第2章 お地蔵さんの怖い話
第1話「苦悶地蔵」 投稿者:あたしは、悪者?さん 1
地域には、様々な伝承がある。「あの祠を壊してはならない」とか、「この儀式は、毎年やらなければならない」とか。現代の価値では意味不明な話も、その地元では当たり前で、ある種の常識になっている。
傍目から見れば非常識な話も、そこでは昔からある常識になっていた。神崎伊代のチャンネルに送られた話も同じ、現代の価値観では受け入れがたい、普通の人には信じられない話だった。神崎伊予はリスナーの人達に「それ」を前置きした上で、彼等にその話を語りはじめた。
「私の地元にも、そう言う話はありますが……。今回の話は、本当に珍しい。お地蔵様の怖い話はたくさんありますが、それでも奇妙なお話です。こんなお話は、聞いた事がありません。お地蔵様に人の恨みを話す……投稿者さんも、今回の事に参っているようです。自分のやった事も含めて、気持ちの方もかなり参っている。
私も彼女と同じ立場だったらきっと、自分の事を呪うでしょう。こんな状況を作りだした、自分の事を呪うに違いありません。あの時の自分に『止めなさいと言えたなら?』と。今回のお話は、そんな苦悶と戦うお話です」
投稿者:あたしは、悪者?さん
題名:「苦悶地蔵」
あたしの地元には、「苦悶地蔵」と言う地蔵があります。ある山の山道を登って、その左側にあるお寺。苦悶地蔵は、その手前側に置かれている。地蔵の形はごく普通で、周りのお地蔵さんと見分けが付きません。あたしも母方の祖母から聞いて、それが「苦悶地蔵」と言うのを知ったくらいでした。
苦悶地蔵は読んで字の如く、人間の苦悶を叶えるお地蔵様です。苦悶地蔵の前で「誰々にこんな苦しみを与えて欲しい」と頼むと、相手にそれを与えてくれる。自分の頼んだ願いに沿って、相手に苦悶を与えてくれる。普通一般の人にはとても信じられない話ですが、あたしの地元では「それ」が普通に信じられ、今でも当然のように受けとめられています。
「これは、憎い相手を呪い殺せる地蔵だ」と。実際、そう言う意思で苦悶地蔵にお願いする人も多い。地元の人に山開きが知らされると、その地蔵を目指して、遠方から遙々訪れる人すら居るくらいです。あたしも……ここからは、あたしの話ですが。そんな地域の伝承を信じる一人でした。
あたしは現在、県の県庁所在地で働いています。地元の高校を出るまでは、実家の方に住んでいたのですが。大学進学と合わせて、今のアパートに引っ越してきました。アパートでの生活は、気楽です。実家の母から怒られる事はないし、休みの日も(用事がない時は)ゆっくりと過ごせます。
隣人の女性が、変わった人。俗に言う、オカルトマニアですが。それ以外を除いては、オカルトマニアから「怖い駅?」の話を聞かされるだけで、特に嫌な事はありません? 部屋の窓には日差しが入り、夏も涼しく、冬も暖かいです。
あたしは、そんなアパート暮らしを気に入っていました。ペットが飼えないのは残念ですが、駅前には猫カフェもあるので、会社の帰りにはモフモフしています。あたしは「それ」を癒しにして、日々の仕事を頑張っていましたが……。
それでも、嫌な物は嫌。あたしがどんなに躱しても、そのストレスが襲ってきます。あたしは職場での人間関係、ようは恋愛問題に巻きこまれてしまいました。職場で一番のイケメンに言い寄っている。それも、あからさまに。彼との距離を詰めている。あたしとしてはただ、仕事の事を聞いているだけですが。そう思わない恋愛脳には、あたしが恋の略奪者にしか見えないようでした。
彼等はあたしが自分の仕事に打ちこんでいると、あたしにわざと聞こえるような声で、あたしの悪口を言い合いました。「また、彼に媚びているよ」はまだ、可愛い方。「課長とも寝ているらしい」に比べれば、ずっと可愛い方でした。挙げ句の果てには、例の彼に「アイツ、ビッチだから気をつけて」と囁く始末。彼等はあらゆる方法を使って、社内にあたしの悪口を広めました。
あたしは、その悪口に疲れた。「彼」も「課長」も、「そんなのは、嘘」と分かっていましたが。自分の悪口を言われつづけるのはやっぱり、辛い物がありました。自分は、全然悪くないのに。あたしの周りから聞こえる悪口は、あたし自身はもちろん、それを聞いている他の人ですら不快になる物でした。
あたしは、その悪口に怒りました。最初こそ「我慢しなきゃ」と思っていましたが、こうも続けられたら堪りません。味方の同僚からは「気にしないで、無視すれば良い」と言われましたが。その忠告をすっかり無視してしまいました。
机の上を思いきり殴る。それを合図にして、彼等の事を「キッ」と睨みます。あたしは彼等の顔を一人一人見渡し、その頭を目が合ったところで、椅子の上から立ち上がり、同僚達の「ダメ!」を無視して、彼女の前に歩み寄りました。「ちょっと、アンタ」
