第12話 既視感

 翌日、ジュリアとギルフォードを乗せた馬車は大通りを走る。

 夕闇の迫る通りはセピア色に染まった。


「そろそろどこへ行くのか教えてくれてもいいんじゃない?」

「ついたぞ」


 馬車が止まったのは、洋装店の前だった。


「え、ここ?」

「来い」


 ギルフォードはさっさと馬車を降りて店に入って行く。


「待って」


 ジュリアは慌ててその後を追いかける。


「公爵様、いらっしゃいませ」


 初老の店主がうやうやしく頭を下げて出迎える。


「皇太子殿下の誕生日パーティーのためのタキシードを仕立ててくれ。ついでに、そこにいる女のドレスを」

「ちょっと。勝手に話を進めないで。私はドレスじゃなくて、軍服で……」

「お前、俺が何かをしないように見張るつもりなんだろう」

「当然でしょ」

「野暮な軍服姿の女がずっとそばにいるのは、暑苦しい」

「あ、暑……!? なによ、その言い方。そっちだって今まで式典には儀礼用の軍服で参加してたくせに」

「だが、今回はタキシードで行く」

「私にドレスは――」

「似合うさ」


 神秘的にも思えるような金色の眼差しが、まっすぐジュリアを射貫くように見つめていた。

 鼓動が慌ただしくなる気配に、ジュリアのほうが先に顔を逸らしてしまう。


「とにかく、その野暮ったい軍服なた、パーティーでは近づくな」

「うぐぐ……」

「ど、どうなさいますか?」


 店員が困惑しながら見てくる。

 悩んだ挙げ句、自分のポリシーよりも今はギルフォードのほうを優先するべきという考えが勝った。


「こ、後悔しても知らないわよ。ドレス姿のほうがよっぽど恥ずかしいんだから」

「分かった分かった」

「……じゃ、じゃあ、ドレスを一着」


 ジュリアはうなだれながら呟く。

 早速、他の従業員がドレスのデザイン画を見せてくる。


 ――ドレスってこんなに種類があるの!?


 ヒダの形や装飾、スカートの長さ、えりぐり、肩が出ているかどうかなど、デザインは多岐にわたった。


「どのようなデザインになさいますか?」


 説明を散々聞いておいてなんだが、ジュリアの口からは「はあ……」という要領をえない呻きのような声しか出てこない。


「何をしてるんだ」

「ギル。やっぱり私にドレスは無理――」


 ギルバードはデザイン画を見ると、一番、細身で装飾のないドレスを指さす。


「これをベースに。フリルはなしで装飾は肩にワンポイントリボンを。色は黒だ。ほら、採寸しろ」

「ちょ、ちょっと何を勝手に」

「さんざん説明を聞いて、軍の幼年学校入りたてみたいな顔をしといて、勝手に、か? 自分で一からちゃんと決められるなら別に俺は構わない」

「……うぐ……。じゃ、じゃあ、それで」


 結局言い返せず、ジュリアが折れた。


「かしこまりました」


 別室で店員に採寸をしてもらう。


「ちょっと聞きたいんですけど、ギルはよくこちらには?」

「一年に何度かいらっしゃって」


 ギルフォードがそんなオシャレに凝るようなタイプだとは知らなかった。

 もちろん公爵家の当主なのだから気を遣って然るべきなのだろうけど。


 ――ま、私みたいなのが異例なのよね。


「ドレスを作られます」


 店員の言葉に、過剰に反応してしまう。


「ドレス? ギルが?」

「はい。生地の質や原材料の産地、デザインなど細かく注文をつけられて。わたくしどもも作り甲斐がございます。ただ普段はお一人でいらっしゃいますので」


 ――ギルが、ドレスを……。


 ギルに浮いた話はない。それとも秘密主義の彼のことだから密かに相手がいるのだろうか。女性が決して放っておかない家柄良し、外見良しの逸材だから、一人でいるほうに違和感を覚えていたが。

 ギルに女性がいると聞くと、胸の奥がモヤモヤしてくる。


 ――前にもこんな感じなったけど……何でだろう。私がずっと幼馴染で親しいと思ってたけど、報告してくれなかったのが寂しいっていうことなのかな。


 もちろん今のギルフォードとの疎遠ぶりを考えれば、報告をされないのは当然だけど。


 ――でももしそうだとしたら、緊急の措置とはいえ、私が押しかけて、同居までしちゃってるの、かなり邪魔なんじゃ……?


