『旅路』短編小説

@annkokura

第1話(完結)

星空が綺麗に見えるある夜。一つの緑豊かな村は大混乱に陥っていた。村に住む全員が、我先ぞとばかりに周囲の人とぶつかり合いながら王国目指して避難する。誰かのためにという高尚な考えを持つ者も自らの命の危機を感じたらそんな考えは捨て自分を優先する。

そんな村人たちと同じように、この村に住まう一人の少年もまた幼馴染の女の子の手を引き王国に向かって走っていた。その背後からは次々と悲鳴が上がっている。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 振り返ると、そこには馴染んだ村の姿はなかった。村は火の海と化し、人々は次々と化け物に襲われている。その風景はまるで地獄絵図だった。

 少年はキュっと目を瞑り前を向く。すると、

「きゃっ!」

 手を引かれて走っていた女の子が何かに躓き転倒した。その女の子に近づこうとしたが、少年は近づけなかった。なぜなら、転倒した女の子の背後には化け物がいたからだ。

「助けて……。セリオ……」

 涙を流しながら助けを求める少女。しかし少年は腰を抜かしたように動けない。その体は明らかに震えて怯えており、目は泳ぎ続けている。

(助けなきゃ……。ジュディが殺される……。早くコープスの気をこちらに向けないと……。誰か、助けてくれ……)

 少年がそんなことを思っている間に、女の子は無惨に化け物に殺され同じ化け物と成り果てた。少年の頭が真っ白になる。そして、現実を理解した時、ただただ悲痛にその子の名前を叫んだ。

「ジュディィィィ‼︎」


「ジュディィィィ‼︎」

 眠っていた青年は飛び起きた。外を見ると、眩しい太陽が温かな光を街に照らしていた。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。また、この夢か……」

 彼の名前は、セリオ・ノワール、十七歳。ボサボサした黒髪にどこにでもいる平凡な顔つき。百七十センチの身長に少し筋肉のついた体。そんな彼の体には多くの水滴がついていた。それは眠りから起きた原因でもある五年前の事実上の悪夢が理由だ。セリオは五年前、目の前で化け物に殺された幼馴染で初恋の女の子の名前を静かに呟く。

「ジュディ……」

 あの時のことをどれほど後悔しただろう。自分は口だけの男だと。守る守ると言いながら、肝心な時に動けない腰抜けの男だと。この先、一生後悔することになるだろう状況なのに石ころ一つ投げるどころか、恐怖のあまり声さえ出せない臆病な男だと。大切な人さえ見殺しにしてしまう弱い男だと。最終的には他人頼みにしてしまうほどの弱小の男だと。五年が経った今でもセリオにとっては後悔するほどの出来事だった。そして、この夢を見るたびにセリオは決意する。

(もう二度とあんな思いはしたくない。口先だけにはなりたくない。自分と同じ思いをする人を増やしたくない。そのためにも俺は強くなるんだ)

 セリオはベッドから降り支度を始めた。セリオは現在、カルロス学院に通っている。カルロス学院は、国がコープスに対抗できる人を増やすために作った学校である。セリオはその学校に通う二年生だ。

 カルロス学院指定の制服に着替えたセリオは部屋を出た。五年前のあの日の災厄で幼馴染を亡くしただけでなく両親も亡くしたセリオは独り身だ。両親の形見はもちろん、幼馴染の形見さえない。それでもセリオは、必ず「行ってきます」といないはずの人たちに向けて挨拶をする。

 セリオは家を出るといつもの通学路を歩いた。大通りの両脇には多くの店が立ち並んでいる。

「おはようございます」

「セリオくん、おはよ。今日も良い品が入ってるよ」

「帰りに寄らせていただきます」

 セリオは野菜を売っている女性に笑顔で応える。セリオとこの周辺の人々は顔馴染みだ。彼らは、独り身になってしまったセリオを親代わりのように育ててきた。言わば、家族も同然。セリオは彼らに感謝していて、今一番守りたい存在だ。

