第22話 謝罪
ジュリアが屋敷に戻ると、先に帰っていたギルフォードと出くわした。
「ギル、ただいま。もう戻っていたのね」
「お前、俺より先に帰ったはずじゃなかったのか?」
ユピノアのことをどう切り出そうかと頭の片隅で考えつつ、「ちょっと寄り道してて」と呟くと、ギルフォードの目が細くなる。
「ユピノアと一緒にいたのか」
「! どうして」
「魔力の匂いだ。魔導士には分かる」
「そ、そんなものがあるのね……」
「そんなことはどうでもいい。どうして会った」
下手に誤魔化しても、ややこしくなるだけだ。
「どうやら自分たちが別れたのは私が原因だと思っているみたい」
「別れるも何も付き合ってもいないぞ。あの馬鹿……」
ギルフォードは不愉快そうに舌打ちをした。
「ギルも悪いのよ。相手とちゃんと話さず、一方的に拒絶するだけだから……」
「いちいち相手をする必要もないだろう」
「別れるなら別れるで、もうちょっとうまくやるべきなんじゃない」
「……お前にそんなことを言われるなんてな」
「どういう意味? 私は別れる別れないで揉めたことなんてないけど?」
そもそも誰とも付き合ったことがないけれど。
「もういい」
ギルフォードは不機嫌だった。
ジュリアの言葉にもそれ以上答えず、さっさと歩き去ってしまう。
「……なによそれ。子どもみたいにいじけちゃって」
◇◇◇
ギルフォードの琴線に触れてしまったのか、鈍いジュリアには分からなかった。
――いくら幼馴染で余計なこと言い過ぎたわよね。
これまで長らく疎遠で、魅了魔法をきっかけに距離が近づいたにすぎないわけで、それまで長らく疎遠だったジュリアが踏み込んだ発言をしてしまったことが気に入らないのだろう。
たしかにどんな別れ方をしようが、ギルフォードの勝手だ。
家族でもないのだから、ギルフォードが何をしようと口を挟む権利などない。
謝罪は明日に回しても良いと思いつつ、早い内に解決するべきだと言う考えに至った。
もしかしたら下手に日にちをおくと謝りづらい雰囲気になるかもしれない。
――もうすぐギルフォードの誕生日だし……。せっかくだから、わだかまりなく迎えたいもの。
ギルフォードの誕生日は、彼が一年で最も興味がないキャスリア祭と同じ七月なのは、何かの皮肉だ。
ジュリアはギルフォードの部屋をノックする。
「ギル、私。さっきのこと、謝りたくて。ごめんなさい。あなたがユピノアさんとどういう終わり方をしようがあなたの自由だった。余計な口を挟むことなんてなかった。それから、言いたいこともあるから、開けてくれると嬉しい」
魔法の力か、扉が一人でに開く。ギルフォードは腕を組んで、長椅子に座っていた。
「入れ」
「……許してくれる?」
「別にあんなこと、根に持つようなことじゃない。で、言いたいことって?」
許してくれなかったらどうしようと内心ドキドキしていたので、あっさり謝罪を受け入れてもらってほっとした。
ジュリアはギルフォードの対面に座った。
「もうすぐギルの誕生日だよね」
「よりにもよって、な」
「それでね……誕生日のお祝いをさせて欲しいの。サプライズもいいかなって思ったけど、さすがに公爵家当主のパーティーだから人を呼んだりするだろうし、子どもの時みたいにただ楽しい催しでは終わらせられないだろうから。だから、盛大なパーティーの前に、うちうちのこぢんまりとした誕生日会を開いて――」
「パーティーなんて、ここ数年開いてない。そんな暇じゃないからな」
「そ、そうなんだ。でも祝わせて。セバスさんとか他の使用人の人たちにも出席してもらって」
「お前が、祝う?」
がらにもないことを、と思われただろうかと心配したが、ギルフォードは身を乗り出した。
「うん。私たち、こうして普通に話せなかった時間が長かったでしょ。だから、ギルの誕生日をお祝いするのは、私にとっては子どもの時以来だから。どうかな?」
ギルフォードの眉間に皺が刻まれ、顔がしかめられた。
手がぎゅっときつく握り締められている。
「ギル?」
じんわりと、彼の目元が紅潮する。息がかすかに乱れる。
「……だ、大丈夫だ」
とてもそうは見えない。必死に衝動をこらえているのだろう。
「お前はさっさと出ていけ」
「魅了なの!?」
どういうタイミングなんだ。あまりにも脈絡がなさすぎる。
「何の為に私がいると思ってるの。頼ってっ」
「やめろ、く、来るな」
「ほら、抱きしめてっ」
立ち上がったジュリアは腕を広げるが、彼はかすかによろめきながら、奧の寝室へ向かおうとする。
「ちょっと!」
「さっさと部屋に戻れ。話はまた明日にでも……」
――そんな辛そうのに、放ってはおけないわ。
ギルフォードの背中に抱きつく。
薄い部屋着ごし、彼の逞しい体の感触が伝わってくる。
心臓がバクバクし、体の火照りを覚えたジュリア自身もうっすらと汗をかいてしまう。
背中ごし、ギルフォードの筋肉が緊張し、力がこもって盛り上がる。
「……この馬鹿……っ」
ジュリアは床の上に仰向けに押し倒されていた。
ギルフォードは肩で大きく息をし、荒い息遣いを繰り返す。
彼は顔を真っ赤にし、目を潤ませていた。まるで今にも泣き出しそうなく表情で、ジュリアを見下ろす。
「ジュリア、どうしてお前は……」
しかしそれ以上は言葉にならず、ギルフォードが首筋に顔を埋めてくる。
「ん……」
鼻にかかった声が思わず漏れてしまう。恥ずかしさのあまり耳まで火照った。
引き剥がすのは簡単だが、これは彼の意思ではない。魅了魔法に取り付かれているせいだ。だからここで発散させなければ。
「好きだ、お前のことが、誰よりも……」
その震える声には切実な響きがあった。
それに、ジュリアは自分がまったく嫌がっていないことにも気付いていた。
胸が高鳴り、ギルフォードに触れられる場所がひりひりと火照る。
「ジュリア……お前が忘れようとしても、俺は、お前を忘れられない……っ」
ギルフォードの全身からゆっくりと力が抜けていく。
心臓が壊れてしまいそうなほどドキドキと脈打つ。
体を起こしたギルフォードは顔を背けたまま、手を差し出してくる。
「ぎ、ギル……」
「早く手を取れっ」
乱暴な声にジュリアは彼の手汗でべったりと濡れた手を掴んで起こしてもらう。
「部屋に戻れ。それから、誕生日は予定を開けておけ」
「わ、分かった」
彼の声に、動揺してしまっている自分がいることに気付く。
“お前が忘れようとしても、俺は……忘れられない”
――あれはどういう意味? 魅了の魔法にかかっているせいでつい口走ったっていうこと?
でもこれまで好きだ、と言われたりしたが、今日に限ってはなぜかとても具体的だった。
その日は、彼の息遣いを感じた首筋や彼に触れられた場所で感じた熱のせいでなかなか眠ることができなかった。いや、息だけのせいじゃない。
たしかに首筋に口づけをされた。皮膚の薄い場所で、彼の唇を意識するとますます火照りが強くなった。
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