第3話「閉鎖駅」 投稿者:SOSさん 3

 目覚めた場所は、駅の中。しかも、そのプラットホームでした。プラットホームの右端で、列車の到着を待っている状態。意識の中では「それ」に抗っている中で、その車体をずっと待っていました。


 私は、その行動に怯えました。自分がどうして、こうなっているのかを察していたから。「この場からすぐに逃げない」と思いました。私は得体の知れない力に縛られて、例の電車がホームに入った後も、悔しい気持ちで電車の中を見つづけました。電車の中には、あの化け物が乗っています。私の友人を人質に取って、私に「乗レ」と命じていました。

 

 私は、その命令に従いました。本能では「嫌だ」と思っても、今はそれに従うしかない。私がそれを拒めば、「友人の命も危ない」と思ったのです。私は電車の中に入り、幽霊の前に行って、相手の顔を見ました。


 相手の顔は、とても醜かった。醜いの言葉だけでは、足りないくらいに。あらゆる部分が腐って、その口から涎と血を流していたのです。私はそんな姿に怯える一方で、友人の方に視線を移しました。

 

 友人は、私に謝っていた。恐らくは、自分の失敗を悔いて。その頭を何度も下げていたのです。友人は化け物に自分の体を飛ばされた後も、悲しげな顔で私の事を見つづけました。「ごめんね、ごめんね、ごめんね」

 

 私は、その謝罪に首を振りました。彼女は、何も悪くない。それどころか、私以上の被害者です。私の身を案じて、こんな所まで来てくれたのに。彼女に「ごめんなさい」と謝るべきは、どう考えても私の方でした。


 私は彼女の善意に打たれて、彼女に何度も謝りました。何度も謝って、目の前の化け物に視線を戻しました。すべての元凶であるコイツが、心の底から憎かったからです。

 

 私は恐怖の感情を忘れて、目の前の化け物を殴りました。怒りの感情に任せて、何度も。相手の顔を殴ったのです。相手がそれに怒って、私の体を吹き飛ばした後も。背中の激痛を無視しては、彼女の前にまた舞い戻りました。


「帰せ!」


 無視。それにまた、「カチン」と来た。こう言う態度はたとえ化け物でも、腹が立ちます。頭の奥が熱くなって、相手に暴言の嵐を浴びせました。「死ね、死んでしまえ! お前なんか!」


 うっ! 会話の途中で、押し倒された。私は相手の力に抗いましたが、化け物の力にはやっぱり勝てず、友人の泣き顔がふと見えた時にはもう、化け物に首を絞められていました。「ぐっ、あっ」


 強い、とんでもない力です。「同じ女性なら多少の抵抗はできる」と思いましたが、人間の限度を超える化け物は、私の想像を遥かに超えていました。私が化け物の力に苦しむ程、それを心から喜んでいましたし。私が相手に「許して!」と叫んでも、しばらくは私の首から手を放しませんでした。


 化け物は座席の上に私を座らせ、私に「打テ」と命じて、車内の隅を指さしました。車内の隅には(いつ用意したのだろう?)、一台のパソコンが置かれています。会社の中に置かれていそうな、業務用のパソコンが置かれていました。化け物は「それ」を見つめて、私にまた「打テ」と命じた。「今マデノ事ヲ書ケ」


 はぁ? 素直にそう思いました。化け物に対する恐怖は消えていませんでしたが、それ以上に「意味が分からない」と思った。人間に何かしらの呪いを掛ける化け物は居ても、そんなのを求める幽霊は見た事がなかったからです。


 近くから私達の事を見ていてた友人も、その言葉には「ポカン」としているようでした。私は相手の要求に戸惑いましたが、相手から「ヤラナイト殺ス」と言われたので、不本意ながらも今までの事を書きはじめました。「分かったよ、わかりましたよ。書けば良いんでしょう、書けば!」

 

 そう叫んだ瞬間に「ニヤリ」と笑われました。私の服従を心から蔑むように。私に書き方の指示を出しては、その一つ一つに口を出したのです。私は化け物の指示に「イラ」っと来たものの、自分や友人の命が掛かっているので、表向きは化け物の指示に従いつづけました。


 「ここの部分は、こう」と言われれば、そう言われた通りに書く。「違う、違う、書き直せ」と言われれば、嫌々ながらも書き直す。そんな事をただ、黙々と繰り返したのです。私は不慣れなパソコンを使い、不器用な文字を綴って、一つの物語を書きました。

 

