第7話
「ねえ、お祈りって何?」
初冬の乾いた木枯らしが吹き荒ぶ神社の境内。黄色に色づいたイチョウの葉がハラハラと舞い散っている。はなは、たーちゃんを抱いて立っていた。
「望みが叶うようにお願いすることよ」
「誰にお願いするの?」
「ここに住んでいる神様よ」
はなはたーちゃんをぐいっと抱き抱えると、拝殿に向かう階段を一段ずつ昇り始めた。
「何をお祈りするの?」
「たーちゃん……」
はなは抱っこしているたーちゃんの目をじっと見た。たーちゃんの目がぱちぱちと瞬いた。
「この前、一緒にお医者さんの説明を聞いていたでしょ」
一週間前、はなはたーちゃんを抱っこしながら、両親と総合病院の診察室にいた。
白い壁に白いカーテン。白衣の医師は西日が差し込む窓を背にして、はなたち家族と対面した。はなは不安で高鳴る心臓を落ち着かせようと、一人静かに深呼吸した。たーちゃんははなの腕の中でその顔をじっと見上げていた。
「生検の結果ですが……」
医師はマウスをクリックし、画像をパソコンの画面に開いた。
「お父様の大腸のCT画像です。直腸に病変があるのが認められます。悪性腫瘍の疑いから、内視鏡で腫瘍の一部を採取し、生検しました。結果……」
医師は病理報告書を広げながら告げた。
「悪性腫瘍でした」
はなの目の前の景色が真っ白に霞んだ。その先の記憶は曖昧だった。ただ、手術をしなければならないことは、はっきりと覚えていた。
「明日の手術、成功の確率は五分五分なんだって……」
タツヤがいない家の居間で、ハルは一人、ダイニングチェアに座ってポツリとつぶやいた。その言葉を耳にしたはなの胸はキリリと痛んだ。
「おかーさん……」
声をかけるとハルは顔を上げ、少し悲しそうに微笑んだ。
「大丈夫。おとーさんはきっと元気になって戻ってくるから。心配をさせちゃってごめんね」
「さあ、たーちゃん。お祈りをしようか」
拝殿を前にはなはたーちゃんをぎゅっと抱きしめた。キュキュっと声を上げるたーちゃんの体はほんわりと温かった。
「明日、おとーさんが手術を受けます。私はおとーさんが大好きです。どうか、おとーさんの命をお救いください。よろしくお願いします」
拝殿に向かってそう祈ると、はなはたーちゃんを抱きしめながら深々とおじぎをした。その背中に黄色いイチョウの葉がゆっくりと弧を描きながら舞い降りた。
「ここにいたのね。急に家からいなくなったから心配したよ」
石段の下から声をかけられた。見るとそこには、ハルが笑顔で立っていた。
「二人ともおとーさんの無事をお祈りしてくれたのね。ありがとう」
そういうとハルは石段を上がり、拝殿の前の二人をぎゅっと抱きしめた。
「すっかり冷えちゃったね。おうちに帰って温かいおでんを食べようか」
いつの間にか風が止み、雲に隠れていた半月が顔を出していた。その月光が家路につく三人の姿を明るく照らし出していた。
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