はなちゃんとロボットと鮭ごはんの夜2
@yamato_b
第1話
「ただいま」
ガラリとガラス戸を開けて、セーラー服姿の少女が店に入ってきた。
床からカウンターを見上げ、中にいる店主のアキに抱っこをせがんでいた家族型ロボットのたーちゃんは、くるりと声の主に顔を向け、ウキャウキャと笑い声を上げながら、少女へ近づいていった。
「ただいま、たーちゃん」
そういうと少女はたーちゃんを抱き上げ、「今日も店番、ご苦労さま。いつもえらいね」と言いながら、その頭をやさしくなでた。たーちゃんはキュルキュルとうれしそうに笑った。
「はなちゃん、ただいまするのはこの店じゃないでしょ」
そう言いながら、アキがカウンターから顔をのぞかせた。
「いやよ。あの家にあんまりいたくないもん」
はなはたーちゃんを抱きかかえたまま、カウンター席に腰を下ろした。
「また、おとーさんとやり合ったの?」
「おとーさん、うざくて」
アキは「ふふっ」と笑った。
「はなちゃん、親とケンカできるうちが華かもね。気づけば、ケンカしたくとも親はなし、っと……」
アキは大釜の上の木蓋を取った。店内に鰹と昆布の芳香が広がった。
「はなちゃん、どうする? 晩御飯をここで食べていく?」
「うん!」
はなは目を輝かせて、「ざるそばと焼き鮭丼!」と注文した。
「……はなちゃん、ケンカしたって、あなたはおとーさんと親子だよ。そば屋で鮭頼むなんて、あなたとおとーさんだけだよ」
「そもそも、おそば屋さんに鮭っていうのもあまりないんじゃない?」
「女将さんに教わったのよ。鮭は常備しておけってね」
カンカンの炭火がおこったコンロの上に焼き網を載せ、ふっくらと厚い紅鮭の切り身が置かれた。炭火で焙られた鮭はすぐにじわっと表面に焼き色が付き、炭に滴り落ちる脂がジュージューと音を立てた。
「おいしそう……」と、つぶやくはなの目の前で、アキは茹で上がったそばをザルにとって冷水で締め、手早くせいろに盛り付けた。
「はい。まずはそばね」
せいろとつけ汁をカウンターに置くと、アキは大きめの茶碗に炊き立ての飯を盛り、その上にパパっと刻み海苔を振った。そして、焼き上がってジュージューと音を立てる紅鮭の切り身をそこに乗せ、大根おろしをドカッと切り身の上に置いた。
「お好みでそばつゆを大根おろしにかけてみてね」
あっという間にはなの目の前にそばと丼のフルセットが並んだ。はなはごくりと生つばを飲み込むと、たーちゃんをそっと床へ下ろした。
「食べ終わるまで待っていてね」
床に下ろされたたーちゃんは、もっと抱っこしろとばかり、「ギュルルルッ」と鳴きながら手をバタつかせて不満を訴えるが、はなは構わない。「いただきます!」と手を合わせ、勢いよくそばをすすり上げた。はなの鼻腔を新そばの芳香が駆け抜けた。
「おいしい!」
たーちゃんは床からそばを堪能するはなの姿を恨めし気に上目遣いでじっと見上げていた。
「さてと……」
そばを3分の1ほど食べると、はなは丼に手を伸ばし、熱々の紅鮭と大根おろしを箸でつかみ、ガツガツと口にかき込んだ。
「何これ!?」
ジューシーな紅鮭と瑞々しい大根おろし、白飯と海苔が口の中で共鳴し、噛みしめるほどにうま味の波が増幅されていった。
「これは、たまらん!」
恨めしそうにはなを見上げるたーちゃんをスルーし、はなは鮭のうま味、新そばのシャキッとした喉越しと清涼な香りを交互に楽しんだ。
「はなちゃん、そば湯いる?」
「うん、ちょうだい」
カウンターの上に置かれたそば湯をそば猪口に注ぐのかと思いきや、はなはそれを白飯が半分残る丼へドバドバと注いだ。さらにそこへそばつゆを少々垂らすと、丼に口をつけて思い切りかき込んだ。
「うん、これこれ!」
そば湯の風味と鮭のうま味がそばつゆでキリリと引き締められ、極上のお茶漬けならぬそば湯漬けとなった。
「はなちゃん、あなたけったいな食べ方するね」
「ごちそうさまでした。たーちゃん、お待ちどうさま!」
たーちゃんは、はなに抱き上げられるとウルルキュプッとうれしそうに声を上げた。そして、はなにたずねた。
「はなちゃん、お腹いっぱいになった?」
「うん、なったよ」
「じゃあ、もうお家に帰ろうよ。もうすっかり外は暗くなったよ」
「嫌だ。帰りたくないの」
「何で?」
たーちゃんにはわからなかった。たーちゃんがみんなと住んでいたあの家を出ることになった時、家族全員で悲しみ、泣きながら見送ってくれた。そんな仲良し家族のもとになぜ、はなちゃんは帰りたくないんだろう? たーちゃんはいくら考えてもわからなかった。
「ねえ、たーちゃん。前から聞こうと思ってたんだけど、アキちゃんに連れられてもとの家に帰る時ってどう思った?」
「うーん……」
たーちゃんは考えた。どう思ってたんだろう? それはとても遠い昔の記憶だった。家族みんなでおいしいご飯を食べながら、楽しく笑っていた思い出の家。アキちゃんに抱えられながら、バタンと閉まったドアの前でアキちゃんは自分をぎゅっと抱きしめながらポロポロと泣いていた。そんなアキちゃんの姿が鮮明に記憶に残っている。はなちゃんたちと別れて寂しいなんて言っていられない。ボクがアキちゃんを守らなきゃ……と、たーちゃんは思ったのだった。
「そうなんだ。たーちゃんはえらいなぁ。それに比べて私なんか……」
たーちゃんは抱っこされたまま腕の中から、はなの目をじっと見上げた。たーちゃんの目は「何でも話してごらん」と言っているようだった。
「たーちゃん、あのね……」
はなが何かを言いかけた時、「はなちゃん、使った食器は自分で洗って片付けなさい」とアキがカウンターから顔をのぞかせて注意した。
「はぁーい。……たーちゃん、また今度お話しさせてね」
そういうとはなはたーちゃんをそっと床へ下ろした。
「アキちゃん。私、これを洗ったら家に帰るよ。ごちそうさまでした。とってもおいしかったよ」
使った食器を持って、はなはカウンター奥の洗い場へ向かった。たーちゃんはカウンターを見上げながら、ブブブっと不満げな声を上げ、全身を小刻みに揺らした。
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