闇バイトが異世界バイトだった件



「あのぉ~……もしかして新興宗教の勧誘とかでしょうか?」

「へ? 違いますけど?」


 恐る恐るそう尋ねた俺に自称女神が何ともなしに自身の髪を掻き上げる。

 すると、その発光する髪から零れる謎粒子がキラキラと壇上から俺達のもとへ舞う。


「なじゃコリャ? プラ●スキー粒子かよ…」

「タネっち、そりゃアニメだけの話でしょうよ? でも懐かしいなぁ~。そのシリーズの最初がテレビでやってた時、俺まだ小学生ショーボーだったんだよね」


 …このチャラ男、さては意外と若いな!?

 隣のルリちゃんが「綺麗…」と純粋に目を輝かせる様に俺の心が浄化される。


「あなたのこの神々しい女神ヘレスを崇めたいというお気持ちは察して余りあるのですが。…まあ、あなた達は無宗教ですから信仰は自由なんですけどね? ただ、一応私は異世界の女神ですので意外とその辺の細かいとこ、この世界の神々と揉め事になるんですよ。私を信仰するのは止めませんが、死後にあなた方の世界神に問われた時は“自ら進んで改宗した”とハッキリと申告すること! いいですね?」

「は、はい? って誰が……ん?」


 この自称女神、何て言った?

 いや、全部が全部引っ掛かることしか言ってないんだが…俺達に向けてハッキリと無宗教と言い切ったよな。

 何で、そんなことまで自信をもって言い切れるんだ?


「ふぅむ。…あなた、中々に察しがいいですね」

「へっ?」


 目を細めて俺に向って微笑む彼女にドキリとする。

 まさか…心を読まれて……それは流石に漫画の読み過ぎだな。


「先に申しましたが、あなた達は選ばれた・・・・のです。勿論、女神たるこのヘレスに。まあ、それは追々説明するとして……先にあなた達にやって頂きたい事と、その報酬についてお話しましょう」

「……俺は! 俺は、人殺しや強盗とかはゴメンだぜ?」


 カイドウが意を決したように言い放つ。

 おお…意外と勇気あるなあ、コイツ。


「構いませんよ?」


 おおっと、アッサリ承諾すんなあ。

 ならばお前に用は無い、死ねとかってお約束のセリフ言わねぇだろうなあ?


「ちゃんとお迎えに伺った際にも申しましたが、やって頂くお仕事内容は全く犯罪行為と関係ありません。……少なくとも、この世界でもアチラでもを殺すことを強要したりなどしませんから」


 …………。

 人は、か。

 なら、代わりに何を殺せと言うのだろうかと考えてしまう俺は異常だろうか?


「さて、申し訳ありあせんが、先に仕事着・・・に着替えて頂けますか? 今からコチラの衣服に着替えて頂きます。男性陣はこの場で、女性は先ほどの控室にてお願いします」


 そう言って自称女神のヘレスが何処からか取り出した衣服を俺達に配る。



  (‥)



「って…コスプレ?」

「う~ん。タネっちは村人Bって感じだねぇ」

「村人Aはどこいった?」


 俺達は何故かいわゆるファンタジー界隈で言う布の服・・・を身に纏っていた。

 恐らく、俺は壊滅的に似合ってないだろう。


「いや、寧ろ室町時代の貧しい農民って感じで凄く馴染んでると思うけど」

「どういう意味だコノヤロー」


 何故か渡された服は事前に仕立てた・・・・・・・かのように俺達にピッタリだった。

 それと、不満がある。

 多分同じ材質なんだろーが、俺だけやたらボロくて貧相な見た目であったことだ。

 このチャラ男は何故か上級市民って感じで周りの連中もそれよかちょっとグレードダウンした程度。


「おいっ!? なんで俺だけ腰巻一丁なんだクラァ!?」


 おっと、俺よりも上級者が居た。

 スキンヘッドは腰巻に上半身は謎のクロスしたバンテージのみだった。

 でも、俺なんかよりもずっと似合ってると思う。

 違和感が殆ど無い。

 寧ろ、ソッチの方が普段着みたいだぞ?


 そんな感じで慣れない恰好に四苦八苦していると、隣から女性陣が戻ってきたので壇上でそっぽを向いていたヘレスがやっと視線を戻した。


「ありがとうございます。着替えて頂いたのは理由があります。が、先に口で説明するよりもそちらの装置に各自配置について頂けますでしょうか?」


 全く動じないヘレスに折れた俺達は仕方なくあの謎の機械へと向かう。

 どうやら箱のやや手前にある円陣部分が立ち位置らしい。


 俺とカイドウとルリちゃんが並んでその場に立つ。


「では報酬についてです。募集広告にあったように基本・・報酬は一週間の拘束で五十万円を口座に振り込ませて頂きます」

「待った。一週間の拘束?ってのも気に掛かるが基本の報酬というのは…」

「はい。ベース報酬が五十万です。ですが、当方はいわゆる出来高制で。お仕事の結果次第ではその報酬に上乗せします。あくまでも試算段階ですが、一週間で数百万の報酬も可能となるでしょう」