 自宅から歩くこと数分。カルロス学院に着いた。正門をくぐると、生徒たちがセリオを見ながらコソコソと話し始める。

「ねえ、あの子でしょ? 最近転入してきた魔法が一切使えない異常児って」

「そうそう。どうやって、コープスと戦うんだろうね?」

「そもそも、オレらにすら勝てないだろ?」

 嘲笑や蔑みなど明らかに馬鹿にした感情がセリオに向けられる。しかしセリオは、気にした様子もなく真っ直ぐに教室へと向かう。

 教室についてからもセリオには馬鹿にした感情が向けられていた。

 人間とは愚かなもので自分よりも格下の存在がいると馬鹿にするのだ。

「お前ら、席に着け」

 先生が入室してきた。それを見るなり全生徒が自席に戻る。

「急だが、今日から一年生のお前らのために特別講師が来てくれた。入ってきてください」

 全員が教室の入り口に目をやる。そこから入ってきたのは、後ろで一つに束ねられた美しい銀髪をもつ綺麗な女性だった。誰もが視線を奪われる。ある者は、口を魚のようにパクパクと動かす。ある者は、目が点になる。ある者は、その人を指さしながら後ろの席の人に声を出さずに驚いた様子を見せる。当然、セリオもその人物に目を奪われ息を呑んだ。むしろ、奪われない方がおかしい。

 誰かがポツリとその人物の二つ名を口にした。

「『白銀の鬼人』……」

 白銀の鬼人と呼ばれた少女の名は、ミュゲ・ダイモン。一つに束ねられた白銀の髪は照明の光を浴びてキラキラと輝いている。長いまつ毛に切長の瞳は、ミステリアスさやクールさを醸し出している。百七十センチの高身長。服の下からでも強調するような成長した胸に引き締まった体型。白くて潤いのある肌。健康的な太もも。手足も長く女性が憧れる完璧なスタイル。そんな彼女のことをこの世界で知らない人は誰もいない。なぜなら、彼女は世界最強のコープスの殺し屋だからだ。彼女が訪れた国や村はコープスが残らないと言われている。美しい白銀の髪を靡かせ、普通の人間からは考えられない動きでコープスを薙ぎ倒していく。そんな姿からついた二つ名が『白銀の鬼人』。そして、さらに驚くのが年齢が十七歳ということだ。当然、同世代にとっては憧れの的である。しかし、その強さ故に騎士団からは目の敵にされている。

「どうして、『白銀の鬼人』がこの学校に……」

「っていうか、実物初めて見た……」

「あの体型憧れるんだけど……」

 ミュゲは、カルロス学院の生徒でもなければ、どこかの国の騎士団に所属しているわけでもない。ただ噂では、かつては騎士団に所属していたと言われている。

(あの人が、世界最強のコープスの殺し屋『白銀の鬼人』……。僅か十四歳にして世界に名を広めた少女……。そんな大物がなぜこんな辺鄙な地域の学校に……)

 視線を集めているにも関わらず、ミュゲは堂々と綺麗な姿勢で教卓の前まで歩く。先生すらもミュゲに対しては低姿勢で接している。

「全員知ってると思うが、この御方はミュゲ・カメリア先生。コープスとの戦闘において最前線で戦われている戦乙女。二つ名は『白銀の鬼人』。くれぐれも失礼のないように。では、ミュゲ先生、自己紹介をお願いいただけますでしょうか」

「今、先生からご紹介にあずかりました,ミュゲです。よろしくお願いします」

 簡素な自己紹介、と言うよりも挨拶を終えたミュゲはすぐに教室を出て行ってしまう。生徒と先生はミュゲの素っ気ない対応に呆然とした。数秒後、先生は気を取り直して授業を始めるのだった。


