第5話「閉鎖駅の真実」 投稿者:真の友人さん 2
とにかく走りました。「何処に逃げようとか、何処に隠れよう」とかは考えずに。ただ、ひたすらに走った。あの化け物から逃げようと必死に走りました。その途中で何度も転び掛けましたが、アイツに捕まるよりはマシです。足の痛みなんて、アイツに捕まるよりはずっとマシでした。
あたし達は走りに走って、駅の中から飛び出しました。「駅の外なら大丈夫」と言う保証はありませんでしたが、「あそこに居るよりはマシ」と思ったからです。外の様子もあまり変わりはありませんでしたが、見渡しの良い道路があった事や、すぐに隠れられそうな場所もたくさんあった事で、駅からかなり離れた交差点の角を曲がった時には、乱れる息にも増して、逃亡の歓喜を感じてしましました。
ここまで来れば、大丈夫。そう、無意識に思った。実際は、何も終わっていないのに。アイツの姿が見えないだけで、無上の喜びを感じてしまった。あたし達は歩道の上に倒れて、そこから町の空を見ました。町の空は、怖い程に澄んでいます。周りの静寂も加わって、そこに無音を作っていました。
あたし達は……いえ、あたしは、その無音を吸い込みました。「心臓の音がうるさい」と思って、それを「鎮めよう」と思ったのです。友人もあたしと同じように倒れ、町の空気を吸っていました。
あたしは、町の空気を吸いつづけました。あたしと友人以外に誰も居ない町の中で、命の息を吸ったのです。何度も、何度も、自分の息が落ちつくまで。あたし達は普段の呼吸を取りもどした後も、憂鬱な気持ちで互いの顔を見合いました。「これから、どうしよう?」
そう友人に聞かれましたが、「分からない」しか言えませんでした。駅の中から出ても、その帰る手段が分からない。外の空気を吸えるだけで、そこに希望は見えませんでした。あたしはそんな状況に「クラッ」と来て、地面の上に泣き崩れてしまった。「もう、嫌」
出して、ここから帰して。友人の窮地に駆けつけた筈が、反対に「助けて!」と叫んでいました。あたしは自分の不幸を呪う一方で、友人に「ごめんなさい」と謝りました。「あたしじゃ、無理。助けられない!」
友人は、その謝罪に首を振りました。本当は、ガッカリしていた筈なのに。彼女は一番の被害者でありながら、あたしよりも誠実に生きていました。「そんな事、ないよ? 助けに来てくれただけでも嬉しい。私は、本当に感謝」
そう言われるよりも前でした。あたしは、彼女の口を塞いだ。通りの向こうに奴を、あの化け物を見つけたからです。化け物はフラフラした足取りで、あたし達の事を捜していました。
あたしは友人の手を引いて、建物の中に入りました。隠れられる場所は少ないですが、このまま外に居るよりはマシです。たとえ見つかったとしても、見つかるまでの時間を稼げる。時間稼ぎができれば、何かの突破口が見つかるかも知れない。あたしは自分でも「甘い」と思う考えて、何処か隠れられそうな場所を探しました。「ここ、入ろう!」
そう指差したのは、在庫置き場の中です。スーパーの中にある、裏側の在庫置き場。「そこにひとまず隠れよう」と思いました。段ボールが上手いぐらいに重なっているので、(うまく行けば)「やり過ごせる」と思ったのです。あたしは友人と離れて(でも、互いの位置は確かめられるくらい)、段ボールの裏にそっと隠れました。
……頭が狂いそうな静寂。自分の呼吸だけが聞こえて、物音がほとんど聞こえません。視覚に入る友人の姿が、唯一の救いです、友人もスマホを握って、神様か何かに祈っていました。あたしは「それ」をしばらく見ていましたが、売り場の方から物凄い音が聞こえてると、友人の悲鳴に合わせて、自分の頭を守りました。「……来た」
アイツが来た。あの恐ろしい化け物が、すぐ隣まで迫ってきた。あたしは友人のところに駆けよって、その体を抱きしめました。自分の命は、どうなっても良い。でも、彼女の命は助けたい。
アイツにこの体を引き裂かれたとしても、「彼女だけは絶対に守らなきゃ」と思ったのです。あたしは震える彼女の体を抱きしめ、あたし達に近づいてくる足音を睨みました。「どうか、お願い。この子だけは、この子だけは」
見逃して。連れて行くなら、あたしだけを連れて行って。あたしはそう念じて、友人の体を抱きつづけましたが……。そこでふと、その体に違和感を覚えました。抱きしめる前は、人の体温を感じていたのに。今は、氷のような冷たさを感じています。友人の声も聞こえないし、その声も何だか擦れていました。あたしは「それ」に驚いて、友人の顔を見ました。
