第4話

 小野はなんだか来た時より無口になっているような感じがした。空気が抜けて、シワシワになっている風船みたいだと思った。

 干からびたような小野は、乾いた声で喋り出した。

 「俺とその友人とは、バーで最近知り合ったんだ。アイツはなんというか、こざっぱりとしていて毒気がなくてな。接しやすい奴だったんだ。アイツは俺の話をぼうっと何も言わずに聞いているようなやつで、だから泥棒なんて、しないと思うが…」

 「まぁ、あなたのお金目当てで近づいたって場合もないわけではないですしね」

 「…」

 メモを書きながら喋っていたが、すぐに私の発言がデリカシーを欠いていたと悲壮感に満ちた顔の小野を見て気付いた。

 「す、すいません。あの」

 「いや、大丈夫…」

 そう言った小野は口元に皺を作りながら笑った。顔にヒビが入ったみたいだった。

 なんか、もう死んでしまいそうなくらいの形相だった。お坊さんが見たら、多分死相が出ていた。私は今日ほど、自分の口下手を悔いた日はないだろう。

 小野の顔色を伺いつつ、私は質問を続けた。

 「弟分…というか、泥棒仲間の方はどんな感じの方達ですか?」

 「…普通だよ。みんな、よく慕ってくれていた…はずだ」

 自信なさげに小野の声は小さくなっていた。豪快に笑っていた彼は、いまや取り繕うように口の端だけ上げている状態で、それが自嘲げな顔に見えて、より切ない。

 なんだか初対面の時の小野が懐かしく思えてきた。人を侮り、見下しきっていた彼の方が喋りやすかったように思える。今の彼はなんというか、かわいそうだった。

 そうやって、ある程度情報を聞いてから、二人で部屋を隅々まで探した。

 抜き取られたとは思ってはいるが、実際どこかに入り込んでいる可能性もないわけでもないし弟分達が茶目っ気を出して宝石を隠した場合もあるかもしれない。いや、そうであってください!

 二人で棚を持ち上げてずらし、テーブルの下のカーペットの裏も探した。そして、なんとなく予想できていたけど、何も見つからなかった。小野も落胆はしていたのだろうけど、「分かってましたよ」みたいな感じで何も言わなかった。私も小野も、二人とも不貞腐れていた。

 疲れきって、二人して椅子に腰を下ろした。

 これ以上部屋を探しても、宝石がポロリと出てくる事はない事は二人して分かっていた。つまり、宝石はどこかへ持ち出されている事は、ほぼほぼ確定している。

 …正直、これ以上何かを探して証拠が出てくる方が私にとっては困る。だって、それを萎みきった小野に伝えないといけなくなってしまうのだから。

 私はこの依頼をかなり面倒に思い始めていた。仮に犯人を友人か子分達のどちらに断定できる証拠を見つけたとしても、それでは彼は喜ばしい反応をしないだろうということは分かりきっていた。

 きっと小野は犯人をライバルの泥棒であるとしたかったのだろうと思う。身内に自分に仇なす者がいたというのはショックだから特には理由はなくともライバルの存在を無意識に怪しいと思い込みたかったのだ。

 ガックリと項垂れている小野に私はふと、気づいた事を口にした。

 「それにしても、宝石の棚は随分と綺麗にされていますね」

 「ああ…、弟分の泥棒仲間に定期的に掃除させているからな。上の埃を振り落とす程度だが」

 そんな事してたら痛い目を見ますよ、と言おうとして、私は咄嗟に口を噤んだ。今、手痛い報復を受けている最中なのかもしれなかった。

 「その掃除は最近家に招待した時もさせていたんですか?」

 「ああ。あの日もケースの上から埃を払って…」

 私は小野の発言に私は何か引っ掛かる部分を覚えた。

 弟分がケースの上から埃を払う。ケースの上を触っても、私の指には埃がつかなかった。

 「それはケースを持って、埃を払うんですか?」

 「ああ、そうだな。一つ一つ手に取って…。それがどうかしたか?」

 小野は右手でケースを掴むような手振りをした。

 「いや、ちょっと待ってくださいね」

 私はまた棚の近くに行き、中段を見た。エメラルドやサファイア、それに紫色の宝石、多分、ラピスラズリ、それに青い水晶などの、どちらかというと寒色系の宝石が纏められている。けれど、いずれも適当な並びで法則性が感じられない。

 それから棚の上段を見てみると、ルビーやトパーズ、ガーネットなどの赤っぽい宝石が並んでいる。下段には白や黒、透明な水晶などの、モノトーン的な色の宝石で纏められていた。そして、それらも無秩序に配置されていた。

 そして、どの段も宝石のケースも、棚自体にも埃が載っていなかった。

 これは、おかしい。

 私は、不思議そうな顔をする小野に喋りかけた。

 「これ、分かりますか?」

 私は空のケースを持ち上げた。そして、それがあった空いた棚の場所を指差した。

 「埃が載っていないんですよ。ケースじゃなくて、棚にも。少しも! それに…」

 「…ああ! バラバラだ。並び順が適当すぎる! 普段はもっと綺麗に分けている筈なのに」

 そう。棚の宝石はあまりに不規則に並んでいた。上段、中段、下段で宝石の色合いによって場所を分けるような几帳面さがあったのに、その段の中では、あまりに雑な並べ方がされている。