「実戦を想定して模擬戦を行ってもらう。二人一組になってくれ」

 二時限目の授業はコープスとの実戦を想定した戦闘訓練。相手にならないからかセリオと組もうとするクラスメイトはいない。結果,セリオは一人余ってしまう。なのでセリオは、先生にお願いした。

「先生、お相手しただいてもよろしいでしょうか?」

「構わんが、手加減はできんぞ?」

「大丈夫です。本気でやっていただかないと訓練になりませんので。それに、魔法が使えなくてもコープスを倒せるようになりたいんです」

 その言葉に周囲の生徒たちがクスクス笑い出す。

「コープスを倒すだってよ!」

「逆にコープスに殺されるだろ」

 クラスメイトに言い返したい。セリオの本音はそれだ。だけど、

(お前らに言われなくても自分が弱いことぐらい知っている)

 五年前のあの日までコープスを倒すのぐらい余裕だぜと粋がっていた自分を殴りたい。立ち上がるどころか、みっともなく腰を抜かして座り込んで。それどころか、石を投げることも砂を投げることもできず、大声で助けを呼ぶことさえできなかった。自分がしたのは、ただただコープスに殺される幼馴染をその目に焼き付け後悔をしただけ。

 セリオはこのことを幾度となく後悔した。

(だから、今の俺がすることは馬鹿にされたことに言い返すことではなく、強くなるために努力することだけだ)

 セリオにとってクラスメイトに言い返すのは強くなった後の話に過ぎない。セリオの今の目標は強くなってコープスを倒すことだ。

 それぞれ模擬戦を始めていく。それを見ていたミュゲはつまらなさそうに、あるいは、弱すぎて話にならないとばかりに呆れまじれに呟いた。

「弱い……。生徒どころか先生すらも……」

 その静かな呟きにも関わらず、その声音は凛としていたため全員に響き渡った。当然、全員から怒りの感情が混ざった視線を集める。代表して先生が詰め寄った。

「どういう意味ですか? ミュゲ先生?」

 先生は頬をひくつかせながらあくまでも失礼のないよう敬語で尋ねる。そんな先生だが、当然、内心怒りを覚えている。それを表に出さないのは、特別講師として来校していただいているということを忘れていないからだろう。しかし、それを知ってか知らずか、ミュゲは淡々と口にする。

「そのままの意味ですよ。全員弱すぎる。その程度じゃ、コープス相手に一分と保たずに殺されます」

 ミュゲの言葉に先生の堪忍袋の緒が切れる。

「調子に乗るなよ! ミュゲ・カメリア!」

 先生は腰に携えていた剣を抜刀しミュゲに襲いかかる。

「遅いわ」

 ミュゲは先生に足払いをし転倒させる。そして、細剣を抜き転倒した先生の首元に近づける。

「くっ……!」

「諦めなさい。あなたじゃ私には勝てない。それどころか、あの子にも負けますよ」

 そう言って、ミュゲが視線を向けたのは、先ほどまで先生と模擬戦をしていた人物。セリオだ。当然、セリオは驚き自分を指さして尋ねる。

「俺、ですか……?」

「ええ。あなたはこの中で一番強い。きみ、名前は?」

 セリオは緊張した面持ちで答える。

「セリオ・ノワールです……」

「セリオ君ね。きみはコープスと戦っても五分は保つかな。倒すのは難しいけど」

「五分、ですか……」

 『白銀の鬼人』から低いとは言え、評価をもらったにも関わらず、セリオは暗い表情を見せる。

 弱者が褒められると、強者が気に食わないと言うのはよくあることで、セリオを馬鹿にしていたクラスメイトの一人がミュゲに反論する。

「俺たちがそいつよりも弱いって言うんですか! そいつは魔法も持たないただの人間なんですよ!」

 その言葉にミュゲは納得した様子を見せる。

「なるほど、だから強いのね。でも、セリオ君は自分に自信がない」

 セリオの心臓は、図星をつかれたようにドクンと跳ねた。セリオはわかっている。自分に自信がないことは。でもあの日、自信があったのにいざという時に立ち向かえなかった。それが、セリオの自信を無くさせている。

