第4話「閉鎖駅の真実」 投稿者:真の友人さん 1

 神崎伊代は自分の配信で、この話を取り上げた。投稿者が果たして本物の友人かどうかは分からなかったが、話の内容が真に迫ってた事、そして、話の急展開を「面白い」と思って、その内容をすぐに取り上げたのである。


 彼女は相手の氏名と住所を控えた上で、必要な時には然るべき場所への連絡、本人確認の手続きも行う旨を伝えて、リスナー達にも「個人情報を暴かない事、彼女の個人情報は伝えない事」を誓わせた。「これに反した場合は、相応の処罰を受けて頂きます。彼女の人生を守るためにも」

 

 リスナー達は、その規約を守った。配信の概要欄にも書いてある通り、その規約自体に既に知っていたからである。自分から法に背いて、「鉄格子に入ろう」とする者は居ない。一部の冷やかしを除いては、そのほとんどが「分かりました」とうなずいていた。リスナー達は彼女の注意を聞いた上で、それが始まるのをじっと待ちつづけた。

 

 話は、すぐに始まった。神崎伊代がお便りを読み上げるスタイルで、リスナー達にそれが伝えられたのである。リスナー達はそれぞれに画面を眺め、神崎伊代も画面に向かって今回のお便りを読みはじめた。


 投稿者:真の友人さん

 題名:「閉鎖駅の真実」


 彼女から連絡が来たのは、朝の九時頃です。通勤ラッシュが和らぐ時間帯の、遅いような早いような時間帯でした。あたしは仕事がたまたま休みだった事もあって、連絡の前は遅い朝食を楽しんでいましたが、彼女から「助けて!」の連絡を受けると、皿の上にトーストを置き、化粧もしない状態で、彼女が助けを求める場所に向かいました。


 彼女が助けを求めた場所は、あたしも知っている駅です。会社の都合上、あたしが使っている駅とは反対ですが。「閉鎖駅」と書かれたそれは、あたしも良く知っている○○駅でした。あたしは駅の中に入って行く人達を無視して、その中に「助けに来たよ!」と入りました。

 

 駅の中は、静かでした。自分の足音を除いて、人間の音が聞こえてこない。正に「無音」と言える状態です。駅の中をどんなに見渡しても、音らしい音はまったく聞こえませんでした。


 挙げ句の果てには、人の姿すら消えている始末。(一応の確認として)駅の窓口にも行ってみましたが、そこの自動ドアが開くだけで、受付の駅員はもちろん、それ以外の駅員もまったく見られませんでした。あたしは、その光景に息を飲みました。「友人の状況を知っていた」とは言え、これはあまりに異常です。駅の外から中に入った瞬間、世界のスイッチが切り替わったようでした。


 自分の居る場所は、普通の場所ではない。周りの景色こそ駅内ですが、その中には普通ではない空気、異常な空気が流れていました。あたしは、その空気に怯えました。「逃げ出したい」と言う衝動に駆られ、駅の出入り口を思わず見てしまう程に。友人の身を案じる一方で、自分の身にも危険を感じたのです。

 

 あたしは自分の気持ちに従って、その場から逃げようとした。逃げようとしたが、友人の事も「助けなきゃ」と思った。無意識に取りだしたスマホの電波も、この時は圏外になっていました。スマホの電波が圏外になっている以上、外に助けを呼ぶ事もできません。友人も自分と同じ状況なら自分一人で、友人を助けるしかないのです。あたしは「諦め」と言う覚悟を決めて、友人の姿を捜しました。

 

 最初は、駅の売店。友人がいつも使っているらしい売店の中です。売店の中には様々な商品が並び、おにぎりやパン以外にも、ちょっとしたお土産や特産品なども並んでいました。


 あたしは売店の中をぐるりと周り、それ等に何か手掛かりが無いかを確かめようとしましたが、おにぎりの棚からおにぎりが一個、床の上にころりと落ちると、その音に「え?」と驚いて、おにぎりの方に視線を移しました。

 

 おにぎりは、床の上に潰れていました。今の音から察して、そんなに激しくは落ちていない筈なのに。床の上に転がっていたおにぎりは、まるで誰かに踏み潰されたかのように「グシャリ」と潰れていました。


 あたしは、そのおにぎりをしばらく見つづけました。見つづけたくないのに、恐怖心からそれを見つづけてしまった。あたしはおにぎりが落ちたタイミングと、その潰れ具合から推して、頭の中に恐ろしい空想を抱きました。

 

 ……。あたしの目には見えない何か、「人間」とは違う何かが、あたしの近くを歩いているようでした。あたしは、その気配に怯えました。見えない物は、間違いなく幽霊。ホラーの世界に良く出てくる、あの恐ろしい悪霊です。人間の恐怖を煽る、恐ろしい化け物。あたしは身の危険を感じて、売店の中から逃げようとしました。

