第3話

 「ここが宝石をコレクションしていた部屋だ」

 私は小野に連れられ、二階の角部屋に案内された。大きな窓が付いているが、コレクションの日焼け防止のためかカーテンが締め切られている部屋だった。

 もう私は某高級時計だとか、宝石だとか、歴史を感じる皿だとかには一切反応を示さなかった。そういう高価な物に一々反応する感覚が麻痺していた。

 そこは、コレクション専用の部屋という通り、目が痛くなるような煌びやかさを孕んだ部屋だった。部屋には中央にテーブルと椅子があり、その周りには棚いっぱいにコレクションがされている。

 「この部屋が俺のコレクションの中でも小物の部類を置いてある場所だな。ほら、そこの棚が宝石のだ」男が指を差した方を私も見る。

 確かに、そこには三段の棚があり、一つ一つの宝石がケースに入れられている。

 そこの棚からは、宝石達の網膜が焼けるほどのカラフルな色彩が溢れていた。それ自体が光を放っているのではないかと思うほどで、ケースを開けたら光が溢れ出てきて眩しそうだなんて考えていた。

 「ああ…」その中の一つを見て、思わず息が出た。そこには一つの空き箱があった。

 「察しの通り、あそこにはサファイアがあったんだ」

 小野はそう言った。棚の中段、ガラス張りのケースに入った宝石が並ぶ中、ケースのみが置いてあった。あれが無くなったという宝石があったというケースか。

 「触っても?」

 私の問いに小野は無言で頷く。私は棚まで近づき空のケースを持ち上げた。

 ケースは立方体だった。底が黒のプラスチックのような素材で他の面はガラス張りになっている。ケースだけでも、そこそこの重みがあった。調べてみると、一番上の面だけパカパカと簡単に開く。

 「なるほど。別にこのケース自体が防犯的に優れているわけでもないですね?」

 「ああ、このケースから物を抜き取る事は容易だ。…今になればケースも、もっと高級な鍵付きのものにすれば良かったと思うよ」

 小野はそう言って、悔しそうにした。

 ケースを棚に戻した。他の宝石が入ったケースの上をなぞっても埃が指につかない。宝石のケースもその棚も、きれいに掃除されているのが分かる。

 「まぁ、立ち話もなんだ。座って話そう」

 小野は部屋の中央の椅子に座った。私も、椅子に腰掛ける。

 小野が聞いた。

 「どうだ、何か分かったことはないか?」

 「いやー、流石にまだ何とも言えませんね」

 正直、何も分からなかった。小野もこの部屋を見ただけで、どうにかなるとは思っていなかったようだったから、特に気を落とした様子はなかった。

 ただ、おそらくは宝石は誰かの手により抜き取られたのであろうということは分かっていた。

 私は部屋中を見返すが目がチカチカするので止める。この部屋は全体的に眩しくて目に悪い。どこを見ても、光っている。

 気を取り直して、正面の小野を見据える。ゆっくりと疑問点を洗い出して行こうと思い、メモ帳を取り出した。

 「小野さんは、宝石がどこに行ったと思っていますか?」

 「ふむ。まぁ必死に探してはみたけど、部屋のどこかに転がっているというのも、あり得る。自分で動かしたりはしないが、地震だとかで棚から落ちたとかな」

 「最近は地震はなかったですし、ケースに入った物が宝石だけ落ちるなんてあり得ませんよ。小野さんが動かしていないなら、落ちるにしてもケースごと床に落ちているはずです」

 「…まぁ、そうだな。やはり、盗まれたのだろう」

 私は特にメモも書かなかった。ロビンソンが膝の上に飛び乗ってきたので背を撫でる。

 「よ〜しよし」私がロビンソンの顎の下をぐりぐりと押すと、小野は「こんな時に何をしてる」という感じの微妙な顔をした。

 それはそれとして、やはり盗まれたというのが普通な解釈だろうと私は思う。小野も別の可能性を出してはいたが、異論なども出さないのを見るに内心では盗まれたと思っていたようだ。

 私は闇雲に犯人探しなどはしたくなかった。最初にある程度、絞っておくべきだろう。

 「単刀直入に。誰に盗まれた思っていますか?」

 ストレートに私が聞くと、小野は一瞬考えるそぶりをした。

 「一人、俺のライバルの泥棒がいる。そいつが家に忍び込んだじゃないかと思っている」

 「理由は?」

 「…それは特にない」

 …なんとも根拠に欠けるな。まぁ、こういう勘が当たることもないわけではない。一応、そのことをメモに書き入れた。書きながら、また質問する。

 「その男が侵入するのは不可能では、ないんですか?」

 「…分からない。俺の家の玄関には監視カメラが設置してあるから調べたけど、映像にそいつは映っていなかった。まぁ、アイツが侵入しようと決めて、正面から入ってこようとすることはないだろう。となれば、下水道を通って…なんてことは流石にないか」

 小野は口元を手で押さえるようにしながら考えていた。その男に相当不信感を持っているらしく、そのライバルが侵入可能な理由を考えているようだった。

 ブツブツと何かを言いながら考え込んでいる小野の思考を断ち切るように私は質問を続けた。

 「この家に最近、誰かを招きましたか?」

 「友人一人を呼んだな。…あと泥棒仲間も呼んだな。まぁ、弟分達だな。玄関の監視カメラに映っていたのも、その友人とそいつらだけだ」

 「その人達が取った可能性は?」

 「まさか。…とは言えないな、この状況では。でも、やっぱり…」

 大柄な男がうんうんと唸っている前で私はメモを続ける。

 小野が怪しいと思っているのは同業者(ライバル)。

 七月十七日…友人を招待

 七月十八日…泥棒仲間(弟分)を招待

 七月十九日(夕方)…サファイアが失くなっていることに気づく。その日は、それ以前に部屋には入らなかった。

 しばらく質問を続けて、このようなメモが完成した。

 日にちで言うと、まずサファイアが失われる前日に家に招いた弟分共が怪しいと思ったから、それを小野に聞いてみると、

 「それが、しばらく前から連絡が取れないんだ」

 「ええ…?」それは弟分共が犯人なのでは? 

 普通に状況を考慮すると、宝石を盗んで逃げるように関係を切ったのではないかと思うのが、自然な気がする。

 「まぁ、普通に考えたら、アイツらが容疑者候補第一位なんだがな。俺には、どうにもアイツらが取ったとは思えないんだ。アイツらはずっと俺らを慕ってくれていたから」

 もちろん、小野も弟分達が宝石を盗んだ可能性を考慮しなかったわけではないらしい。

 弟分達が犯人かどうかは置いておいて、私にもなんとなく小野が後輩に慕われていそうだとは思う。この私との少しの交流の間でも彼を面倒見が良いのではかいかと感じる部分がある。欠点として、見栄っ張りでマウント癖みたいなのはあるが。

 …いや、結構致命的な気もしてきた。本当に慕われているのか?

 とりあえず、気を取り直して別の質問をする事にした。

 「じゃあ、まぁ、もう片方の友人の方は、どうなんですか? なにか、その後に連絡したでしょう?」

 小野は私の質問に、すぐには返してくれなかった。そして、どこか居心地悪そうに肩を縮こまらせて言った。

 「…そっちも連絡が取れないんだ」

 「ええ?」

 思わず、声がひっくり返っていた。

 「それは、どういう?」

 「…分からない。何が何だか本当に分からないんだ」

 小野は強面な顔に困惑を滲ませて、言った。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る