 すると突然、警鐘が鳴り響いた。

「北側にコープスが大量出現した! お前たち学生は住民の避難誘導にあたってくれ! ミュゲ先生は……」

 先生がミュゲの方に振り向いた時にはすでにいなくなっていた。ほんの一秒。その僅かな時間でミュゲはコープスが出現した場所に向かったのだ。セリオたちも学校を出て北側へと向かった。


 セリオはキュリア王国の北側に向かっている最中に多くの避難民とすれ違っていた。みんながみんな我先にとばかりに押し除けながら走っている。その光景は人間の愚かさを表していた。

「みなさん、落ち着いて避難してください!」

 大声で注意喚起をするもパニックに陥った人々の耳にセリオの言葉は聞こえていない。誰も彼もが逃げることだけを目的にしている。

 すると、住民が逃げてきている方向から悲鳴が上がった。

「きゃっ!」

 セリオが振り返ると、そこにはコープスが数体いた。

(もう、ここまで来ているのか⁉︎)

 コープスを見た人々がさらにざわめき出す。

「コープスだ! コープスがすぐそこまで来てるぞ!」

「退け! 俺が先に逃げるんだ!」

「押すんじゃねえ!」

 大の大人が波のように流れ始める。そのため、力のない女性や子供、老人が次々と転倒していく。さらには、避難誘導をしていた学生までもが逃げ出す。その中にはセリオを馬鹿にしていた人物がいた。

「なんであいつらまで逃げてるんだよ……! 俺より力を持ってるくせに……!」

 セリオは歯軋りをした。その間にも人がコープスに噛まれ次々とコープスが増えていく。先ほどまで数体だったコープスは裕に十を超えている。

(なんとかしないと……! なのに、なんで俺の足は……)

 しかし、セリオの足はみっともなく震えていた。そんなセリオの目の前で一人の女の子が転倒する。その後ろにはコープスが一体。

「誰か……、助けて……」

 その光景が五年前の記憶を蘇させる。

(助けないと……。助けないといけないのに……。この子にも家族がいるのに……。俺と同じ思いをさせたくないのに……。なんで、俺の体は動かないんだよ……!)

 弱気な自分と葛藤しているセリオの脳裏に先ほどのミュゲの言葉が過ぎる。

『自分に自信がない』

「自信がないから俺は弱いのか……? でも、自信なんてどうやって……」

 そんなセリオの独り言に答えるかのように一人の人間が現れた。

「自信は力があることでつく。言い換えれば、力は自信に繋がる」

「誰だ⁉︎」

 セリオが振り返った先には、白いローブを着た人間が一人立っていた。多くの人がこの事態に騒然としているのにその人物からは焦りが見えなかった。それどころか、セリオに質問までする。

「君はコープスを倒せる力が欲しいか?」

 その質問にセリオは間を置くことなく即答する。

「欲しい! コープスを倒せる力が!」

「なら、君にこれを与えよう」

 そう言って、ローブを着た人物はセリオに黒い液体が入った小瓶を手渡す。見るからに怪しい薬。

「これを飲めば、コープスを倒せる」

 それを聞いたセリオは後先考えずにその薬を飲み干した。冷静な人間なら普通は怪しい人物からもらった薬など飲まない。しかし、今のセリオはそれどころではなかった。セリオにとって力が欲しいという目の前の目的と今コープスに襲われようとしている女の子を助ける方が大事だった。

「うぅ……」

 薬を口にしたセリオは胸を抑え苦しみ始めた。

(なんだ、これ……! 内側から焼かれるような……! 言葉にできない感覚が……)

「がっ……、うあぁぁぁぁぁっ!」

 天に劈くほどの絶叫を響き渡らせるセリオ。音、血の匂いに敏感なコープスが、対象を女の子からセリオに移す。

 悶え苦しむこと三十秒。薬を飲んだセリオの見た目に変化はなかった。しかし、セリオは体の底から力が湧いてくるのを感じていた。

(これならコープスを倒せる!)

