでいるような気がして、森の中に入っていった。



森の中に、少し開けた平野部があった。そこに佇む声の主を視認した時、勇者は一瞬固まるほど衝撃を覚えた。


それは、声どころか姿まで自分とそっくりな、言うなればだったのだ。




「あは、初めまして。こうして見ると本当に瓜二つね。さしもの魔王も驚くはずだわ」


「貴方は…一体?」


もう一人の勇者は、勇者の問いに黒い笑みを浮かべながら答える。


「手っ取り早く言えば、ニセ勇者ってとこね。貴方、最近めっきり活躍が減ったじゃない?だから、私が代わりに思いっきり遊んであげたの」


ニセ勇者は、勇者そっくりの軽装鎧に付いた布地をひらひらとはためかせながら、企みをペラペラと喋り出す。


「勇者の姿で数々の迷惑行為を働く。そしてその噂を薬売りの姿で各地にばら撒く。この二足の草鞋わらじが、ここまで成果を挙げるとはねぇ」


「くッ―」


勇者は、その柔らかな顔つきを多少歪めても、憤りを隠せない。


「悔しい?悔しいわよねぇ。でも、失った信頼はもう取り戻せない。大人しく諦めて、魔王様がこの国を亡ぼすのを指を咥えて見ていることね」


「――っ」


勇者は戦闘態勢を取り、腰付の鞘から剣を抜く。

天の力を全て吸い込んだように淡く光り輝く、見まごう事なき聖なる剣。

魔王軍を一刀両断にしたあの聖剣を、魔王の部下に再び―



「―かかった」


ニセ勇者は、ニヤリと微笑んだ。

腰付の袋から取り出したのは、こちらも聖なる剣―ではなく、ヘンテコなU字型の物体であった。


「え」


勇者が一瞬戸惑ったその瞬間。



「「魔法の電磁石マギステレ・エレクトロ・マグネターよ、起動せよ!」」



ニセ勇者の詠唱と共に、磁石が水色の怪光を放つ。


「ッ!?」


刹那の出来事だった。勇者の手から、聖なる剣が抜き取られる。まるで、何か不可視の力に捕まって、強く引っ張られるかのように。すっぽ抜けた聖剣は、そのまま宙を舞い、ニセ勇者の手に掴まれた。




「プッ…アーッハッハ!残念だったわねぇ勇者さん?貴方の自慢の剣もこの通り」


魔法の電磁石、それは海中の電光石から作られる魔道具である。電気魔法を応用して強力な磁気を帯びることのできるこの魔道具は、起動すればたちどころに周囲の金属物を吸い寄せてしまうのだ。むろん、聖なる剣であっても例外ではない。


「あれだけののしれば、剣を抜くと思ったわ。これで勇者さんは、民からの信頼も、力の拠り所も失った。可哀そうでちゅね~」


完全に術中に嵌まってしまった。勇者は驚きを隠せない。



「―そろそろ、出てきてもいいんじゃないです?さん」


ニセ勇者の言葉を受けて、森の中から一体の魔物が姿を現す。


だっての」


紫がかった羽織り物から突き出た、鋭い鉤爪。


「よう、勇者。久しぶりだな」


その顔は、勇者を嘲笑するように綻んでいた。

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