ドスの利いた声。それを聞いた周りのみんなが、「うっ」と固まるのが分かります。彼女の側に付いていた社員達も、この時ばかりは「あわわわ」と怯んでいました。あたしはそれ等の反応を無視して、目の前の女性を睨みました。目の前の女性は、あたしの目を見返しています。
少女漫画とかなら「え?」と驚いている場面ですが、そう言う動揺をまったく見せていませんでした。あたしは「それ」に驚きながらも、「ここで負けたらダメだ」と思って、自分の動揺を何とか抑えました。「こう言うの止めて欲しいんだけど?」
そう脅しましたが、やっぱり怯みません。あたしの言葉に対して、「ふん」と笑うだけです。「何を言っているのか分からない」と、そう言いかえしてくるだけでした。彼女は自分のパソコンに向きなおって、そのキーボードを叩きはじめました。
「アンタ、苛められているの?」
「はぁ?」
思わず驚いた。あたしも社会人になるまで様々な修羅場を見てきましたが、こんな風に言われるのは初めてでした。あたしは彼女の態度に怒って、その机上を思いきり叩きました。「ふざけないで! 毎日、毎日。あたしの事を……。合う合わないのがあるのは、仕方ない。仕方ないけど、これは流石に酷いんじゃないの?」
彼女は、その言葉に眉を寄せた。「明らかに怒っている」と言う顔で。あたしの反論にすら、「ウザい」と笑いかえした。彼女はパソコンのキーボードを叩いて、自分のカップに手を伸ばした。コーヒーの量が少し減っている、猫のカップに。「アンタは、空気が読めないわけ?」
その言葉に「ピン」と来た。やっぱり、そうだ。彼女は彼の事が好きで、あたしの事を苛めていたに違いない。彼と仲よくしているあたしが目障りで、それに「ふざけるな」と言っていたのです。彼女の周りに居た取り巻き達も、それを面白がっていたに違いない。あたしはその想像に従って、彼女の目をまた見かえしました。
「好きなら告白すれば、良いじゃん?」
「はぁ?」
「彼の事が、本当に好きなら。あたしなんか無視して、彼に告白すれば良いでしょう?」
彼女は、その言葉に黙った。あたしから思わぬ事を言われて、その反応に困ってしまったのです。彼女は彼の方をチラチラ見て、自分の足下に目を落としました。
「うるさい」
うるさい、うるさい、うるさい。そう、捲し立てた。彼女は真っ赤になった顔で、あたしの頬を叩きました。
「アンタが居なきゃ、アンタが居なきゃ!」
「なに? 『彼と付き合えた』って? 甘ったれるな! あたし程度に負けるなんて、そんなの……。彼が本当に好きなら、本気でぶつからなきゃ!」
あたしは彼女の頬を叩いて、彼の方を指差しました。そうする事で、彼女の背中を押すように。「ほら、行け」
そしてもう一度、「自分の気持ちをぶつけてこい!」と言いました。「あたしなんかを苛めるよりも、そっちの方がよっぽど良いよ?」
あたしは、彼女の背中を叩きました。あたしの事を苛めた彼女は許せませんが、その恋愛自体は「応援しよう」と思ったからです。あたしは彼女の取り巻き達に目配せして、その勇気を「笑うな」と脅しました。
ああ言う連中は、人の勇気を馬鹿にするからです。それを馬鹿にする連中は、許せない。だから、どんなに憎くても「頑張れ」と思ってしまった。あたしは彼女の背中を押して、その想いを見送りました。「自分の恋にビビるな!」
彼女は、その声を無視しました。無視しましたが、「分かった」とうなずきました。彼女は彼の前に立って、彼に自分の気持ちをぶつけました。「貴方が好きです、アタシと付き合ってください!」と。ですが、「ごめんなさい」と断られた。思わせぶりな沈黙を置いて、彼に「付き合えません」と断られた。
彼女は「それ」に怒鳴りましたが、彼に「人を苛める人とは付き合えない」と言われた事や、課長にも「君はまず、自分の事を省みるべきだ」と言われて、嫌々ながらも「分かりました」と謝りました。「ごめんなさい」
あたしは、その謝罪に目を細めました。彼女のような人が、「本気で謝る」とは思えません。今の状況から逃れるためにとりあえず謝ろう、そう考えたとしか思えませんでした。あたしは「それ」を察した上で、彼女の謝罪に「まったく」と呟きました。「これじゃ、何も変わらない」
そう思ったあたしでしたが、その予想は見事に裏切られました。あたしは彼女の取り巻き達を無視して、その事実に頭を抱えました。あたしの説教が効いたのか、彼女が会社に来なくなったからです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます