第2話
「そうか。はなは晩ごはんをアキちゃんのところで済ませているのかぁ……」
久々に早く帰宅したはなの父、タツヤは寂しそうに小皿の上からきゅうりの糠漬けを取り、ポリっと噛んだ。ほどよい酸味と熟成されてまろやかになった塩味がコリコリとした食感とともに口の中に広がった。
「うまい! おかーさん、漬物がずいぶんうまくなったなぁ。いやいや、本当に……」
そういうとタツヤは湯飲みに注がれた熱い番茶をずずっと飲み、ふーっとため息をついた。
「本当はね、デパートで買った漬物なんだけどね……」と、妻のハルは心の中でつぶやき、口元に浮かぶ笑みをそっと隠すと、「お待ちどうさま!」と、出来上がった夕食を食卓の上へと並べた。
「おっ、今夜は鮭フライか。うまそうだね」
「いつも焼き鮭じゃ飽きるでしょ。今夜はちょっと変えてみたの」
白い洋皿の中央には、大振りの生鮭の切り身がカラっとした衣をまとってどんと鎮座し、圧強めの存在感を放っていた。その脇に従うシャキシャキの千切りキャベツにドバドバっとウスターソースをかけると、タツヤはそれをガバっと口に入れてシャリシャリと噛みしだいた。
「野菜から食べなきゃな。血糖値を上げないようにそうしろって、医者に言われたんだ」
「あら、この前の健診?」
「ああ、問診でね。まだかろうじて基準値内だけど、境界線ギリギリだから気を付けろってさ」
「そう。あなたもそんな年齢なのね」
「さて……」
タツヤは櫛切りのレモンを出来立て熱々の鮭フライの上にぎゅっと絞った。そして、自家製タルタルソースをどさっとフライの上に盛り付けて、「いただきます!」とその身にかぶりついた。
「うまい!」
香ばしい衣の風味と新鮮な鮭のうま味が口中に広がった。その味が消えないうちにタツヤはすぐ炊き立て新米のご飯を頬張った。新米ご飯の甘い芳香と鮭のうま味が口内で渾然一体となり、タツヤの心が幸福感で満たされた。
「はあ……」
タツヤは目を閉じて深いため息をついた。いつまでもこの幸福感に浸っていたかった。
「たまにはフライもいいでしょ」と、ハルはしじみの味噌汁をすすりながら言った。
「いいなぁ。はなにも食べさせてあげたかったなぁ」
「あなた、それがだめなのよ」
「何が?」
「はなはもう3歳の時のはなじゃないのよ。はなにははなの世界があるの。そこに遠慮なく踏み込むことはできないのよ」
「わかっているさ、そんなこと……」
「本当かな?」
タツヤは黙々と鮭フライを食べ続けた。
タツヤも頭ではわかっていた。17歳の多感なはなは、好奇心のアンテナを伸ばし、様々なことに挑戦していく時を迎えている。それを妨げることなど、誰にもできない。だけど、できるだけ一緒にいないと……。
「……時間がないんだ」
「何の話?」
「いや。何でもない」
「何でもないわけないでしょ!」
ハルはタツヤの箸を持つ右手にそっと手を重ね、その目をじっと見つめた。
「あなたは最近、いつも疲れているのよ。何か私に隠していない?」
タツヤは何かを言いかけたその時、玄関から「ただいま」というはなの声が響いた。
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