 当然といった顔で言い放つヘレスの言葉にその場に居た大半から熱の籠った声が上がった。


 そんな高額報酬なら当然だろうが…犯罪には関連しないでその報酬……どうにも怪しい、いや、怪しさしかないのだが。

 俺の左右を見れば「それなら速攻でベンツ弁償できんじゃん!?」とチャラ男が飛び跳ね、健気な少女が「…それならお父さんも、学校も」とギュっと両手を握っていた。

 まあ、俺だって金に困ってるから嬉しいわけじゃあないが…どうにもこの話、うますぎないか?


「一週間の業務の後は三日間のお休みを取って頂きます。と、言っても今回は試用期間ということで基本報酬の五十万です。報酬の上乗せは次回から適応となりますのであしからず。では……皆様も気になさっているお仕事についての説明です」


 そのヘレスの言葉に俺達の浮ついた熱が急速に冷めていく。


 彼女がパチンと指を鳴らすと頭上の巨大モニターの画面がブゥンという音と共に何かの映像を映し出した。


 …地図だ。

 それも大陸と島々、世界地図のようなものだが…どうにも俺の知る世界地図ではない。


 中央にやや楕円にも見える大陸と周囲に小さな島。

 それを囲うようにして左右上に二つ、下辺に一つ大陸がある。


「皆さん、ゲームはお好きですか?」


 ヘレスはニッコリとそう微笑む。


 …ゲーム?

 そうか! コレはゲームの世界のマップだったのか?


「あ! 思い出したっ!?」

「っ!?」


 急にあの青年三人組の一人がモニターを指差して叫ぶのもんだからそりゃ驚くわい。


「どっかで見たことあると思ったら…コレ、まだ開発中のアナザー・ホライズン・オンラインの開発ベータ版の世界地図だ!」

「ああ…確かに!」


 どうやら三人組にはあのモニターに映された地図が何かを知っているらしい。


「カイドウ、知ってるか?」

「ん。まあね。名前だけは」


 カイドウ曰く、それは近未来を予感させる超大型MMORPG。

 詳しくは知らないが、よくラノベとかにあるヤツ!


 Another Horizon Online(アナザー・ホライズン・オンライン)。


 通称…A.H.O.アホ


 酷くね?


 だが、その通称名が余りに酷いのだが、正にアホのような化け物ゲームなのは確かだと言う。


 世界最高の人工知能…AIと最強の計算処理を誇るモンスターエンジンを搭載し、地球と同じ広さを持つ……つまり、もう一つのリアルな世界――異世界を完全再現することを目的としたゲームらしい。

 開発自体はもう十数年前から進められているものの、まだ一般に公開されるまで少なくとも数年かそれ以上は掛かるという半ば都市伝説化したゲーム。

 それが、A.H.O.アホ


「話が早くて助かりますね。ですが、正式には私の世界なのですからね? そう、あなた達にはその世界へのテスター・・・・になって貰いたいんです。…正確には、この世界からの転移者の適性調査・・・・として、ですが」

「それって……まだ開発中のあのA.H.O.アホを俺達がプレイできるってことか!?」

「……そう略されて呼ばれるのは嫌なのですが。はあ…まあ、ある意味・・・・ではそうでしょう」

 

 その発言に三人組とチャラ男が笑顔になる。

 …まあ、俺もゲームは好きだから興味もあるが。

 後半のこの世界からの転移者の適性調査・・・・はそのゲームの建前みたいなもんか。


 恐らくカイドウ達は今回のバイトがそのゲームのデバッカー作業みたいなもんだと思って喜んでいるんだろうが…。

 だからといってこのような高額報酬がありえるのか?

 そりゃあ致命的なバグを見つけたら追加報酬があるのは頷ける…だが、この人選でか?

 普通は専門知識のあるプログラマーを雇ったりするんじゃあないのか?

 しかも、どう考えてもコレからゲームしますねって感じでコントローラーを渡される雰囲気ではない。


「喜んで頂けたようで幸いです。これから実際に私の世界に赴いて頂くわけですが。先ず、既に決定事項・・・・ですが…注意点として三つお伝えします。どうかご静粛に願います」


 一切の笑みを消したヘレスが指を三本立てて見せる。


「一つ。今回は最初の一週間を試用期間としますが、その試用期間が終わった後も引き続き当方でのテスター作業を自動更新契約で続けて頂きます。期限はございません・・・・・。…少なくとも、生命が存続する限り。もしくは、私とこの世界の神々との間で正式に異世界間の転生が認められるまで、です」

「…え」


 最後の方は何を言ってるのか理解できないが…それは自分から辞めることはできないってことか?