 セリオは腰に携えていた剣を鞘から抜き、少女に襲い掛かろうとしているコープスに近づいた。セリオは五年間磨いてきた剣術でコープスを覆っている魔法壁を粉砕する。そして、その勢いのままコープスを切り伏せた。

 セリオは自分の身体能力が上がっていることに気づいた。それと同時にコープスを倒せる自信もついた。

 セリオは周囲のコープスに目をやる。そして、後ろで怯えている女の子に声をかける。

「早く逃げて」

「ありがとうございます……」

 女の子は立ち上がると、他の住民が逃げた方向へと走り出した。コープスは血の匂いや音に敏感である。セリオはコープスたちをここで食い止めるために血を被る。そして、剣を構えた。

「アアアアアア!」

 十数体いるコープスがセリオに向けて走り出す。これまで培ってきた知識と技術を大いに活かす。

(まずは地形とコープスの数、位置を確認)

 地形は、家が立ち並んでいて道幅は馬車が二台通れるぐらい。コープスの数は十三体。後方に魔法準備中のコープスが五体。なら、先に後方のコープスを叩く。

 セリオは、襲いかかってきているコープスを足技で転倒させたり蹴りでまとめて吹っ飛ばしたりしながら後方にいる五体のコープスに辿り着く。

「くたばれ!」

 見事な剣戟で一体、また一体と斬っていく。しかし、魔法詠唱が早く三体倒したところで魔法が放たれる。それを見事な身のこなしで回避した後、間合いに入って素早く魔法壁を破壊すると心臓を貫いた。そして見る見るうちにコープスが切り伏せられていき残り二体となった。

(残り二体! 終わらせる!)

 そう意気込んで駆け出そうとした瞬間、セリオは異変を感じた。

(あれ、視界が……)

 セリオの視界にモヤみたいなものがかかり始める。体も自由が効かなくなっていく。そしてそのまま転倒した。セリオは体を起こそうとするが、全身に力が入らない。それどころか、眠気のようなものに苛まれ徐々に瞼が重くなっていく。

(くそ……、あと……二体……なの……に……)

 セリオが最後に聞いたのは、凛とした透き通るような声音だった。

「クールコープスだったのね」


 警鐘が鳴り響いた後、ミュゲ・カメリアは銀髪の髪を靡かせすぐにコープス出現地点に向かった。

(今回のコープスは自然出現、あるいは、人口出現。どちらにしろ、私の感は当たった)

 ミュゲがこの地に訪れた理由。それは、自分の感が数日の間にコープスが出現すると告げたから。特別講師になったのは、たまたまに過ぎない。ミュゲの目的は、自分をクールコープスにした人物を探し出し人間に戻ること。そのためにミュゲは各地を転々としている。

 ミュゲは普通の人がかかる時間の半分でコープス出現場所に駆けつけた。

(コープスの数、目視で五十体。これから増えることも考えれば、八十体ってところね)

 この国の騎士団は弱すぎる。元々、コープスの倒し方は二人一組が定石だ。一人が近接戦闘、もう一人が後方からの魔法攻撃。近接戦闘の人間が、魔法からコープスを守っている魔法壁を破壊し、後方の人間がそこへ魔法を打ち込む。これがコープスの倒し方。しかし、この国の騎士団は、後方型の人間ばかり。ミュゲから言わしてもらえば、

(全員が怯え引っ込んでいる雑魚)

 だから、先ほどセリオを褒めたのはそういうことなのだ。魔法がないからと言うのもあるが、この国で唯一近接戦闘に長けている人間。しかし、彼には強い、コープスを倒せる、といった自信がない。

