第4話 川辺の反省会


魔物の異様な姿を見て、勇者に一年前の記憶が蘇る。


「覚えてるか?あの戦役でお前に散々にやられた、魔王軍四天王のブランケットだよ」


一年ぶりの対峙。しかし、あの時とは状況が違う。

全てを失った勇者と、復讐に燃えるブランケット。


「一年間何をしていたのか知らねえが、早く俺たちに止めを刺さなかったのが運の尽きだったな。聖なる剣を失えば何も出来まい」


ブランケットは、両手の爪を光らせながら、勇者に迫る。

勇者は何も答えることなく、ただ俯いているだけだ。


「―お前との戦いも、これで終わりだ」


そう言うと、ブランケットは黒腕を振り上げ―



「―くたばりやがれぇぇッ!!」



全てを掻き切る鉤爪の一撃で、勇者の息の根を止め






「―うああああああああァァァっ!!!!」



「―へ?」


まだ攻撃が当たってもいないのに、勇者が慟哭する。

その眼は涙ぐみ、口元はぶつける場所を失った怒りに溢れていた。



直後に聞こえたのは、空を切るような風音。



咆哮と共に繰り出された渾身のパンチが、ブランケットの腹部に命中する。

それも、ブランケットが腕を振り下ろすよりも数コンマ早く。


「ッ!!!??」


声にもならぬ叫びを上げながら、ブランケットの身体が宙に浮く。


「ちょ、ちょっと!?」


そして、その衝撃が背後のニセ勇者の華奢な体をも吹き上げ―





「うぎャあああああああああああああぁぁぁぁぁァァ・・・……」




ブランケットとニセ勇者は、大空の彼方へと殴り飛ばされたのだった。







【王国辺境に隕石落下!?クレーターに肝心の隕石の姿なく】


アスカリア王都に出回る新聞の一面に、そんな見出しが躍る。


忽然と姿を消した二つの隕石は、山間やまあいの集落に身を潜め、何やら口喧嘩をしているようである。



「どういう事だ!話が違うじゃねえか!」


隕石の片割れ・ブランケットは、煤埃すすぼこりにまみれた羽織を揺らしながら、もう一つの隕石・ニセ勇者に詰め寄る。


「いや、見当が外れました」


ブランケットをクッション代わりにして一命を取り留めたニセ勇者は、小川のせせらぎで手に着いた泥を洗い落としていた。


「勇者が強いのは聖なる剣が強いからだ、と思い込んでいたんですが、全然違いましたね。勇者自体がバケモノみたいに強かった」


さらっと反省点を述べるニセ勇者に、ブランケットは憤る。


「どうすんだよボケ!このザマを報告したら、魔王様に張り倒されるぞ!」


「まぁ、そうカッカしないで。とりあえず勇者は社会的には死にましたから」


「お前馬鹿なの!?俺も社会的に死んだんだよ!」


このニセ勇者計画を魔王に提言したのは、他でもないブランケットである。勇者相手に二度も失態を踏んだと知れれば、只では済まない。


「これで、残された希望はメカ勇者だけという訳ですか」


濡れた袖を絞りながら、他人事のように呟くニセ勇者。


「冗談じゃねえぞ。この俺様がニセ勇者で失敗こいて、あの脳ミソがメカ勇者で大成功なんて、絶対に許さねえ」


四天王たちは、互いに仲が悪かった。それぞれが自らを最強の四天王と自負し、ブルカブトの後を継ぐべき者も自分だけだと考えていたからだ。

ブランケットも、内心ブレインハット卿のメカ勇者計画が何らかの形で失敗し、彼女が四天王の座から転落することを期待していた。そして功を焦ってニセ勇者計画で先手を打とうとしたところ、見事に自分が失敗したというわけである。


「まあ、勇者の動き次第ってとこですよね。いきり立った勇者が魔王城に突っ込むのが先か、メカ勇者が完成するのが先かって勝負ですから、要は」


「俺様は完全にアウェーじゃねえか。終わったわ、俺のキャリアアップ」


頭を抱えるブランケットに、ニセ勇者は金髪をセットし直しながら歩み寄る。


「まあ、とりあえずプランBを考えましょうよ。この山麓さんろく伝いに暫く進めば私の家があるので、そこでまず一服」


どんどん話を進めようとするニセ勇者に、我慢できずブランケットが吠え掛かった。


「もう計画は失敗したんだよ!ジ・エンドだ!」


「なぜすぐに諦めるんです?」


ブランケットは、ニセ勇者がすぐに切り返してきたことに少々たじろいだ。


「勇者の振りをして草の根工作するの、結構大変だったんですから」


魔王城を出てからここ1・2週間、ニセ勇者はひたすら勇者の姿で各地で嫌がらせを繰り返してきた。勇者とそっくりの鎧や籠手を知り合いの闇道具屋にオーダーメイドしてもらったが、それだけでここ1年分の稼ぎが吹っ飛んだ。犯行中に何度も石を投げられ、捕まりかけた。


「私の大切な貯金や時間をつぎ込んで、骨折り損で終了なんてさせません。ここで勝手に終わられても困るんですよ」


ニセ勇者は、ブランケットを指差し、眉をひそめて微笑んだ。


「精々、一緒にあがいてみましょうよ」


その笑みは邪悪で、尊大で、性根が腐っていて。

かつてブランケットが見た勇者の凛々しい顔とは正反対の、最低の表情だ。

だが、そこには勇者とは別ベクトルの、何か気迫のようなものが感じられた。


(なんだこいつ)


こんな人間を見たのは二度目だった。

人間は魔物に比べれば貧弱で、烏合の衆で、取るに足らない下等生物種だ。

だが、勇者の凄まじい覇気を感じ取った時、ブランケットの偏見は揺れ動いた。

そして今、ニセ勇者の前に立ち、その心は再び揺らされたように感じる。


(こんな奴とこれ以上協力する意味はない)


そう思い込もうとしたブランケットだったが、その鋭い歯列の間から漏れ出た言葉は彼の本心を表すものだった。



「あがけるだけは、あがいてみるか」



素性知れずの勇者もどきと、落ち目の魔王軍四天王。


奇妙なタッグが、図らずも結成されたのだった。

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