第40話 逆行
オーフ系第4惑星から発送される前から、荷物はもうマティに届いていた。どう考えてもありうるはずのない話だ。
― 今送られたというのにまちがいはないのね。
― はい。僕はあいつの見ているものをそっくり見ているので。
― アーセネイユ、それより先にあの筐の特性を説明した方がいいでしょう。王、送り出す側のあの筐は、どうもオーフ側から恣意的に送るということができないのではないかと思います。まず、オーフ側で誰かが操作している様子はありません。送り先はマティに限定されているようですが、定時になったら送るとかある程度荷物がまとまったら送るとか、そういったこちらの都合とは全く関係なく作動しているようです。
― 筐、なのよね? エネルギーはどこから来てるの。
― 監視して最初に調べたのがそこでしたが、どうも、どこにもつながっていないようなのです。
― つながっていない?
― はい。正確なところは実物を調べてみないことにはわかりませんが、筐というよりはゲートに近い物のような気がします。
ゲートに近い物。その言葉に私の中の何かが反応した。同じことがあの人にも起こっているらしい。自分の内部に集中していて、周りを見ていない。いつぞやと同じような目の感じ。
― カルディバ、ゲートの通過に伴う時間ロスの計算式!
― はい、王。
手際よく私たちの真ん中に透明な筒状のスクリーンが立ち上がり、複雑な計算式が表示される。これはどこから見ても自分の正面に見たい情報が表示されているように見える代物だ。
― これにオーフ系第4惑星とマティとの距離を入れるとどうなる?
すぐに特定の文字が数字に置き換わり、みるみるうちに計算されていく。
― だいたいリゼア時間で0,31日 です。
― この分だけ時間が戻っていると仮定したら?
全員が黙り込んだ。計算上は合ってても「時間が戻っている」という一点だけに納得がいかない。
― その仮定が正しいとして、なぜ時間が戻るのです?
まじめな顔でコーグレス王が尋ねる。
― 私も聞きたいね、カルティバ。どこにマイナスがつく可能性がある?
― えぇ? …っと、そうですねえ。式に入る数値にはマイナスがつく可能性はないです。しいて言うなら、距離と時間の両方が虚数の場合とか?…
― 虚数の距離というのは、ありえないだろう。
― いえ、待ってください。…パラレルワールドなら、虚数はありうるかも。
― は? なんとおっしゃいましたか、ミトラ王。
全員の視線が私に向く。仕方ない。報告書に書けなかった話をここでするしかない。
― 私が行っていたナ星区ソル系で聞いた、おとぎ話のような説です。この世界ととてもよく似た別の世界があって、そこに我々の世界から意図せず入り込む人があるのだそうです。そして行った先はたいてい自分がいた世界とよく似ているが多くは決定的なちがいがあるか、数十年過去であるような印象を受ける。そして、戻ってこられた場合、たいてい時間の経過がおかしくなっている。例えば向こうで数年過ごしたはずなのに、戻ってみたら数時間しか経っていないといった具合です。信じられないかもしれませんが、そういう現象がソル系ではあると言われています。
― えっと、大変魅力的な仮説ですが、それがこの場合、どういうつながりが…?
― アーセネイユが監視していた男は、ソル系出身でした。そして、彼は一般のソル系人とはちがった歴史認識を持っていたのですよ。これは私自身が彼の意識をのぞいて調べたのですからまちがいありません。彼がパラレルワールドから来た者であり、そこへ出入りできる方法を持つものだとしたら…。
― その男が文字を書いたコンテナだけが時間が戻っていると。
― 可能性はあります。ウロンドロス、イクセザリアにコンテナの画像を送ってもらって。
イクセザリアから送られてきたコンテナの画像と、アーセネイユの見たゲート前に積み上げられた時のコンテナを比較する。心なしかマティにある物のほうが古びている感じがする。例えるなら何年か戸外に置かれ風雨にさらされた後のような感じ。
― 確かに、とても0.3日分には見えない劣化ですねえ。
カルティバが言う。こいつは性格に問題はあるが、学者肌の人間らしい。この目新しい事象に興味深々と言ったところだ。
そして私自身も、自分のしゃべった話の持つ新たな可能性に愕然としていた。この仮説が事実ならば、過去へも未来へも行き来できるかもしれない。だとしたら…
パズルのピースは思いがけない方法で組み上げられていた。私の見つけられなかった研修報告書の結論が今、出来上がった。
― 決まりですね、ミトラ王。あのゲートを調べに行っちゃいましょう!
王というものは自分で自分の使命を決めることができる。つまりこれが重要だと思ったことに全力投球していいわけだ。よって3人が3人ともオーフ系第4惑星に行く運びになった。3人とも行きたいと言ったわけである。
― 本当に大丈夫なのですね。
ウロンドロスが念を押す。私の予知能力が危険を感じていないか、ということだ。いろんなパターンでシミュレーションしてみたが、これと言って危険は感じなかった。最初は誰かマティにいるほうが無難かとも考えたのだが、わたしがマティに残ればパラレルワールドに関する知識のない二人だけを行かせることになるし、テレポートの力に強みのあるコーグレス王が残るのはいざというときに困りそうだ。そして、悔しいことだがあの人は本質を見抜く力がある。あの人が行かないことにはゲートだか筐だかわからない物の正体が見極められない可能性があるのだ。
私たちのたてた作戦は単純だった。まずオーフ系第4惑星で、運ばれる武器類のコンテナに紛れ込み、一緒に移動する。その流れを残るウロンドロスやカルティバたちが追跡し、マティにいるイクセザリアやサグたちが到着を迎えるという寸法だ。
オーフ系第4惑星はごったがえしていた。荷運びのために臨時に機械類が運び込まれ、操縦やメンテナンスを担当する人々が動き回っている。一番近い交易都市から補給用の小さな中継衛星を経て、私たちは
「おーい、そこの3人。危ないぞ。その白線より中にいると、荷物と一緒にとばされちまうぞ。」
「へーい、すみませーん。」
人気の少ないところへ出ると、クレーンで荷物を釣り上げている人から注意された。
「あんたらも、4地区に行くのにバスまちがえた口だろう。面倒でもよぅ、この白線の外をぐるっと周っていくしかないぜ。」
「こりゃ、ご親切にどうも。」
「でも移動させる前にゃ、サイレン鳴らしたりするんじゃないのかい。」
「なーいない。ここはいつだって突然だよ。」
その時、何かの波動が白線の内側からやってくるのを感じた。
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