(残念だけど、彼も死ぬかな)

 そんなことを考えながらミュゲは戦闘モードに切り替える。さやから細剣を取り出し構える。

「行くよ」

 言葉を理解できないコープスに向けてか、はたまた、自分自身に気合を入れるように静かに呟くとコープスに向けて走り出す。

 そして、蝶が舞うように、踊り子が踊るように、ミュゲは軽やかな動きでコープスを倒していく。

 ミュゲにパートナーはいない。それは、ミュゲと合わせられる人間がいないからだ。しかし、ミュゲにパートナーは必要ない。一人で二人分を兼ね備えているから。

 ミュゲは倒しながら横目で騎士団の動きを確認する。騎士団は戦おうとせず、あろうことか逃げ出しているのだ。

(情けないわ……)

 ミュゲは手応えのない戦いに飽きていたのもあり溜息を吐いてしまう。

 そして、自分の周囲のコープスを三分も経たないうちに倒しきった。

(あとは、後ろに逃したコープスを倒すだけね)

 ミュゲは、逃げ出した騎士団を追いかけているコープスを追撃する。そして、その先にいたのは、

「セリオくん」

 ミュゲの視界に映ったのは、先ほど自分が称賛したセリオだった。しかし、先ほど授業で見ていた動きとは違っていた。

(あの動き、もしかして……)

 ミュゲはセリオの動きを見て自分と酷似していることに気づいた。それと同時にコープスと戦っていたセリオの体が突然フラッと倒れた。それはまるで、電車が急停止したような感じだった。

(間違いない、クールコープス)

 ミュゲは倒れたセリオに近づこうとするコープスを瞬殺すると、倒れたセリオを見下ろした。

「クールコープスだったのね」

 ミュゲは、懐から白い液体が入った小瓶を取り出す。そして、セリオを抱き起こし飲ませた。


「う……、ん……」

 セリオはゆっくりと瞼を開く。そして、近距離にある美しく整った顔立ちの少女を見て一気に覚醒する。

「うわっ!」

 セリオは驚き飛び退いた。

(ビックリした〜……)

 目の前には、美しい銀髪を腰まで下ろし、右手には細剣を持つミュゲが立っていた。

「よかった。目が覚めたみたいね」

「どうして、ミュゲ先生がここに……?」

 状況を飲み込めないセリオはミュゲに尋ねる。しかし、それ以上にミュゲには気になることがあった。

「セリオくん。きみ、クールコープスだったの?」

「クールコープス……?」

 聞きなれない言葉に首を傾げるセリオ。そんなセリオの反応を見たミュゲは、普段の冷静さがカケラも見えないほどに顔色を変えセリオに近づいた。

「きみ、黒色の液体を飲まなかった?」

「飲みましたけど……」

 それを聞いたミュゲはさらに鬼気迫った表情になる。セリオの肩を掴み顔をグイッと近づける。

(顔ちかっ! しかも、いい匂いもする)

「聞いてるの? それを誰にもらったの!」

「白いローブを着た人です……」

「その人はどこに!」

「わからないです……。俺、その後コープスと戦っていたんで……」

「チッ!」

(なんかよくわからないけど、怒ってる?)

 思いもよらないミュゲの舌打ちにセリオは驚く。

(思ってた人と違う……)

 冷静、クール、大人の女性。ミュゲに対してそんなイメージを持っていたセリオにとって今、目の前のミュゲは別人のように思えた。でも、それ以上にセリオには気になることがあった。

「あの、ミュゲ先生……」

「何よ」

 目を細め棘のある返事をするミュゲ。明らかに苛立っているのがわかる。その様子にセリオは尻込みしながらも質問する。

「さっき言っていたクールコープスって……」

「クールコープスは、人間とコープスの間の生き物よ」

「それってつまり……」

「ええ、そうよ。人間でもコープスでもない。クールコープスを知らない人間にとっては、未知の生命体ってことよ」

「もしかして、ミュゲ先生はクールコープス……?」

「そうよ、私はクールコープスよ。そして、あなたも」

「えっ⁉︎」

 突然の真実にセリオは目を見開き驚く。

(俺がクールコープス……? そんな……。いつ……)

