最終話「閉鎖駅」 投稿者:真の友人さん 3
声の変化に驚きましたが、それもすぐに収まりました。「これが本来の彼女、彼女の本質である」と思うと。その変化にも理解と言うか、すぐに受け入れられたのです。自分の我執から放たれた事で、本来の自分に戻っただけで。あたし達とそう変わらない、「普通の女性に戻っただけ」と思いました。彼女はその姿こそ変わりませんが、どこか穏やかな声であたし達に事の真実を話しました。
「わたしは、オカルトマニアだったんです。全国でも有名な心霊スポットに行ったり、ネットでは『危ない』と言われている儀式を試したり。心霊が関わっていそうな所には、進んで何度も行きました。
この駅に入ったのも、『ここが危ない駅だ』と知ったのは偶然ですが。そんな好奇心だった。駅の怖い話は好きだったので、そう言う駅が無いかを探していたんです。わたしは、たまたま入った駅の中を回って」
出られなくなった。あたし達と同じ状況で、前の化け物に捕まってしまった。化け物が駅の中から出て行く生け贄として。彼女もまた、ここに捕らわれてしまったのです。彼女はその記憶を思い出してか、何とも言えない顔で溜め息をつきました。
「驚きましたね。そう言う所は今まで、たくさん回ったのに。本物と出会った感動は、それをすっかり忘れさせた。わたしは化け物との意思疎通を計りましたが、やっぱり化け物です。元は人間だったかも知れませんが、その理性がほとんどなかった。わたしがどんなに呼びかけても、それらしい返事が返ってこない。あたしは化け物との会話を諦めて、相手の前からすぐに逃げ出しました」
情けないでしょう? そう笑った化け物は、やっぱり不気味だった。「元は、人間だ」と分かっていても、その裂けた口や吊り上がった目、爛れた肌や剥がれた爪がやっぱり怖かったのです。
「わたしは、必死に逃げました。胸の奥では、化け物との出会いに打ち震えていたのに。本能がそれを許さなかった。わたしの好奇心を抑えて、ただ『逃げろ』と言いつづけた。わたしはそんな自分に呆れながらも、貴女達と同じように逃げて、貴女達と同じように隠れました。でも……」
見つかってしまった、あたし達と同じように。彼女もまた、化け物の手に捕まってしまった。彼女は「それ」を悔いて、自分の頬を掻きました。「わたしは、化け物から脱出の方法を聞かされた。『ここから出ていくためには、自分の代わりを見つけなければならない』と、そう教えられたんです。化け物に体を縛られた状態で。
わたしは相手の話を信じませんでしたが、化け物が私の前から消えた事、そして、自分の姿が変わっていた事を知って、『この話は、本当だ』と思いました。ここから出ていくためには、自分の代わりを見つけなければならない。
わたしはその代わりを待って、駅の中をさまよっていたんです。それこそ、時間の感覚を失うくらいに。わたしはたぶん、人間である事を辞めてしまったんです。この中をさまよう、亡霊として。だから」
あたしは、その続きを遮りました。それを聞かなくても、何となく分かったから。「ニヤリ」と笑う彼女に向かって、「それでも」と言った。「あたし達には、関係ない。貴女の境遇には、胸が痛いけど。それでも、あたし達には!」
そう、関係ありません。彼女がここに捕らわれている理由も、あたし達には関係ない事です。彼女がどんな趣味で、どんな過去があろうと。あたし達がそれに付き合う理由は、まったくありませんでした。
あたしは普通一般の常識に従って、彼女に(建設的な?)提案を出しました。彼女に「あたし達が助けを呼びます。ここであたし達を身代わりにしても、また同じ事が繰りかえされる」と言って、両方が幸せになれる方法を考えました。これ以上の悲劇が繰りかえされないように。あたしは(たぶん)まともなに考えて、彼女に自分の意見を言いました。
ですが、やっぱり無理らしい。あたしも期待半分の感じでしたが、「身代わり」の部分はどうしても変えられないようでした。嫌な沈黙が続きます。あたしも友人も「それ」に意見を言おうとしましたが、相手が「それ」を拒んだ事や、相手自身も「ダメだった」と言う事を聞いて、その声を飲みこんでしまいました。「それじゃ、結局」
あたしは、自分の声に怒りました。自分で自分の非力を認めたようで、「本当に悔しい」と思ったのです。あたしは色んな可能性を考えた上で、二人に「あたしが残る」と言いました。「二人とも残らなきゃならないのなら仕方ないけど。そうでないなら!」
相手は、それに首を振った。やっぱり、ダメな物はダメらしい。あたしの意見を無視するわけではないが、現実の折り合いで「仕方ない」と思ったようでした。相手は友人の顔を見ると、悲しげな顔で友人に謝りました。
「ごめんなさい、貴女の気持ちも分かりますが。わたしはその、この子じゃないとダメみたいで。この子が受け入れないと、ここからどうやら出られないようです。この場に居る全員が」
友人は、その言葉に表情を変えました。親友のあたしでも分からない、複雑な表情に。友人は相手の顔をしばらく見ましたが、あたしの視線にふと気づくと、それに「ごめんね」と謝って、相手にまた向きなおりました。「本当は、助かりたかったけど。私」
あたしは、その続きを遮りました。「他に方法は無い」とは言え、その続きは聞きたくなかった。友人があたしの手に抗った時も、友人に「ダメ!」と言いつづけました。それでは、助けに来た意味がない。被害者である友人が、その救助者を助けるなんて。あたしの感覚からすれば、ありえない事でした。