友人の顔は、友人ではありませんでした。最初は「え?」と驚くだけでしたが、その上にアイツが重なっていたのです。友人とアイツの顔が重なるような、そんな雰囲気が感じられました。あたしはアイツの顔にしばらく呆然としていましたが、友人の「逃げて!」を聞いて、「ハッ!」と我に返りました。「い、いや、イヤァアアア」
助けて。そう叫びたくても、叫べません。悲鳴はもはや、雄叫びに近く。頭の中も、パニックでした。あたしは化け物の体から逃げようと思いましたが、相手の力が思った以上に強くて、振りほどこうとも振りほどけません。相手の腕に捕まって、ジタバタするしかありませんでした。
あたしは友人の姿を捜して、彼女に「逃げて!」と叫びました。本当は、私も逃げたかったけど。今の状況から考えれば、あたしが犠牲になるしかありませんでした。あたしは「こんなところで終わる自分の人生」にガッカリしつつも、「大事な友人が助かるなら」と思いなおして、彼女にまた「逃げて!」と叫びました。「生き延びて!」
友人も、それに従いました。友人は私に謝って、あたしの前から走り出そうとしましたが……。化け物に「待テ」と呼び止められた瞬間、その足をすぐに止めてしまいました。友人は、その声に振り向きました。そんなのは、無視すれば良いのに。あたしの方を見て、「え?」と驚きました。友人は真剣な顔で、化け物の顔を見ました。「な、なに?」
化け物は、それに「ニヤリ」としました。正に獲物を仕留めた如く。床の上にあたしを放って、友人の前に歩み寄ったのです。化け物は友人の顎を摘まむと、嬉しそうな顔でその頬を舐めました。「貴女ハ、良イ。貴女ガヤッテ?」
友人は、その言葉に「ポカン」としました。あたしも「何を言っているんだ?」と思いましたが、あたし以上に戸惑っていたようです。友人はあたしの顔に目をやりましたが、やがて化け物の顔に視線を戻しました。「な、何を?」
するのか? その答えは、「身代わりになって」でした。「自分に代わって、この場に留まれ」と言う、極めて勝手な要求だった。友人はそんな物に応じるわけもなく、あたしの方も化け物に「冗談じゃない!」と叫びました。
どうして、身代わりになるのか? 意味も分からないし、同意もできません。あたし達が言えるのはただ一つ、化け物に「帰せ!」と叫ぶ事でした。友人は明らかに怒った顔で、化け物の顔を睨みました。「ふざけないで! どうして、私達が?」
化け物は、その声を無視しました。どう考えても、故意に。友人の怒声を聞きながしたのです。化け物は近くの壁に友人を吹き飛ばすと、その悲鳴を聞いて「ニヤリ」と笑いました。「ソレガ此処カラ出ル方法ダカラ」
友人は、その台詞に固まりました。それを聞いていたあたしも、思わず驚いてしまった。あたし達は「抵抗」の意思を忘れて、目の前の化け物をまじまじと見ました。
「どう言う事? そうしないと帰れないって?」
「言ッタ通ノ意味。此処ハ前ノ人ト入レ替ワラナイト出ラレナイ。外カラタトエ、助ケガ来テモ。誰カヲ犠牲ニシナケレバ」
出られない。それがここの、この駅の呪いであるなら。この化け物もまた、その呪いに掛かった犠牲者と言えます。駅の中に捕らわれた犠牲者。友人と同じように迷いこみ、そして、閉じこめられた犠牲者でした。化け物は「ニタァ」と笑いましたが、そこには哀愁が感じられました。でも、「貴女ハソノ、犠牲者ヨ」
そう言われた瞬間、「カッ」となった。彼女の不幸には「可哀想」と思えますが、それでもおかしい事はおかしい。駅のルールに縛られている以上は、彼女もその怪異に他なりません。そんな連鎖は、どこかで断ち切らなきゃならない。自分の力だけでどうにかできないなら、然るべきところに助けを呼ぶべきです。それをやらない彼女の罪は、(ある意味で)呪い以上に「酷い」と思いました。
あたしは彼女の前に歩み寄って、彼女にその責任を問いました。「貴女の代で、この呪いを解かなきゃならない」と。「そうしなきゃまた、犠牲者が出る。貴女と同じような人が、貴女と同じように苦しむ。誰かをこんな風に苦しめて。貴女だって本当は、こんな事はしたくないんでしょう?」
相手は、その質問に黙りました。今の質問を聞いて、それに葛藤を覚えたようです。あたしの「逃げよう?」にも、「う、うううっ」と泣き出してしまいました。彼女は両手で自分の顔を覆うと、悲しげな顔で地面の上にしゃがみました。「こんな所に来なきゃ良かった」
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