 セリオの疑問に答えるようにミュゲは言う。

「黒い液体の薬を飲んだんでしょう。それが、クールコープスになった原因よ」

「あれがですか⁉︎」

「ええ、そうよ。人を超えた力を得られる代わりに体はコープスになってしまう」

「別に悪いことはないじゃないですか」

「あるわよ。この薬がないとコープスの衝動、つまり人を殺そうとするのよ」

 ミュゲは懐から白い液体が入った小瓶をセリオに見せる。

「でも、俺はその衝動がなかったですよ?」

 先ほどの戦闘中にセリオは確かにそういった行動をとらなかった。それどころか、衝動にすら駆られなかった。

「それはまだ、あなたの体が薬に対応していないから。慣れ始めると、徐々に現れ始めるわ」

「そんな……」

コープスを倒せる力が欲しくて飲んだはずなのに、自分がコープスとなり、コープスと同じように人殺しの衝動に駆られる。そのことにセリオは絶望した。しかし、メリットがあれば、当然それに見合うデメリットも存在する。それがこの世の掟だ。

「あなたはこの先どうするの?」

「俺はこの力を使ってコープスを根絶やしにする! これ以上、自分と同じ思いをする人を増やしたくないから!」

 たとえ副作用を知っていたとしても間違いなく薬を飲んだ。コープスを倒せる力が欲しかったから。そしてその力を手に入れた。なら、やるべきことはコープスを絶滅させること。

 セリオに迷いなかった。

「そう……。だったら、私に手を貸しなさい」

「どういうことですか?」

「私の目的は人間に戻ること。私とあなたの目的は一致しているわ」

 セリオの目的はコープスを根絶やしにすること。ミュゲの目的は人間に戻ること。どこをどうとっても共通する部分はない。

 セリオはそのことに気づいた。

「一致していないと思うんですが?」

「いいえ、一致しているわ。だって私の推測だと――」

 溜めるように少し間を置き、ミュゲはこの世界の常識を覆す大きな真実を口にした。

「――コープスを生み出したのは人間だもの」

「なっ⁉︎」

 驚愕の真実にセリオは口を開けて固まった。

(コープスが人の手によって生み出された……? 一体誰が何のために……? いや、ミュゲが嘘をついている可能性も……)

「嘘はついていないわ。何より、私とあなたがその証拠よ」

「ミュゲ先生と俺が……?」

「そうよ。さっき言ったように、クールコープスは人間とコープスの間の存在。だったら、コープスは何?」

「何って……、突如現れた不死に近い化け物……じゃないんですか……?」

「違うわ。コープスはクールコープスになれなかった人間の果てよ。仮に最初のコープスを一番と名付けましょう。その一番が次々と人間を殺していった。そして、あなたも知ってる通り、コープスに殺された人間はコープスとして生まれ変わる。そうやって、この世界に広がっていったのだと私は推測してるわ」

「そんな……」

 ミュゲの考察は常識人から考えたら笑いの的となるようなものだ。しかし、セリオにはミュゲが嘘をついているようには見えなかった。何より、セリオ自身も今し方クールコープスになったのだから。

「どうするの? 別に私は一人でも構わないんだけど。認めたとはいえ、あなたはまだ弱いもの」

 常識はずれな考察を突きつけられ呆然とするセリオにミュゲは再度尋ねる。

「……俺も行きます。コープスを根絶やしにし、コープスという化け物の存在の真実を暴きたいです」

「そう。では、早速次の町へ行きましょうか」

「はい」

 そうして二人は、利害関係の一致で一緒に旅に出るのだった。

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