 鹿OL話。今の私が味わっている、正真正銘の実体験です。その実体験をゆっくりと書き上げました。私はパソコンのキーボードから指を離して、化け物の顔に視線を戻しました。


 化け物の顔は、「ニヤリ」と笑っています。自分の要求が叶って、それがとても嬉しそうでした。化け物は(どう言う原理かは分かりませんが)パソコンにネット回線を繋げて、私に「コレヲ広ゲロ」と命じた。それに驚く私を無視して、「コノ駅ヲ広メロ」と命じたのです。化け物は友人の首を掴んで、私をじっと脅しました。

 

 私は、それに屈しました。屈しなければ、友人の命を助けられなかったから。嫌でも従うしかありません。私は怪談話を取り扱っていそうなサイト、「拡散力のありそうなSNS」を使おうと思いましたが、全員が全員その話を信じるわけではないし、SNSに関しては字数制限があったので、それ等のサイトには載せられない、「載せても信じてもらえない」と思いました。


 そんな時、このチャンネルを見つけたのです。私の会社でも神崎さんの事は話題になっていましたし、字数制限のない状態ですべてを伝えるには、「このチャンネルは、合っている」と思いました。私は「是非取り上げてください!」の文面を添えて、kanzaki.chに自分の実体験を送る事にしました。


 神崎さん、どうか助けてください。駅の化け物も笑っていて、友人の子も泣きじゃくっています。私もパニックになりそうなのを何とか抑えている。冷静な気持ちで話を送れるのは、きっと今しかありません。だから、お願いです。本名も、住所も晒しますので。どうか、私達を助けてください。



 そこで終わる文面に怯える、リスナー者達。彼等は投稿者の安否を不安がる一方で、閉鎖駅の存在にも「怖い」と言いはじめた。いつ、どこで会うかも分からない駅。そんな駅に迷い込んだらきっと、彼女よりも酷い目に遭わされるだろう。それこそ、自分の命を奪われるような。そんな不安しか感じられなかった。リスナー達はそんな想像に怯える一方で、周りに自分の考えや思いを話しはじめた。神崎伊代も「それ」に倣って、リスナー達に自分の意見を話しはじめた。


 彼等は現在進行形の問題に具体的な考察や打開策を図ろうとしたが、投稿者の個人情報が載せられていた事や、問題の根幹が分からない事もあって、現実の問題は警察に、心霊の問題は専門家に委ねる方向で、この話に終止符を打とうとした。「私に出来る事は」

 

 みなさんにこれを伝える事です。神崎伊代はそう、画面の向こう側に言った。そうする事で、自分自身にも言い聞かせるように。


「みなさんへの注意喚起も含めて。みなさんに『これ』を伝えるしかない。私自身も簡単な除霊モドキは、できますが。今回の件は、どうにもできません。知り合いのプロに視て貰うしかないでしょう。餅は餅屋に頼むのが、正しい。話の化け物は、最初から話の拡散が目的だったようですが。


 社会に自分の存在を知らしめる事で、その恐怖を何倍にも膨らませる手法。みなさんの潜在意識に自分を刷り込ませるのが、狙いなのでしょう。一瞬の恐怖よりも、その方がずっと怖いですから。


 駅の中に投稿者を迷わせた理由もたぶん、その意図から来ているのかも知れません。すべては、怪異の手段です。私達は、そんな手段に怯えてはいけない。断固たる決意を持って、この怪異に立ち向かわなければならないのです。だから……」

 

 怖がる必要はない。そう言われてもやはり、怖がってしまうのが人間だった。SNSでは閉鎖駅の話題が飛び交い、「この駅は、〇〇駅では?」とか「消えた二人のヤラセ」とかの考察も飛び交った。挙句の果てには、「この話自体が創作」と言う話も出る始末。彼等は有り余る時間を使って、この新しい玩具に「ああだ、こうだ」と言いつづけた。

 

 が、それを壊す要因が一つ。その真偽は分からないが、「この話に出てくる友人は、自分だ」と名乗る者が現れたのである。彼女は話の内容を読んだ上で、kanzaki.chにその相違点を送った。


「神崎さんが個人情報を伏せているので、詳しい事は分かりませんが。これがもし、人違いでないなら。あたしの知っている内容と違います。それも、最初の部分からずっと。。もっと怖い、本物のホラーです。あたしがこうして、DMを送れるのも……だから! どうしても、書きたい。友達の名誉に賭けて! あたしは、事の真実を話そうと思います」

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