第一部
第1章 駅の怖い話
第1話「閉鎖駅」 投稿者:SOSさん 1
ホラー系の得意なVTubtrが他に居ないわけではない。そう言う配信が得意な配信者も居るし、過去にそう言う配信を流した者も居る。界隈全体から見れば、「彼女の配信が斬新」と言うわけでもないし、「そのアイディアが新しい」と言うわけでもなかった。
周りの人があまりやらない事をやっただけ、競合相手が少なそうな配信を行っただけである。彼女独自の、新しい開拓地を開いたわけではない。が、それでも話題になった。彼女の配信を見たリスナー達が、その配信力に触れて「新しい!」と盛り上がった。
彼等は様々なSNSを通して、世間様に彼女の存在を知らせ、存在の中にある前世(が、有るとすれば)を暴こうとし、その考察を広げようとした。「あの子は一体、何者なんだろう?」と、そう無駄な考察を広げたのである。特に「自分が有能だ」と信じている特定班は、彼女の情報や声等からそれを探そうとしたが……。
そんな物が、そう簡単に見つかる筈がない。彼等の能力がどんなに優れていても、神崎伊代の正体にはまったく辿り着けなかった。彼等はその現実に落ちこんだが、「これも、神崎伊代の魅力」と思いなおして、彼女の配信を「まだか? まだか?」と待ちはじめた。
彼女の配信は、それから一週間後。初配信の時と同じ、午前二時に行われた。画面上に現れる、配信のサムネイル。サムネイルの中には、配信の謳い文句や彼女の可愛いイラストが描かれていた。リスナー達は、そのサムネイルに喜んだ。
サムネイルのセンスはもちろん、その内容も分かりやすい。今までVTuberの配信を観た事がない人ですら、(大抵は暇つぶしだが)その配信にクリックしてしまった。彼等はライブ配信の準備画像を見て、それが始まるのをじっと待ちつづけた。
配信、開始。それと共に流れる、Bad horrorのコメント。配信のBGMも怖い世界を表してか、少し暗い雰囲気だった。神崎伊代は「今晩は、神崎伊代です」の挨拶から始まって、しばらくはリスナー達との雑談を
「今回も、視聴者様から頂いた怖い話をご紹介します。駅にまつわる、怖い話。この手の話は、その内容が大体決まっていますが……。今回のお話は、それとはちょっと違うようです。それでは、どうぞぉ」
投稿者:SOSさん
題名:「閉鎖駅」
泣きたいです。もう、何が何だか分かりません。私はただ、いつもの電車に乗っただけなのに? 訳の分からない事になっています。降りた駅が、いつもの駅じゃない。駅の場所はいつもと同じなのに、その駅名が全然違うんです。
昔風の文字で書かれた、閉鎖駅。本当に知らない駅です。駅の中は私が知っている駅と同じで、改札口の場所はもちろん、電車の乗り場や本数も同じでした。売店の棚に並んでいる、おにぎりの種類も同じです。
私は、その様子に怯えました。これが一体、どう言う事なのか? その疑問にも震えました。自分の家を出る時は、何の異常もなかったのに。駅の中に入った瞬間、この異常に襲われたのです。私はスマホの画面を開いて、外の人間に助けを呼びました。
スマホの電波は立っていたので、一応は相手にも通じたのです。一番の友人から返事が来た時は、「本当に助かった」と思いました。私は彼女に事情を話して、問題の解決を図りました。
ヤバい、本当にヤバい。「私、ここから出られるかな?」って。彼女に自分の不安を吐いた。そして、彼女の言葉を待った。彼女は私の知っている中で、一番頭の良い人です。頭脳明晰な彼女に聞けば、大丈夫。確かな証拠はありませんでしたが、あの静かな駅内で思ったのは、こんな感じの不安でした。
私は相手の「待っていて」に従って、その到着を待ちました。友人は、すぐに来ました。私のSOSを聞いて、車を吹っ飛ばして来たようです。駅の中で私を見つけると、それに震える私を無視して、私の体を抱きしめました。「ああ、よかった。よかったよ」とも言ってくれた。友人は私の体をしばらく抱いて、その頬を撫ではじめました。