 採寸を終え、店を後にする。


「ギル、すごいのね。あんなにドレスデザインをぱぱっと決められるなんて」

「俺はおまえのほうが信じられない。戦いでは即決即断するくせに自分が着るドレス一着、決められないなんて」

「ドレス選びと戦いはまったく違うから。もう専門用語とか、ドレスデザインを見てるだけでどれも一緒じゃない、って思っちゃうし」

「フン」


 思いっきり鼻で笑われてしまった。


 ――ギルにお付き合い……いえ、好きな相手がいるっていうこと、聞いたほうがいいのかな。


 一体誰の為のドレスを作っているのだろう。その人とはどういう関係なのだろうか。

 さすがにお付き合いまでしているとは思えないから(もしそうだったらジュリアを追い出すだろう)、気になる相手なのだろうか。


 しかしそのことを聞くことをためらってしまう。もし好きな人だ、と言われたらどう反応していいか分からない。

 自分の気持ちなのに、どうしたいのか、自分でも分からなかった。


「突然黙り込んでどうした」


 ギルフォードがいつもの真顔で聞いてくる。


「え、あ、……あれ!」


 ジュリアは窓にうつったクレープ屋を指さす。


「美味しそうだなって思って!」

「止めろ」

「いや、そこまでしなくても、何となく食べたいって思っただけだから。それにこれから夕食だし?」

「お前の胃袋がそんなに小さいわけないだろ」


 クレープ屋の前でジュリアは人気ナンバーワンのバナナチョコ、ギルフォードはチーズクリームをそれぞれ注文する。

 お洒落な内装のクレープ屋に軍服姿のジュリアたちという組み合わせに、周囲が少しざわめく。


 馬車に戻るかと思えば、ギルフォードはそのまま歩き出して、そばにある帝立公園に入って行く。時間帯のせいか、ほとんど人がいなくて静かだ。


 帝都の景観改善のために、帝都のあちらこちらにこうして公園が作られている。

 すぐそばには大通りがあるのに、騒音を木々が遮っているのかとても静かだ。


「馬車に戻らなくていいの?」

「馬車で食いたくない」


 クレープを食べながら二人して公園の中を歩くうち、池のそばまでやってくる。

 水鳥の親子が仲よさそうに羽づくろいをしている。


 ――あれ?


 ジュリアは夕日を反射する池に既視感を覚えた。


 しかしジュリアはここに来た覚えはないし、既視感を覚えたものの、ここではない別の場所のような気がした。それに、もう一人誰かと一緒にこんな景色を眺めた、そんな気もする。自分でも正体の分からない感覚に戸惑う。


「どうした」

「……ううん、何でもない」


 ジュリアはクレープを頬張った。


「……ついてる」

「え? ここ?」

「違う。もっと……」


 ギルフォードの指が唇を撫でた。そしてそのままギルフォードは指を舐める。


「!」


 さあ、っと赤くなった。ジュリアは自分の頬がびっくりするくらい火照るのを感じた。


 ギルフォードの顔もまた、目元のあたりがじんわり紅潮した。それは決して、夕日の見せる錯覚ではない。


「わ、悪い……」

「べ、別に……しょ、しょうがないでしょ。不可抗力だから」


 自分でもよく意味の分からないことを早口で告げる。


「……戻るぞ」


 気まずそうに口早にギルフォードは言うと、歩き出した。

 ジュリアは唇に触れた彼の指先を感じながら、そのあとに続いた。

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