あたしは友人の手を引いて、彼女に「それは、ダメ!」と叫んだ。自分の本音を込めて、「二人で一緒に逃げなきゃ!」と叫びました。あたしは自分でも「馬鹿」と思うくらいに泣いて、彼女に「お願い、お願い」と頼みつづけた。でも、「ごめんね?」
友人にそう、拒まれた。化け物にも「お願いします」と言って、自分の身を犠牲にしてしまった。それを「止めよう」としたあたしにも、「きっと助けに来てね?」と微笑んだ。友人は相手の手を握って、相手とあたしの両方に頭を下げた。「信じています」
化け物は、その言葉にうなずきました。あたしも最初は拒みましたが、最後には「分かった」とうなずいた。あたし達は友人の気持ちを汲んだ上で、互いの個人情報を教え合い(この時に相手の連絡先を知りました)、「一緒に頑張ろう」と誓い合いました。「この子を助けるために」
化け物は「それ」に微笑んで、あたしの前から消えました。あたしも自分が消える感覚を覚えて、友人に「待っていて?」と微笑んだ。あたし達は「期待」と「責任感」を抱いて、閉鎖駅の中から抜け出しました。
閉鎖駅の外は、眩しかった。あたしがそこに入る前と同じ、太陽の光が燦々と輝いていたのです。建物の外壁はもちろん、その内壁にも光が当たっていました。
あたし達は……いえ、あたしは、その光景に腰が抜けた。「出られた」と言う安心感に腰が抜けてしまったのです。あたしは周りの人からじろじろ見られる中で、その事実に泣き出してしまいました。「良かった、良かった」
これで……。そう思った瞬間にふと、思い出した。「あたしが出られた」と言う事は、「彼女もまた出られた」と言う事です。あの忌まわしい駅の中から……。あたしは彼女との約束を守って、その姿を捜しました。でも、おかしい。いくら捜しても、見つからない。あたしに「大丈夫ですか?」と話しかけた駅員さんも、「そんな人は、見ていない」と答えました。
あたしは、その返事に崩れた。そして、「ちくしょう」と思った。あたしは彼女の言葉を信じて、あの嫌な選択を選んでしまったのです。本当か嘘かも分からない、あの選択を。友人の命を思いすぎて、その愚かな選択を選んでしまいました。「アイツは、最初からこうするつもりだったんだ。それらしい事を言って」
自分があそこから出たかっただけなのだ。あたし達を騙して、その目的を果たしただけに違いない。あたしは彼女の意図を察して、それに殺意を覚えました。「友人を助けられないかも」と言う不安、そして、彼女が「この話をでっち上げた事」にも苛立った。
あたしは彼女の行方を調べる過程で、このkanzaki.chを知ったのです。Kanzaki.chには、あたしの知らない情報、つまりは「彼女の作った嘘」が送られていました。あたしは、それが悔しかった。悔しかったから、kanzaki.chに本当の事を送りました。
あたしと友人が味わった理不尽をそのまま送ったのです。嘘偽りが無いように。あたしは友人の名誉を守るため、配信の力を借りて、みな様に「この話を知ってもらおう」と思いました。
「あたし一人では、無理です。警察にも、探偵にも頼みましたが。行方不明の人は、なかなか見つけられない。『事件性がない』と言う事で、捜査自体が進められないんです。『こんな話は、信じられない』と。
みんな、あたしに常識ばかりを言う。今この瞬間も、友人が大変な目に遭っているかも知れないのに。あたしは一縷の望みを懸けて、神崎さんも彼女の調査をお願いしたいと思います。どうか、友人を助けてください! 追伸。あたしの名前と住所は、本文とは別に送ってあります」
閉鎖駅の話は、新しい都市伝説になった。今までの○○駅に加わる、新しい話。そう言う話が好きな人達には、最高の考察対象になった。彼等は神崎伊代の配信も手伝って、駅の中から「ご友人を救い出そう」と動きはじめた。
ネットの中に転がっている情報を集め、その真偽を確かめていく。話の中身から察して、それらしい駅を並べていく。彼等は無限にある時間を活かして、それ等の情報を一つ一つ調べていった。が、いくら捜しても見つからない。「あたしさん」の情報提供で、駅の場所は分かっていたが。それ以上の情報は、何も得られなかった。
現地に凸したリスナー達も、「収穫無し」と落ちこんでいたし。投稿者である「あたしさん自身」も、友人の事をまだ見つけていなかった。彼等は立場の違いこそあれ、この閉鎖駅に苦汁を飲んでいた。「どうして、見つからないんだろう? こんなに捜しているのに? そもそも、そんな駅なんてあるのか?」
ついには、こんな意見すら出てくる始末。彼等は心霊のプロでも敵わない、この新しい怪異に悪態を付いた。「ああもう、ムカつく。誰でも良いから見つけてくれ!」
神崎伊代は、そのコメントに顔を顰めた。彼等の苛立ちも分かるが、そう怒っても仕方ない。冷静な気持ちで挑まなければ、できる物もできなくなるのだ。「不安」と「怒り」は、失敗の原因。ここは、プロの仕事を待つべきである。
神崎伊代はリスナー達に「閉鎖駅の事について何か分かったらご連絡ください」と言って、無限駅の話を締めくくった。「私も、私の出来る事をします。みんなで、この事件を解決しましょう。それでは、good night、Bad horror」
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