第2話 親の負け
「幼稚園用のインナーどれがいい?」
「……いらない」
「『いらない』じゃなくて、小さくて着れないから買うの」
「えー……いいよ、いらないよー」
―――コイツ、近くにおもちゃ屋とぬいぐるみを買っているお店があるからソワソワしてるんだな。何でも買ってもらえると思ってるんだから。
「じゃ、白でいい?」
「えー……黒がいい」
「黒は……あった!ありがとう。じゃ、レジに行くよ」
「うん」
タケルは買い物に行くと必ず荷物を持ってくれる素敵な男の子。服には興味がないものの好みがあるようで、男の子らしい色を選ぶ。
タケルは、店員に自分で選んだインナーを渡し、どこかを見つめた。
「ママ、ちょっとあっち行っていい?」
話題のキャラクターのぬいぐるみが売っているお店を指さした。
―――あっちに行ったら、絶対買わされる!!
「会計終わるまで待って!ママの近くから離れたら危ないよ!」
話しているそばから後ろ向きで歩き始めた。
「大丈夫だよ!新しいの入ってるかなー?と思ったから!」
「後ろ向き出歩くの危ないからちょっと待ってて!」
レシートを受け取り急いで財布に入れたその時だった。
「あっ!」
タケルが他の男の子にぶつかってしまった。
タケルはバランスを崩しころんだ。男の子はお父さんと手を繋いでいたので怪我をしていないようだ。タケルが好きなキャラクターのぬいぐるみを大事そうにギュッと抱えていた。
「すみません!大丈夫ですか?!お怪我はありますか!?」
私は真っ先にそっちの方へ行き、タケルを抱えながら相手のお父さんらしき人にに言った。
特に怒りもしない様子でコクッと頷き去っていった。
「だから後ろ向きで歩いたら危ないって言ったでしょ!」
「あの人、新しいぬいぐるみ持ってた……」
タケルは男の子を目で追っていた。
―――さっぱり反省してない。このまま『帰る』って行ったら、また後ろ向きで歩くだろうな……仕方ない、見に行くだけでも行くか。
「じゃ、あっちに行ってみよ」
私はぬいぐるみコーナーを指さした。
「え?!いいの?やったー!!ママ早く来て来てー!!」
今日一番のテンションでぬいぐるみを見ている。
「これは持ってるし、これも持ってる!あっ!これこれ!新しいやつだ―!!やっぱりあると思ったんだよなー。これと、これと、これ!ママ行こ!!」
新商品を抱えてレジに行くつもりだ。
「ママ『買う』なんて言ってないよ」
「え……でも新しいのでてるし、欲しくなってきちゃったし……」
「今日はタケルのインナーを買いに来たの。『ぬいぐるみも買う』なんて言ってないよ」
「やだ!ほしい!今買わないとなくなっちゃうもん!」
―――困ったな。ひとつ2500円はするから3つで7150円。高いな……
「じゃ一つだけ買おうね」
「やだ、全部欲しい!」
「んーと、これは歯医者さん頑張ったら、これは今日我慢したご褒美にして、今日はこれを買おう?」
「えー……売り切れたらどうするの」
「売り切れたら、ネットで買えるよ!ママ覚えたから大丈夫だよ!」
「んー……ヤダ!全部!!」
―――ちくしょー!!作戦に乗らないか!!
「じゃ、二つまでね」
タケルの目の色が変わった。
「え?!二つはいいの?!じゃ、これとこれにするから、これは返す!これでいいよ!」
―――『これでいいよ』ってなんだよ。元々買う予定なかったし……
タケルは、レジの店員に『お願いします!』と元気よく伝え表情がいきいきとしている。
私はムスッとした顔をし、会計を済ませた。
「あと帰るよ」
「うん、帰ろ!ママ、買ってくれてありがとう!」
―――そんな顔されたら怒れないよー
「いいえ、また来ようね」
今日、何買う? イエベ秋 @iebeaki
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