おみくじが繋いだ「縁」

木立 花音@書籍発売中

第1話

 正月の神社の境内に、雪はほとんどなかった。

 ここ近年、地球温暖化が叫ばれている。その影響があるのかないのか、そんなことはわからないが、今年はいわゆる暖冬だった。

 一月一日。新年を迎えた今日、こんなに雪がないのは珍しい。境内に向かうため、石段を登っていたときにすれ違った人たちも、みな一様に薄着だった。

 セーターにパーカーだけとか、ブレザーの制服姿にマフラーを巻いただけとか。見るからにカップルが多くて、みな一様に温かそうな顔をしていやがった。

 そんな彼らの姿を見て、俺の心も温かく――。


「なるわけねーだろ。バーカ」

 先日、二年交際を続けてきた彼女に振られた。

 クリスマスの予定をドタキャンされて、ふてくされてクリスマスの夜に街を徘徊していると、ラブホ街で別の男と腕を組んで歩いている彼女とでくわしたのだ。

 おい、どういうことだ、と訊ねたら、俺の素っ気ない態度が以前から気に入らなかったとかなんとか逆切れされて、そのまま振られたとそんな顛末だった。

 なんでだ。なんで浮気された俺が逆切れされてあまつさえ振られなくちゃならんのだ!

 意味わかんねえ。

 というわけで、憂さ晴らしに一人初詣とかいうさもしいイベントをしにきたわけだ。

 さもしい。天気はいいが心は寒い。

 のろのろと参拝の列が進み、ようやく俺の順番が回ってくる。賽銭箱に五円玉を突っ込んで(我ながら無作法だと思う)、いい恋ができますように」と祈る。

 ふと視線を横に向けると、「おみくじ、百円」と書いてあった。

「おみくじか。いっちょ引いてみっか」

 おみくじを買って、さっそく開いてみる。

「なになに? お、大吉だ! 正月早々、運がいいじゃねーか!」

 おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。

 運命的な出会いか。素晴らしい。それにしても、神社の境内の中って、ずいぶんと具体的すぎやしねえか? これは新手のステマか? 第一そんな相手……。

 とはいえさすがに気になる。おもわずキョロキョロと視線を走らせた。

 ごった返している正月の境内の中に、知り合いの顔はおろか、こちらを見ている人なんて誰もいない。……と、それにしてもカップルが多い。なんだよ、みんな先約ありじゃねーかと再び毒づいてから踵を返した。

 そんな相手が本当にいるのなら、神社から出る前に出会わせてくれよな。神様。

 そう思いながら歩いていくと、向こうから晴れ着姿の女の子が息せき切って駆けてくる。

 あれは……幼馴染の日吉だ。しばらく見ないうちにずいぶんと大人びたが、口もとのほくろは変わっていない。

「おーい、日吉」と俺は声をかけた。


   *


 引いたおみくじを片手に、私は顔をこわばらせていた。

 大吉か。それはいい。それにしても、これはいったいなんなのか。

 おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。

「私が振られたばかりだと知ってのあてつけか!」

 去年のクリスマスは相手にドタキャンされて、最悪の夜を過ごした。それから年明けまで音信不通になって、年が明けた瞬間にようやく連絡がついたと思ったら、他に好きな女ができた、別れよう、といきなり切り出された。

 はー?

 意味わかんないっつうの。

 いや、確かに怪しいところはあったよ。彼は絶対に自分のアパートには呼んでくれなかったし、というか、どこに住んでいるのか知らないし、週末は時々約束をすっぽかれたし、それでも「愛している」と言ってくれるから信じていたのに。

「ウブか」と自分に突っ込みたくなってしまう。

 まあ、相当前から、あるいは最初から、二股かけられていたんだろうなって今だからこそわかる。

 やってられない。運命の人どころか、しばらく恋をする気にもなれないよ。

 神社の境内を階段に向かって歩きながら、ふと気づく。

 全身の血の気が引いていく。

「財布、落とした」


   *


「よお、日吉じゃん。どうした? そんなに急いで」

「あれ? 川島? お前こそどうしてここに? というか、そっか、そもそも私たち幼馴染だもんね」

「そうそう。今どうしているの?」

 久しぶりに見た日吉は、その、すっかり大人の女性になっていて、眩しくてなんか直視できない。着ている真っ赤な晴れ着もよく似合っていた。

「ええとね、新宿区の短大に通っているの。看護師になりたくてね」

「え、マジで? 奇遇だなあ。俺も新宿の大学に通っているんだよ」

「ほんとに?」

 くわしく話を聞いていくと、通っている大学はわりと近所だった。もしかしたら、街中ですれ違っている、なんてことがあるのかもな、と思う。

「川島、相変わらず一人もんなんだね?」

 そう言ってからかうような目で見てくるから。

「うるせー。お前だって一人じゃないか。言っておくけどな、俺は去年のクリスマスまで彼女いたんだよ。……ふられたけどな」

 ぼそっと付け加えた。

 あーあ、余計なこと言ってしまった。これは間違いなくからかわれる。そう思ったのに――。

「川島も、振られたばかりなの?」

 と意外な反応を返してきた。

「え? 日吉も?」

 なんというか、沈痛、という表現がふさわしい顔で日吉が頷いた。

 話を聞くと、向こうもクリスマスにドタキャンされて、そこから破局したらしい。

 これも運命かもな。と笑ってみたら、ちょっと赤くなって頷いてみせた。あんまり変なリアクションするなよ。意識してしまう。

「で? どうしたの? なんか急いでいるようだったんだけど」

「あー! 忘れてたー! そこでおみくじを買ったときにね、どうやら財布落としちゃったみたいで」

「え、やばいじゃん。俺で良かったら一緒に探してやろうか?」

「いいの? 助かるー」

 そうして俺たちは境内を引き返していく。

 これがもし運命の出会いだとしたら、ありがとうな、神様。


   *


 そのこと神社では、ちょっとした騒ぎになっていた。

「ちょっと誰ー! おみくじの中身全部大吉にした人!」

「縁起がいいんだからさ、いいじゃないですか」

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