 この小野という泥棒は粗雑そうな見た目とは、裏腹にかなりの美意識を持っている。小物のコレクションを集める部屋を作ったり、時計のコレクションと宝石のコレクションで場所を分けたりなど、かなり独特の収集癖を持った人間だ。それだけに、この棚の配置の雑さには違和感が湧いた。

 きっと、元はちゃんと色で分けられていたのだろう。中段の中でも、青の宝石が集まっていたり、緑系の物を集めたりしていたりなどの場所分けをしていた筈だ。小野はサファイアが失くなった衝撃で、気づかなかったみたいだが。

 小野は私に聞いた。

 「それで、これで何が分かるんだ?」

 「…おそらく、これを盗んだ者は一度すべての宝石を棚から下ろしたんです。こういうふうに段ごとに全部のケースを抜き出して」私はケースを棚から出すような素振りをした。

 弟分達がケースを一つずつ棚から取り出して埃を払っていくなら、ケースには埃は載っていないだろうが、ケースの隙間には埃は溜まっていく。この棚は、あまりに綺麗すぎる。

 では、なぜ埃が載っていないのか。それは、宝石を一度床に下ろしたからだろう。奥からケースを引き抜く時に棚の埃も一緒に落としたのだ。

 「普段からこの棚を見ている泥棒仲間が盗んだのなら、このように全部取り出す必要はないでしょう。目当ての物を取り出すだけですから」

  大人しく話を聞いている小野に言い聞かせるように私は言った。

 「恐らく、仲間の方々が掃除し終わった時には棚はこのようにバラバラの状態にはなっていなかったのです。そして、きっとその後に来た何者かがこうしたのです」

 「何者かが?」

 「…それは私には分かりませんが。思い当たる方はいるのでしょう?」

 私は小野にそうライバルの存在を仄めかした。

 「アイツ…じゃあ、一体どうやって、アイツはここに?」

 小野はそのアイツに憤りを見せていたけれど、さっきより大分元気になっている。

 「さぁ、そこまでは…」

 「でも、玄関のある防犯カメラには何も映っていなかったし、窓の戸締りもしたはずだ。一体どこからだ?」

 小野は、口元に手を置いて考えていた。私も周りを再度見回して、小野を納得させられられる根拠を考えていた。

 しばらく、考え込んでいると猫の鳴き声が聞こえた。私の飼い猫のロビンソンの声だった。

 どこにいるのか探すと締めきられたカーテンで隠れている窓の所にいた。ロビンソンは窓に爪をカリカリと突き立てていた。私は慌てて、ロビンソンを持ち上げた。

 「ちょっと、そんな事しちゃ」「いや、お手柄だな」

 小野は満足そうにロビンソンの頭を撫でながら、言った。そして、窓の方を指差した。

 「窓の金具が割れている」

 確かに、そこにあった窓に着いた金具が壊れていた。小野が窓に手をやると、抵抗なく開いた。

 「金具が壊されていたのなら、窓からの侵入は可能という事になるな」

 小野は、そう言って納得したようだった。

 私と小野は、その窓からベランダに出ると、そこにはバーベキューを集団でできそうな広さがあった。小野は頭に手のひらを置いて空を仰いだ。

 「おいおい。これは予想もできないな。こんな所からの侵入は想定していなかったから防犯カメラも置いてないよ」

 小野は悔しそうに呻くが、どこか安心しているようだった。

  二人で窓から部屋に入りなおして、椅子に座った。こほん、と咳払いをしてから、私は纏めるように言った。

 「曲者は子分方が訪問された夜に、脚立などを使い防犯カメラなどの目を掻い潜り侵入した。そして、暗がりの中で、コレクションをバラバラにしながら、お目当ての宝石を発見し逃走したと言うのが私の解釈です」

 「ああ。ご苦労」

 「いえいえ…」

 小野は椅子に深く座り、ふんぞり返った。すっかり萎んでいたのに、はちきれんばかりの自信を体に入れ直したようだった。

 小野は私が言った仮説が真実であると、思っているようだった。宝石の行方自体には、もはや興味はないのだろうか。

 正直、私は自分が言った説を全く正しいとは思えなかった。だって、盗みのプロが脚立で二階にまで登るなんて、あまりに間抜けな光景だ。

 第一、プロがそんな事をするのだろうか? なんというか、素人的な犯行だ。

 そういう事を考えつつも、私は胸の奥底にそれを押し込んだ。

 「もう一杯紅茶、飲むか?」「ええ、是非」

 小野は椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした。私もそれに続いた。

 ロビンソンが宝石の棚の下段を触っていた。白っぽい宝石を一部に集めて、黒っぽいのと分けているようだった。

 「ロビンソン、ダメだよ」

 私はロビンソンのお腹を持って抱っこした。ロビンソンは不満そうに「にゃお…」と鳴いた。

 それで、私はもう一度棚を見返した。

 おそらく、元はあのように段の中でも色で分けられているような展示方法だったのだろう。それをロビンソンは元に戻して…。

 そこで、私はもう一つの仮説を思いついた。

 

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