「怪我は、無い?」
無い。そう、答えました。
「何処か痛い所は?」
それにも、「ない」と答えました。私は彼女の手を借りて、待合室の中に入り、ベンチの上に腰掛けました。本当はすぐにでも逃げ出すべきだったのでしょうが、「閉鎖駅」の名前が気になって、そこから出ただけでは(本能的な意味で)、「この駅から出られない」と思ったのです。
友人にそれを話すと、友人も「うん、うん」とうなずきました。友人は「恐怖には理性を」と言う人間だったので、こう言う事態になっても慌てない、まずは情報収集に徹する人間でした。私は、その影響を受けていた。だから、「すぐ逃げるのはまずい」と思った。
待合室の中に入ったのも、自分の気持ちを落ち着けて、安全に出られる方法を見つけるためだったのです。私は友人の手を握ると、相手の目をじっと見ました。友人の目も、落ち着いていました。表情こそ固まっていましたが、頭の方は回っていた。私が彼女に意見を求めた時も、それに「こうしよう」と答えてくれました。
私は彼女の意見に従って、駅の中を調べました。駅の中が安全かどうかは分かりませんが、ここで止まっていても仕方ない。駅の外も似たような物だったので、「ここは、一つでも多くの情報を」と思ったのです。私は友人の女性と連れ立って、駅の中を調べはじめました。
駅の中は、静かでした。最初の方にも書きましたが、その内装はいつもと同じです。私の知っている物が、私の知っている場所にある。売店の中にある商品も、その店内が薄暗いだけで、それ以外は普段と同じでした。駅の中にある商業施設も同じ、closeの看板が掛けてあるだけで、ほとんど同じだったのです。
私はそれ等の光景を見て、また恐怖を感じました。そして、「自分は助からないかも」と思った。友人の女性も「それ」に固まっていましたし、私の目をチラ見してもなお、私に「あ、ううん」と言い淀んでいました。私はそんな心情を察して、今の状況に頭を掻きました。「もう、嫌だ。出して!」
出してよ! そう叫びました。しんと静まり返った駅の中で、そう何度も叫びました。私は友人の提案に乗って、ベンチの上に座りました。「恐怖と混乱でいっぱいになった頭を休めよう」と、待合室の中に戻ったのです。私は友人の手を握って、彼女に「死にたくない」と言いました。「どうして、こんな事になったの? 昨日までは、普通だったのに?」
それがこうも、変わってしまうなんて。普通ではありえません。私のヘルプに駆け付けた友人ですら、この異変に戸惑っていました。彼女が駅の中に入るまでは、いつもと変わらない光景が、いつもと同じように流れていたからです。頭の方はまだ、落ち着いていても。この異常には、流石に怯えているようでした。
彼女はその様子に泣いて、自分のこれからに震えました。「もしかしたら、出られないかも知れない」と、そんな事をふと思ったのです。脱出が難しい以上、最悪の状況も考えられました。
だから、駅のアナウンスを聞いた時……。その場から思わず立ち上がってしまった。私の隣に座っていた友人も、その機械音に「え?」と立ち上がってしまった。私達は互いの顔をしばらく見合いましたが、アナウンスの内容が気になって、駅のプラットフォームに視線を移しました。
駅のアナウンスが、列車の到着を伝えていたからです。「四番乗り場に列車が入ってくる」と、そう何度も伝えていたからでした。私達は、待合室の中から飛び出しました。この状況が変わらない以上、「その列車に賭けるしかない」と思ったからです。私は脱出の手がかりを探して、その乗り場に走った。そして、この愚行を心から悔やんだのです……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます