異世界からの帰還



「はあ?」



 俺は開口一番にそんな間抜けな声しか出せなかったぜ。


 目を開けば、あの場所…そうだ。

 俺は闇バイト初日に拉致同然で連れ込まれたあの謎の部屋に突っ立ていた。


 ……いつのまに?

 一週間ほぼ洗濯無しで着ていたあのぼろい布の服からここで着替えたはずの元の服装になっていた。



「夢を見てたのか? ……いいや、違うか」



 何故なら、俺の上着のポケットにはスマホが二つ・・入っていたからだ。


 まあ、一つは俺の二世代前のスマホじゃなくてオ●ホだがな。

 しかも、僅かに発光してやがるんだが?

 こんな要らんとこでファンタジー感出すなっつーの…。



「タネっち!」

「タネモトさん!」

「おおっ!? カイドウ! ルリちゃん! 無事だったかあ~」



 左右からほぼ同時に発された声。

 七日前に知り合えた闇バイト被害者仲間である二人の無事の姿を見て俺の涙腺も思わず緩んじまったぜ…。

 

 たった一週間、されど一週間。

 あんな化け物が普通に存在する異世界に放り出されておきながら、互いに五体満足無事に再会できたことを俺達は手を取り合って喜び合う。



「いやあ~最初はどうなっちまうかと思ったが…何とか、皆してあの世界から帰ってこられたみたいだなあ」



 俺は視界を目の前の二人から外して、部屋を見渡す。

 

 俺達の他にも同時に異世界へと送られたであろう他の面々もまたこの部屋に居たからな。


 互いに抱き合って涙ぐむ双子らしき女性の二人組。

 

 何故か掴み合って諍い合っている若い学生らしき青年らの三人組…っておいおい、穏やかじゃあねえなあ?


 ……それとただ一人、恍惚とした表情で虚空を見つめている不気味なピアス男。

 正直、気持ち悪ぃ奴だ。

 関わらない方が得策な気がするがな。


 最後に奥でブタが鳴いているかと思えば……あの元スキンヘッドの柄悪オッサンが床に這いつくばって大泣きしていた。


 信じられないことに、頭は七日前と同じブタの頭のままだった…。


 あの状態で七日間も…地獄かよ。



「てかさ! ヤバくね!? スゲエよ! マジモンの異世界だぜ!?」

「「…………」」



 やけにこの異世界返りのチャラ男のテンションが高くてウザイ件…。



「…カイドウ。無事に戻ってこれたからって随分とハイテンションだが、ンな余裕よくあるな?」

「逆にタネっちはなんでそんなテンション低いのさあ~? 俺達、異世界行ってたんだぜ。マジでアニメや映画の世界じゃん! この一週間、デカイ街の中で色々見て回ってさあ~最高に面白かったね」



 …デカイ街? しかも一週間?


 てことは、カイドウは端からどっかの要塞の中か近くがスタート位置だったのか?


 だとしたら、いきなり辺境の森の中からスタートした俺と比べて何たるヌルゲー。

 許せん…。



「どうやら皆してスタート地点というか、環境に差があるのかもしれない。因みに俺は森の中からのスタートだったぞ? 普通に化け物も出現するような魔境染みた場所だ。現在はアクアントって国のミルファの街に居る」

「へえ~。てか、よく無事に街まで着けたね?」

「(コイツ…遠慮ねえなあ)……初日に運良く獣人と知り合ってな。何とか交渉して街まで護衛して貰ったんだよ」

「獣人!? あ~やっぱいるんだ。いいなあ俺も見たいなあ~」

「フム…?」



 …獣人を見てない?


 まあ、偶々という事も在り得るが……ルッツやラウルフの村やミルファの街で見聞きした情報から察するに、獣人自体は多種多様ながらどこにでも居るような種族だと思ったんだがなあ。



「獣人を見た事ないって…お前、どこに居たんだよ?」

「あ~と、サンブライトの聖都シャイニングだとかギルドの奴が言ってたような…」

「…サンブライト」



 俺は淡く光る方の端末を取り出す。

 電源ボタンに触れると液晶に画面が映る。


 ……ほう! 普通に使えるじゃないか!?

 異世界のものはコッチの世界に持ってこれないとかって説明してたような気がするが、コレは例外ということかね。


 

「あ。そうだ! タネっち、ルリちゃん見て見て! 俺さあダンジョンで面白いもの拾ってさあ~…ってアリャ? 出せないや?」

「……異世界のモノは持ち込めないって言ってたろ」

「チェッ…アイテムボックスにはちゃんと入ってるんだけどなぁ~?」



 まあ、思った通り異世界のアイテムをこの場で出す事は出来ん、と。


 俺はカイドウから横槍を入れられたが、数日振りに地図アプリを起動する。

 やはり、カイドウが居るというシャイニングがあるサンブライトは大陸中央…つまり、俺の現在居る国の隣で、現在位置から二番目に近い距離にいることになる。


 カイドウも自身の地図アプリを起動して俺との画面とで見比べていやがる。



「なるほど。意外と…って実際にはどんだけの距離があるかは判らんが、俺とカイドウの居る場所は比較的近いぞ」

「ああ! このアクアント?って国に居るヤツがタネっちだったのかぁ~? あ、そう言えばルリちゃんは?」



 おおっと、そうだった。

 ルリちゃんを完全に放置してしまっていた。



「わ、私もタネモトさんと同じです。気付いたら森の中でした。……二日間はずっと森の中で迷って。怖いオバケからも何度も何度も隠れて…疲れてもう倒れそうになったところを運良くエルフの人達に助けて貰ったので何とかなりました…」

「すっげ! エルフ!? いいなあ~って…あ。ご、ごめん……」

「…………」



 流石にルリちゃんのハードな境遇に最初から安全圏スタートだったカイドウもやっと何かを察して大人しくなる。


 だが、隣でこの異世界でもチャラかったであろう男に冷ややかな視線を向けつつも…俺も内心ではルリちゃんへの罪悪感がヤバイくて吐きそうです。


 こちとらスタート初期こそ焦ったものの、基本は美少女達に守って貰って夜はアレしてただけですんで、はい。


 けど、本当にルッツ達に出会えなかったら……初の死者リタイアは俺だったに違いない。



「ちょっと待ってくれよ…エルフってことはあ、もしかしてルリちゃんが居るのはリーフデンって場所じゃないかな?」

「あ、はい! そうです! 確か助けてくれた方の一人が私達が居る一帯はリーフデンの…モリモ群だって言ってました」

「…なら、俺と一番距離が近いのはルリちゃんって事になるな」

「本当ですか!?」



 俺の言葉にルリちゃんが明るい顔をしてくれた…普通に嬉しがっているようだが、そりゃそうか。

 あんな現実味の無い世界に飛ばされたなんかしちゃ誰でも同じ立場の人間にはそうなりもするわな…。


 だが、運良くカイドウとルリちゃんが近い場所に居てくれて良かった!

 仮に合流を狙うにしても相手と場所が判らんことにはなあ。


 別段、カイドウとルリちゃん以外を遠ざけたい(あのピアス男は該当するがな)わけじゃあないが。

 どうにも双子と三人組とは仲良くできる気がしないんだよ。



「ところでタネっち」

「んだよ」

「…今、レベル幾つ?」



 マジか、コイツ…!

 完全に遊び感覚じゃあねえのか?

 今回は全員無事だが下手したら、人が死んでもおかしくなかったんだぞ?



「はあ……レベル1だが?」

「弱っw」

「え」



 カイドウからのあからさまな煽りにも大いにムカついたが……一番に俺を傷付けたのは、そんな無垢な表情でリアクションしちゃうルリちゃん、君だよ?



「そういうお前は幾つだってんだよ!?」

「俺、レベル4だけど」

「…私は最後の七日目でレベル3になりました」

「…………」



 このレベル差が意図するものとは何ぞ?



「こんな可愛い女の子のルリちゃんでもレベル3だってのに…タネっちたらしょうがねえなあ」

「いや、逆にコッチが聞きたいんだが…君らのレベルアップについて」

「そりゃ冒険者ギルドでトレーニングしたってのもあるけど…シャイニングの地下にあるダンジョンかな? そこのモンスター倒したら一発よ。で、その戦利品を自慢したかったんだけど」

「私は…一昨日から戦闘に参加させて貰えてそれで。私はその…魔法が使えたので…」

「おお! ルリちゃん魔法使えんの!?」



 …むむむ。やはりレベル上げには実戦経験が必須なのか?


 それとカイドウが魔法使用を羨ましがることから、俺と同じくMPが無いタイプか魔法に適性のないアーキタイプっぽいな。



「タネっちはじゃあまだ…モンスターと戦ってないんだな」

「遭遇は若干あったが。いや…そもそも、俺はあの青銅の剣初期武器を装備できないんだぜ? 魔法なんか使えんし、どう戦えっての」

「「えっ?」」



 今度もまた、いやより見事に憮然とした顔でシンクロ・リアクションをする二人。



「あの剣が使えないってどういうこと? タネっちのアーキタイプは?」

「え…戦士?」

「じゃあ普通に使えるっしょ。俺もタネっちと同じアーキタイプだから最初から〔戦士〕スキル持ってたし」



 ……俺は持っとらんけど?



