第5話
私は個人的に気になることがあったので、小野の弟分達三人と別日に会う事になった。
彼らはシェアハウスをしているようで、約束を取り付けて私は彼らの家を訪問した。
リビングに通され、私は椅子に座った。向かいのソファには男三人が座っている。
部屋は、男三人のシェアハウスにしては比較的綺麗な印象だった。一軒家は狭くもなく広くもない。
可もなく、不可もない普通の家という印象だった。もちろん、小野の家の絢爛豪華さは全くなく芸術品が飾られていることもない。
「こんにちは。今日はありがとうございます。時間を頂いて」
「…ああ」
弟分の一人がそう答えた。小野みたく、顔は角ばっていて肩幅が広い男だった。けれど、小野のような溢れんばかりのお金の気配は纏っていない。寧ろ、体育会系の真面目そうな男に見えた。
「一体、お前は何しに来たんだぁ?」
弟分の一人の男が言った。顔に対して、目が大きい。そして、目が大きい割に、黒目が小さく、猫みたいな顔をしている。
こちらの男は髪は金に染めて手にはタトゥーが入っているから、チンピラだと一目でわかった。けど、泥棒っていう感じではない。喋り方もヤンキーみたいな雰囲気だった。
私は猫面に目を合わせて言った。
「今日は小野さんからの依頼で参りました」
「はぁ、兄貴が? 一体、なんで」
メガネを掛けた男が言った。彼はこんな見た目で泥棒なのかと思うほど、サラリーマン的な見た目をしていた。
ラフなスウェット姿でも、メガネの下の目元の皺からは、会社で積み上がる懸念で頭を抱えていそうに見える。
私はなるべく、ただ依頼された第三者みたいな平坦な声で答えた。
「いやー、小野さんがお怒りで。私が依頼されたんですよ」
そうすると、男達三人が途端に不安そうな顔になった。目の前に出されたお茶の氷がピシリと音を立てて割れた。
落ち着かないようで、メガネをちゃきりと整えるようにしながら、男は言った。
「…一体、なんて依頼されたんだ?」
「分かりませんか?」
メガネの奥の目玉が揺れた。メガネの男は鉄仮面を装おうとしているようだったが、動揺が隠せていない。やはり何かの心当たりがあるようだった。
強面の男と猫みたいな見た目の男も、「やっぱりこれって…」「ああ、でも…」などと小声で喋っていた。じっと見ると、二人は私から視線を逸らした。
「…なぜ、あなたが依頼されたか? 分からないな。教えてくれ」
「ええ、では教えましょう」
私は喉をお茶で湿らせてから、言った。
「あなた達が、小野さんの小物部屋の並び順をおかしくしましたか?」
私がそう言うと、男達は困り顔で顔を見合わせた。
私はあの部屋の宝石棚がぐちゃぐちゃになっていたのは、この弟分達のせいだったと思っていた。現実的に考えて、小野のライバルだという盗みのプロが二階に脚立で侵入するというのはあまり考えられないと思っていた。
一方で、棚をぐちゃぐちゃにするのは、この人達にとっては簡単な仕事だった筈だ。なぜなら、小野に掃除を命令された時に、埃を払い棚に戻すのをぐちゃぐちゃに置けば良いだけだ。
しばらく三人は不安そうに私を伺ってから、結局、メガネの男が口を開いた。
「ああ、そうだ」
やっぱりそうか。
「一体、なぜそんなことをしたんです?」
「…出来心としか言いようがない」
大柄の強面が言った。皺が顔に深く入っていて、樹木の断面みたいだと思った。
それから、会話は猫面が引き継いだ。
「小野さんはよ、基本良い人なんだ。何かとあの人についていくと良い思いができる。でもな、俺たちの扱いが雑すぎるんだ。あの日、ずっと自慢し倒されてな。宝石だ芸術だは俺には知らねえよって話だよ。その上、棚の掃除なんかさせられて。なんだか嫌がらせをしたくなっちまった。それで…」
猫面は言いながら、どんどん表情が曇っていった。他二人に比べて、感情が表に出るタイプみたいだ。
「嫌がらせですか? それ以降、連絡を絶っていると聞きましたが」
「…ああ、その時は酒が入っていたから調子に乗ってたんだ。出来心で。ああ…、しくじった…」
強面の男が呻くように言った。私はそれでも連絡を絶つまでの理由がよく分からなかったから、まだ冷静そうだったメガネの男に視線をやった。
「…お前は知っているか知らないが、あの人の収集欲は異常なんだよ」
「ああ、それはそうですね」
私は小野の自宅のコレクションを思い出していた。小野が飾っている物達には、彼の独特な収集癖が溢れ出ていた。
「あの人の情熱はそれにとどまらないんだよ。あの人はそういう物を飾る事にも執着があるんだよ。絵や宝石のケース、それに壺なんかもな。綺麗に飾る事にすごいこだわる。けど、それを並べたり掃除したりすんのは俺らの仕事だ」
メガネの男は淡々と説明しようとしているようだったが、恐怖と怒りが心の中でせめぎ合っているのが表情から伝わってきた。
「だから、ちょっと魔が刺したんだ。少し意地悪しようくらいの感じだったんだが。でも、後々になって怖くなってきたんだ。あの人のそういうこだわりが尋常じゃないのは知ってたしな。だって、あの人が前にオークションかなんかで競り負けた時とんでもなく荒れたんだぜ? 名乗りあげたらとんでもない事になる」
「なるほど」
確かにそれについては、私も理解できる。
あの人が、仮に自分のコレクションを誰かが不用意に動かしたりなんかしたら、烈火の如く怒り狂うだろう。
それにしても、棚のものをぐちゃぐちゃにするというのは、大人がするイタズラにしてはあまりに些細だと思う。家の装飾から態度まで、豪胆な小野のことだ。弟分が自分に何かイタズラを仕掛けたというだけなら、おおらかに受け入れそうな気もする。
「それと、重ねて聞きたいことがあるんです」
「…なんだ」
強面の人は項垂れていた。顔を上げずに答えている。
「宝石の棚に、空のケースがありましたか」
「ああ…、あったな。特に疑問にも思わなかったが」
「…あなた達が中身を取ったわけじゃないですよね?」
「は? そんなこと俺たちができるわけないだろ。そんな恐れ多い」想像するのも恐ろしいと強面の男は顔を真っ青にした。
ああ、やはりそうか。
その話を聞いて私は確信した。やっぱり、宝石を盗んだのはこの人達ではなく、小野の友人だ。
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