第42話 彼岸

 倉庫は何種類かの金属板をつぎはぎにしたものでできていた。古びていて、錆びが浮いた部分があるかと思えば、比較的新しいステンレスやアルミニウム板で補修されている部分もある。例のドームで囲まれた中にあったものは、そっくりそのままの配置で置かれている。

 高い天井からは、照明器具が吊り下げられている。この照明が広さのわりに少ないので薄暗いのだ。窓は一つもない。入り口のシャッターを人の背丈ほど開けて中を覗き込んでいた男2人が話をしている。

“This time, there’s not much luggage.”

“It would be easier to work if it were always like this.”

  聞きなれた英語の会話だ。やはりここはソル系?

― アルシノエ、何を話しているのかわかりますか?

― 今回は荷が少ないと言っています。ソル系の言葉です。

― そんな! あの短い時間でソル系まで移動を?

― 私もおかしいと思っています。もう少し調べさせてください。

 倉庫の外へ知覚を伸ばす。道路が一本伸びているだけで、近くには人の気配も町の気配もない。倉庫は他にもたくさんあって、みな同じように古びている。倉庫群の周りは金網の囲いが巡らせてあり、関係者以外立入禁止の看板がいくつもついているが、ここがどんな施設なのかは何も書いてない。入り口で話していた二人は…!?

― あの二人、どこへ行きました?

 目を離したすきに男たちはいなくなっていたのだ。

― テレポートしましたよ。今しがた。

― 追ってみようと思ったんですが、間に合いませんでした。

 事前によほど同調する仕組みを作っておかないと、テレポートの追跡は難しい。リゼア系内なら筐を使うので容易に追えるのだが、何の設備もないところでの自力のテレポートの追跡はまず不可能だ。

― ここは、ソル系とどこかでつながっているんでしょうけど、ソル系ではないところです。

 誰もいないことがわかり、物理的に見張られていることもないとわかったので、私たちは倉庫内外を調べて回った。倉庫はみな同じ大きさで、10棟建っており、私たちが送り込まれた6番目の倉庫のほかは空っぽだった。10番目の倉庫の横に、宿舎のような建物があったが、今は誰もいなかった。そこに置いてある調度類や食料品からはここが50年位前のソル系らしいと推測できたが、外と通じるような物、テレビとかコンピュータ・ネットワークとかは一切つながらなかった。それはテレパシーについても同様で、私たち3人の間では通じるのに、どんなに遠くまで知覚を伸ばしても、他の誰かと通じることはなかった。

 おまけに道路でさえしばらく歩くと元のところへ戻ってきてしまうとわかった。一本道なのに、である。まっすぐ歩いて行って何か見えたと思って近づくと、この倉庫群なのだ。周りは石ころまじりの荒れ地で、目印になりそうなものもない。気候的には暑くも寒くもなかったが、夜になることも日が昇ることもなかった。夜明け前の時間で止まっているように、ぼんやりと明るいのである。

― ここは造られた閉じた空間なんですね。

 テレポートも、倉庫の屋根の少し上までしか跳べない。見えない天井のようなものにぶつかってしまうのだ。ここにいた2人はどんな仕組みでテレポートしたのだろう。

 ソル系の時間で半日くらいたったころ、急にぱっと明るくなった。私たちが急いで最初にここに着いた時の荷物に隠れると、金網の外にバスが止まって、十数人のソル系の男たちが降りて来た。

 彼らはまず宿舎でたらふく飲み食いすると、後からやってきたトレーラーに、ドームで運ばれてきた荷物を積み込み始めた。彼らの会話から、ここでの仕事をすると腹いっぱい食事ができるというふれこみで、集められた人々であることが知れた。身なりも持ち物もおそらく50年くらい前のソル系の、貧しい人々だろうということはわかった。

 荷物ごとトレーラーに載せられて、私たちは今度は港に着いた。途中かなり注意していたつもりだが、空間の境い目みたいなものは感じ取れなかった。着いた街の名前を憶えておいて後で調べてみたけれど、そんな街はソル系に存在しなかった。そして今度は貨物船に載せられると、海路を運ばれていくことになった。

― 船員はどこへ行くと言っていますか?

とあの人が尋ねる。

― それが、はっきり言わないんです。東南東へまっすぐ8時間進めろ。メキシコの家族の所へ戻りたいんだろう。言う通りにすれば帰れるんだよ、と言ってました。

― メキシコというのは?

― ソル系の地名です。これは私も知っているので…

 ドスン、と音がして突然船が大きく揺れた。何かにぶつかったかのような衝撃に、乗っていた人々も驚いて声を上げた。そして次の瞬間、経験したことのある奇妙な揺らぎを感じた。

― これは、ゲートの!

 そう、これは大型の宇宙船で星間長距離運行をするための、ゲートに入った感覚だ。規定通り数分間揺らぎに耐えていると、すうっと体が軽くなる感じがして、ゲートの外に出たことがわかった。さて、ここはどこなのだろう、と思ったところになじみのあるよびかけがやってきた。

― お帰りなさい、王。ご無事でよかったです。

― 心配しましたよ、王。カルディバの計算より遅かったので。

コーグレス王の従者とアーセネイユだった。

― ここは、マティなの?

― そうです。ツレズ大陸との間の海上です。って船ですからわかりますよね。

― 今、リゼア標準時で何時だい。

 あの人が尋ねる。時間は計算よりかなりかかっていた。それでもオーフ系第4惑星であのドームに入った時間から、ほんのわずかしか経っていない。三人でテレポートしてきたのと同じくらいの所要時間だ。体感ではたっぷり1日近くを費やしてきているはずなのに。

 コーグレス王の手配してあった技師たちが幻術体アバターの検査をするという。そこで3人とも自分の成人体に戻ったのだが、私はふと気がついて船の乗員たちを探して愕然とした。船には私たち3人とオーフ系第4惑星からの荷物以外、誰も乗っていなかった。

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