「なんだぁそりゃあ!? おいっ!ちゃんと説明しやがれっ!?」


 スキンヘッドがすかさず噛み付くがヘレスはお構いなしに続ける。


「二つ。これは既に皆様に着替えて頂いた理由に繋がるのですが。基本的にはこの世界のものをアチラに…逆にアチラの世界のものをコチラに持ち帰ることはできません。正確にはこの施設の外にはです。が、それらは換金対象にもなります。それが主な報酬の上乗せになりま――」

「おうちゃんと話聞けやあ!」

「…………」

「お前らもこんなペテン師の言う事鵜呑みにすんなやぁ! 付き合ってられっか。俺は抜けさせて貰うぞ!」


 顔を赤くしたスキンヘッドがヘレスの言葉を遮り、その場から動こうとした時だった。


 一筋の光の矢がスキンヘッドの顔目掛けてぶち当たる。

 暫くその幻想的な光景に呆けていた俺だったが…直ぐに気付いてしまった。


「ぷ…ブゴッ……ブギィイイイイイイイイイ!?」

「うわぁ!?」


 そのスキンヘッドの頭がなんと豚になっていたのだ!?(ドォーンッ!)


「静粛に…と申しましたよね? アラ…随分と可愛らしい。人間の時よりもマシになったのではありませんか? ウフフッ」


 ヘレスが浮かべる笑みに全員の顔から血の気が引く。

 い、一体何が起こった……?


「コレで私がペテン師ではなく、真の女神と理解できましたでしょうか? と、言っても、私がこの世界で振るえる力に限界がありますので…所詮はそちらの豚さんが言った通りペテン師ほどの出力しか出せないのが現状なのですがね…」

「「…………」」

「さて、話を戻しましょうか。三つ。これは単なる守秘義務です。この施設及び、この業務について他言しないこと。他の方法で第三者に伝えることも禁じます。いえ、ハッキリ言ってできません。それは既にあなた方に対して既に一種の呪いを掛けていますので」


 呪い…なんて言葉を聞いても、最早彼女を疑うヤツなんてこの場に居るの?

 あのリアルオークにされた元スキンヘッド見てみ?


「まあ、そう暗くならず楽しんで下さいね! 将来的には当方としては残念ですが…このテスター職務からどうしても離れたいという方には別途相談に応じますから。あ。因みにですが命を奪うなどといった乱暴な手段は決してありませんので…」


 元スキンヘッドを見てしまった後だと、その言葉に説得力皆無だよ。


「さて、では早速今から初仕事に取り掛かって貰いましょう!」


 え?

 あの豚(本当の意味で)はマジでどうするんだろうか…。


 だが、俺の疑問など介さず、再度ヘレスが指を鳴らすと今度は眼前に突如として二メートル半ほどの光の膜のような立体映像が発生するから流石にビビる。


 だが、その光の膜の先に見慣れない景色がボンヤリと映っている…?

 おいおい…ゲームじゃなく、本当にゲームみたいな・・・・・・・世界に行って下さ~いってオチじゃあねえだろうなあ。


「うおおぉ~!? やべぇよタネっち! 本当にこれから異世界に行けるんじゃないのぉ!?」

「…なんでそんなに楽しそうなの?」


 マジで異世界なんかに飛ばされたら…どうすりゃいいんだってばよ。


「それでは、早速! 後ろの箱の中身を取り出して確認して下さいね!」


 心なしか俺らの雇い主たるヘレスのテンションが高くなっている気がする。

 仕方なく、俺は指示通りに背後の箱を開けて中を覗き込んだ。


 中には小汚い袋と…鞘も無い剥き身の剣?が入っていた。

 いや、どうにも刃物には素人だが刃がちゃんと付いてるみたいだし…コレって銃刀法違反じゃね?


 袋の方は何かジャラジャラ、そこそこにズッシリ何か硬貨のようなものが入っている。


「それでは、これから異世界へと旅立つあたな達に餞別として…銀貨、百シルバーと青銅のつるぎの一振りを女神ヘレスが与えます!」


 …………。

 パクリじゃね?


「パクリではありません! オマージュです!」

「アッハイ…」


 あ。やっぱこの女神ヤバイな。

 人の心がガチで読めるのかもしれん。

 

「プギョ? ブキュル…」

「(チラリ)ああ、あなたはペナルティとして暫くその姿でいて下さい。ちゃんとそれを加味してあなたに都合の良い、比較的に難易度の低いエリアへと転送しますので」

 

 コレは……酷い。

 俺は今迄の人生でこれほど他人を不憫に思うことはなかったかもしれん。


「では兎に角、最初の七日間は頑張って生き延びて・・・・・下さいね! では、皆様! また、この場でお会いしましょう!」

「は? それってどういう意――」


 俺のその言葉は虚しくも遮られ……――


 気付けば俺は、見知らぬ森の中に独りポツンと立っていた。



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