「私も普通に装備できましたよ? その、〔戦士〕っていうスキルは持ってませんが…」

「(つぁ!?)…ルリちゃん……君の筋肉の能力値って幾つ?」

「えっと…Eのマイナスですけど…(照)」

「マジ? …それじゃ、タネっちは……Fなの?」

「……(コクリ)」

「「…………」」



 無言の二人の表情が余裕で「マジかコイツ」と語っている。


 え!? 俺のステータス低過ぎっ!?



「はいは~い! 皆さん、これから終業のショートホームルームを始めますよぉ~!」



 いかん、自身の理不尽な現状に黒幕である張本人の存在を忘れていただと!?


 その場に居る俺を含める全員(あ、ピアス男は相変わらずだが)が激情露わに女神の元へ殺到せんとする。



「静粛に――」



 また、だ。


 壇上の女神が発したその一声で皆揃って身動きできなくなっちまう…!

 金縛りの術か何かかよ!?



「先ずは改めて試用期間の七日間。御苦労様でした。これにて、正式に皆様を異世界テスターとして雇用することが決まりました。おめでとうございます」

「「…………」」



 ニコニコと笑いながらパチパチパチと自身の手で拍手する軽薄女神に対して文句をぶちまけたいとこだが…見えざる力によるものか、俺の口は呼吸すること以外を禁じられている。



「さて。先ずは各人、報酬をご確認下さいね」



 その言葉に大半が自身のスマホを操作する。

 俺も釣られて自身の口座を確認すると……確かに残高に五十万が間違いなく振り込まれていた!


 それには周囲から驚きとも喜びとも興奮ともどれにもとれる声が上がる。



「ご確認頂けましたでしょうか? 先ず、先に説明を。皆様が異世界に赴く前後…つまり、始業前と終業前とで各十五分。この場にて考慮する時間を差し上げます。私が貸与した端末もこの場ではまだ使用可ですが…基本、実行できるアプリには制限もありますのでご注意下さい。それと…その端末にこの場でのみ使える換金アプリがメイン画面に追加されているのがご確認できますでしょうか?」



 俺は画面を改めて見やると、確かに空白部分だった場所に天秤のようなアイコンが追加されていやがった。



「今回は使用できませんが、次回の終業から使用できますよ。機能は異世界の通貨とアイテムボックスにあるものを換金して追加報酬として加えることができます。最も解り易いのは異世界の通貨ですね。1シルバーにつき、二千円。1ゴールドにつき二十万円となります。ブロンズ単位では交換対象外とさせて頂きますが」



 ふうむ。1シルバーの価値は二千円か。

 じゃあスタート資金は二十万円だったのか…そこそこ持たせてくれてたんだな?



「では次に。これから皆様には速やかにご帰宅して頂き、三日間の休暇を取って頂きます。…ああっと、迂闊でした。皆様はこの七日間、元の世界を不在にしていたことで不安に思っていらっしゃるのですね? ですが、そこは問題ありません。異世界への時差に関してもノー・プロブレム!」

「「…………」」



 いや、もうあんな思いをしたらその辺のこととかはどうとでも…と思ったが、近くにいたルリちゃんの思いつめたような表情を見るとその考えを検める。

 そういや、彼女はまだ現役の中学生だった。

 彼女の父親とやらがマトモなら警察に家出なり誘拐なりで相談しててもおかしくないだろう。



「そして、次の始業についてですが…都合が良い時に当方へ連絡を頂ければ即座にこの場へとお迎え・・・に上がりますのでご心配なく。と言っても次の三日後まではあくまで待機となります。まあ、そうでなくとも始業十五分前には強制的にこの場へ召喚される仕様ですが。さて、今回こちらからは以上です。…お帰りはアチラからどうぞ」



 仕様ってアンタなあ…。

 が、女神が指し示す方を見ればかつて俺達が最初に監禁されていたはずの部屋へと続くはずの開け放たれたドアからSF映画のクライマックスばりの謎の光が溢れて…通路の先が伺えない。

 ぶっちゃけ、こんなに怖い帰り道もなかろうよ。


 だが、どうしたもんかとカイドウやルリちゃんと顔を見合わせているとあのピアス男が学生三人組にぶつけ退かせても動じずにズンズンと女神ヘレスの前えと歩みよったではないか!