 

 でも……。「ガシャン」と割れる、お酒コーナーの酒瓶。棚の上から流れるように落ちる、缶ジュース類。竜巻のように舞い上がる、雑誌コーナーの雑誌類。あたしがそれ等に振りかえった時には、トイレの水が勢いよく流れました。

 

 あたしは、それ等の音に叫びました。頭の中もパニック、冷静な判断もできません。子どものように泣いて、その場から逃げるしかありませんでした。あたしは「逃げなきゃ!」の一心で、駅の中を走りつづけました。今の時間は閉まっている本屋も、人気がまったくない食品店も、普段は若者で溢れている服屋も、この時ばかりは素通りです。


 視界の中に入ったから、その看板や店内を見るだけ。「そこに隠れられる場所は無いか?」と、そう瞬間に見るだけでした。あたしは全力疾走の反動に負け、たまたま見つけたジュエリーショップの中に隠れて、その物陰から様子を窺いました。「誰も居ない」

 

 そう、思わず呟いた。通路の向こう側を見てみても、異常はまったく見られません。薄暗い蛍光灯に照らされた駅の中が、ずっと続いているだけでした。あたしは、駅の中をしばらく見つづけました。「誰も居ない」とは言え、油断はできない。「お化け」と言うのは、こう言う時に出てくる。


 あたしが目の前の景色から視線を逸らした瞬間、あたしの隣にふと立っているように。あたしの意表を突いてくる筈です。その攻撃を受けるわけにはいかない。あたしは真剣な顔で、周りの様子を見つづけました。そして、「死ぬか」と思った。


 あたしが自分の頭上に目をやった瞬間、その体が思わず固まってしまったのです。あたしは「恐怖」も「混乱」も忘れて、自分の頭上を見つづけました。。天井の壁に張り付いて、そこからあたしの事を見下ろしていました。自分の獲物をじっと狙うように。その首をぐるりと曲げては、あたしの様子をずっと見ていたのです。


 あたしは「それ」に驚いて、今の場所から逃げ出した。頭の方は固まっていても、思考の方が動いていたからです。本能で「怖い」と感じた感覚を、理性で「逃げろ」と促す。あたしの場合も、その理性に動かされていました。あたしはジュエリーショップの中から出た後も、泣きながら駅の中を走りつづけた。「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 もう、ダメ。もう、嫌だ。いくら逃げても、逃げ切れない。自分の背後に気配を感じる以上、「どんなに逃げても無駄だ」と思いました。あたしは諦めの境地で、駅の歩道橋に向かいました。どうせ死ぬなら、すぐに死にたい。ここから逃げ出す手が無いなら、あっという間に死んでしまいたい。あたしは窓の一つを開けて、「そこから飛び降りよう」と思いました。

 

 友人に止められたのは、その瞬間です。最初は「アイツが化けている?」と思いましたが、友人の雰囲気がいつもと同じだった事や、あたしに抱きついてきた時の感触が同じだった事で、「これは。本物の彼女だ」と思いました。


 あたしは彼女の体を抱きしめ、彼女と一緒に泣き、そして、彼女と一緒に「良かった、良かった」と笑いました。「生きていて、本当に良かったよ!」

 

 あたしは、それに救われた。彼女のSOSを受けていながら、それに「良かった」と思ってしまった。彼女が無事であった事に心から喜んでしまったのです。あたしは彼女の顔を放し、その頭をゆっくりと撫でて、彼女に「ここから逃げよう?」と言いました。「ここに居たら、危ない。駅の外に出れば」

 

 たぶん、助かる。そう考えたあたしでしたが、友人がある一点に怯える姿を見て、それに思考を止めてしまいました。あたしの体にしがみつく、友人。友人はその一点を指さして、あたしに「きた、きた」と言いました。「アイツ、化け物」

 

 あたしは、その言葉に固まりました。友人が指さす位置から推して、幽霊はあたしの後ろに立っている。ワンアクションでどうにかできる距離ではないが、それでも射程内には変わりませんでした。


 相手の射程内に居る以上、いつ殺されてもおかしくない。一瞬の迷いが、命取りになります。あたしは自分の後ろに意識を向けつつも、真面目な顔で目の前の友人に囁きました。


「ねぇ?」


「うん?」


?」


 友人は、その提案にうなずきました。たぶん、あたしと同じ思いで。彼女は、その瞬間をじっと待ちはじめた。「分かった」


 あたしは、その返事にうなずきました。うなずいて、彼女に合図を送りました。少しの沈黙を入れて、彼女に「行くよ?」と囁いたのです。あたしは彼女の手を引いて、今の場所から走り出しました。

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