第2話「閉鎖駅」 投稿者:SOSさん 2
電車が乗り場に停まった時は、「助かった」と思いました。実際は、何も助かっていないのに。自分の前に電車が見えた事で、その安心感を覚えてしまったのです。私の隣に立っていた友人も、私程ではありませんでしたが、それに喜んでいました。
私は電車の中に目をやって、その座席を一つ一つ見はじめました。座席の上にはもちろん、誰も乗っていません。いつもなら座ることすらできない電車の中が、その機関室も含めて、誰も乗っていないのです。(一応の確認として)見てみた電車の後ろ側にも、その乗客はおろか、運転士さんも乗っていませんでした。
私は、その光景に震えました。「誰も乗っていない電車が、自分達の前に停まった」と言う事実に。ただただ、怯えてしまったのです。私は僅かな思考も失って、子供のようにわんわん泣きました。友人の励ましを聞いても、その場でずっと泣きつづけました。
私は自分の恐怖に負けて、友人に「もう、良いよ」と言いました。「ここで終わろう? 脱出なんて無理だよ。こんな場所から逃げ出すなんて」
無理に決まっている。私が泣いている間に電車の扉が開きましたが、それをチラッと見ただけで、またプラットフォームの上に崩れてしまいました。私は友人の声を無視し、自分の気持ちだけを吐いて、この状況に死を感じました。「楽にさせて?」
そう、言いました。それしかもう、考えられなかったから。嗚咽の混じった声で、友人に自分の本音を漏らしました。自分はもう、助からない。友人に対しては、「本当に申し訳ない」と思いましたが。頭が終わっていた私には、その謝罪に逃げるしかありませんでした。
私は友人に自分の手を握られてもなお、悲しい気持ちで「死にたい、死にたい」と呟きつづけました。「もう、嫌だ。もう、嫌だよぉ!」
そう叫んだ瞬間に号泣です。学生以来、ほとんど泣いた事がありませんでしたが。この時は、子供のように泣きつづけました。私はこの意味不明な状況に対して、溢れんばかりの怒りを感じました。「こんな目に遭わせた相手を絶対に許さない」と思いました。私は私の怒りに任せて、電車のボディを思いきり蹴りました。
異変が起きたのは、その時です。足の痛みで苛立っていた私に友人が「あれ?」と話しかけました。友人は私の体を揺らし、その怒りが和らいだところで、電車の中を「見てよ」と指さしました。「誰かの乗っている」
そう言われて、私も電車の中を見ました。電車の中には一人、私と同じくらいの女性が乗っています。背格好も私と同じ、挙句は服装も同じでした。私は女性の姿に呆然として、その様子をしばらく見ていました。「あの人も、巻き込まれたのかな?」
そうだとすれば、助けなければなりません。色々と不自然なところはありますが、私が見落としていた可能性もあったので、「恐怖」よりも「勇気」の方が勝りました。私は彼女のところに向かって、「どうしましたか?」と走り出しましたが……。友人に「それ」を阻まれてしまいました。友人は私の手を掴んで、女性の方をまた指さしました。
「あの人、おかしくない?」
「え?」
「動きが変だよ? 頭、ぐるぐる回している。なんか映画の悪霊みたい」
「そ、そう言えば」
確かに。あの動きは、どう見ても変です。あんな風にクネクネ動くなんて、普通の人間はしません。SNSでバズろうとする高校生でも、あんな動きはしないでしょう。私は友人の言葉に「ハッ!」として、女性の動きをしばらく眺めました。
女性が動いたのは、その直後です。今までは座席の上に座っているだけでしたが、急にスッと立ち上がりました。女性はまるで最初から知っていたかのように、私達の方に視線を向け、私達の方に向かって歩き出しました。
私達は、その動きに驚きました。驚いて、電車の前から逃げ出しました。何の証拠もありませんでしたが、「彼女に捕まったら不味い」と思ったのです。私達はプラットホームを駆け、乗り場の階段を登り、改札口の開閉口を越えて、駅の外に飛び出しました。
「な、何なの? あれ?」
「分かるわけがないじゃん? でも、絶対にヤバい!」
そんな会話をずっと続けた。頭の理解が追い付かなくて、「ヤバい」と「逃げよう」を言い合ったのです。普段ならもっと、まともな会話になる筈なのに。あんな物を見たせいで、普段の冷静さが見事に吹っ飛んでいました。私達は「興奮」と「恐怖」に包まれる中で、駅の前から一心不乱に逃げつづけた。
駅の前から遠ざかり、駅周辺の商業施設を走りぬける。商業施設を通りすぎた後は物陰に隠れて、そこから辺りの様子を窺う。友人が地面の上に座ったのも、私が彼女に「少し休もう」と言った時でした。友人は額の汗を拭って、何度も深呼吸を繰りかえした。「あいつのせいだね?」
そう言われた瞬間にうなずきました。今までの現象を振り返る限り、アレが原因としか思えません。この世界に私達を引き込んだのも、「アレが関わっている」としか思えませんでした。
その想像に打ちひしがれる、私達。私達はフィクションではない本物の怪異と出会って、その恐怖に打ちのめされました。あんな物に関わったら、命がいくつあっても足りません。それこそ、すぐに殺されてしまいます。
今は何とか、アレの目から逃れていますが。それも、「ずっと続く」とは思えませんでした。私達はアレの存在に震えて、それに出会った自分の運命を呪いました。「死ぬんだね?」
友人の本音に俯く、私。私もまた、彼女と同じ気持ちだった。私は友人の手を握って、自分の恐怖心を誤魔化しました。「怖い、怖い、怖い」
それしかもう、言えない。頭の中もグチャグチャで、自分の嗚咽しか聞こえませんでした。私は自分の不幸を呪って、地元の両親を思いました。これで死ぬかも知れない、自分の運命を呪いました。私は運命の声に怯えて、思わず叫んでしまった。「嫌だ、嫌だ、嫌だぁあああ!」
死にたくない。そう叫んだ瞬間に友人から「静かに!」と怒られました。友人は地面の上に私を伏せさせると、自分も私の隣に伏せて、通りの先を指さしました。通りの先には一人、例の女性が立っています。
彼女は私達の事をつけてきたのか、自分の周りを見渡して、私達の事を捜していました。私は、その視線に叫びました。友人から怒られても、それを抑えられなかったのです。私は自分の鞄を下して、幽霊の方に駆けだしました。
黙って死ぬのは、嫌だ。
死ぬなら、あの幽霊も巻き添えにしてやる。「あの幽霊をたとえ、倒せない」としても。無抵抗に殺されるのは、どうしても許せなかったのです。
私は有りっ丈の力で、幽霊の所に駆け寄りました。そして、その体に鞄を振り当てた。幽霊の体に向かって、自分の鞄を何度も振ったのです。私は幽霊に睨まれてもなお、自分の鞄を振りつづけました。でも……。
現実は、残酷です。友人の言葉もありましたが、そんな物が化け物に通じるわけはありません。幽霊の体に何度も弾かれる。私は幽霊の体に鞄を十発くらい当てたところで、その相手に体を飛ばされてしまいました。
壁への衝突と共に襲ってくる、激痛。頭の中もクラクラして、視界の方もぼやけてしまいました。挙句の果てには、口から血を吐き出す始末。それを見かねた友人が私の所に駆け寄ってきましたが、痛みで意識が朦朧としていた私には、友人の声がとても遠くに聞こえていました。私は友人の声も虚しく、あの女にまた体を掴まれた事で、その意識をすっかり手放してしまいました。
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