 女神相手にスゲーなアイツ!?


 すわ喧嘩かと思えば、ピアス男はどこの聖職者だといわんばかりに片膝を床に突いて頭上に向って祈り出した。



「アンタこそ本当の女神だ。僕をあの素晴らしい世界に導いてくれたことには感謝しかない。報酬なぞ要らない。だから、頼む…僕をあの世界へ今直ぐにでも行かせてくれ」



 壇上の女神ヘレスに目を見開いて向けるその熱量…それはまさに狂信者のそれだ。



「確かに、あなたはこの場に居る誰よりもあの世界への適性・・がありますからね。……ですが、残念ですがその思いを叶えることはできません。辛いかもしれませんが、三日待つのです」

「……わかりました」



 途端に無表情になったピアス男が深く一礼して、迷うことなく光の向こう側と消えていく。



「なあ、タネっち…アイツなんかヤバイくね?」

「ああ。お前とはまた違うベクトルでな」

「ちょ! タネっちそりゃ酷くねぇ?」

「気にすんな。あんなサイコ野郎よりお前の方が百万倍マシだから」



 俺はニヤリとしてカイドウにそう返す。


 その後、推定双子女子は女神とあのピアス男に何か思う事があるようだが同じくこの部屋を去っていった。

 んで、推定学生三人組も何やら女神と一言二言質問応答をらしきものを交わした後にあしらわれて光の向こうへ…ただ、三人ともバラバラに帰って行ったのが印象的だ。

 どうやら、揉めているのは確実らしい。


 最後にあのオークにされた元スキンヘッドが女神の前で何やら鳴いているようだが終始女神ヘレスは困った顔だ。

 …まさか、言葉が通じないとか?

 そりゃ、ブヒブヒ言ってるだけだもんなあ~。



「じゃ! タネっちまた三日後になあ!」

「気楽過ぎじゃね?」



 そして、カイドウがこの部屋を去る。



「取り敢えず、無事に戻ってこれたことだし…帰ろうか?」

「はい…そうですね…」



 表情が晴れないルリちゃんが気掛かりだが、これ以上この場に居ても…悲痛なブタの悲鳴しか聞こえないからな。



 先にルリちゃんを光の先に見送ってから、俺もまた光の中へと踏み込んだ。



 そして、またもや謎の浮遊感と共に視界が回復すると…そこは俺が世話になっているアパートの前だった。

 周囲は出発した当時と同じく暗闇に覆われた深夜帯のようだった。



「…はははっ」



 俺は近所迷惑と思ったが声を出して笑っちまったんだよ。


 だって、気が変になりそうだったんでな。


 手にした世代遅れのスマホの待ち受け画面…そこに映る日付と時間。


 七日前のはずの日付。

 そして、残酷にも秒で時を刻むデジタル文字。



 あの黒のマイクロバスの前で最後に見た時間から…たった、一時間・・・も経過してなかった。



  (‥)




「タネモト君。大丈夫かい?」

「へ?」



 明くる日。

 俺はアパートの大家さんの元を訪れていた。


 滞納していた三ヶ月分の家賃と今月分の家賃と詫びの御菓子を持ってだ。

 だが、待ちに待った家賃を渡されたアパート大家さんの表情は怪訝であった。



「最近、良い仕事見つからないって言ってたろう? なのに…怪しいところからお金を借りたり、危ない仕事とか…」

「そ、そんなことはないですって…その…新しい仕事が見つかったには違いないんですがね。アハハ…」



 危ない仕事という言葉に多少ギクリとしたが…何とかその場を誤魔化すことした。



 部屋に戻った俺は半日ほどは呆けて何も出来ずにいた。


 余りにもあの異世界での七日間とこの現実との差異が堪えたのか…。

 思いついて、あの異世界の大元だと言っていたAnother Horizon Online(アナザー・ホライズン・オンライン)というゲームについて調べたが…。


 長年開発中の謎多き超大型ゲーム。


 フルダイブ・オープンワールドとか漠然とした情報しかネットにはなかったよ。


 …それにしても、フル・・ダイブとは。

 これが誇張表現ではないことを知るのは異世界テスターとして(強制的に)雇われた俺達だけだろうぜ。



 そんな感じで時間を浪費していると平和な現実世界での三日間はアッと言う間に過ぎ去ってしまっていた。



 そして、俺は数度躊躇って畳みの上に放り出したスマホを手に取ると大きな溜め息を吐いてあの職場へと連絡を入れた…。


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