第37話 端緒
― トトラナ、何かこう、きっかけになるような出来事が、ありませんでしたか。今日初めて彼が体験したようなことが。
― それは私も考えたのだけれど。
トトラナは思い当たることがない、と言う。
― たぶん、僕だと思います。
いつになく神妙な顔で、皇子さまが言い出した。
― 昨日右手の白のリングをこわしたので、今朝母の部屋へ借りに行ったんです。そうしたら彼が実体でいて。
未成年とはいえ、将来の王位が約束された皇子さまである。普段使いの、トトラナが身分証替わりにしている程度の白のリングなら、崩壊させるくらいありえるだろう。現に今までにも何度かそうやってトトラナの部屋へ入ったことはあったそうだが、彼はいつも
― ですから、いることはわかっていても無視してました。
それが、今日は実体をさらしたままだったばかりか、話しかけてきたのだ。
「ふん、みつかっちまったか。まあ、潮時ってもんだ。おい、てめえの母上様を呼んできな。」
体格とは不釣り合いなほどの大声で、呼ぶまでもなく聞きつけたトトラナがやってきた。すると彼は空中に跳びあがったかと思うと、すぐに今のような状態になってしまったのだという。
― どう思われますか、王。
― 本人が意識してないスイッチがあったのかもしれないわね。皇子さまに見られたことがスイッチだったのか、それともすでに条件を達成してスイッチが入っている状態だったから、皇子さまに見つかったのかも。
― どちらにせよ、こいつの目的は、トトラナ様の従者となり最終的にエネルギー源として接続することだったと考えてよさそうですね。
全員の視線が二人をつなげている糸のようなものに集中する。
― 切ったら…
― 彼の命はともかく、手掛かりがなくなりますね。
― エネルギーがどこに転送されてるか、わかる?
ウロンドロスは思案顔だ。私の予知能力が一つ可能性を示しているが、決定的ではない。だいたいこの従者を送り込んできたのが誰なのかによってこの後の行動が変わる。皇子さまも黙っている。まさかあの人に頼ろうとか言わないでよね。
― わたしだけではわかりかねますが、協奏者に陣を組ませれば、あるいは。
― ああ!
― へえ、こういう時に使うんだ、協奏者。いつ選定したんですか、アルシノエ。全員自分で選びましたか、それとも推薦状で尚侍が決めるんですか。
協奏者と聞いて皇子さまが急に顔を輝かせる。王の意思を代行してリゼア連合内外の情報を捜査するのが、協奏者という役目だ。コンピュータの端末に当たる物が存在せず、テレパシーで簡単に情報にアクセスできるリゼア人にとって、この役目の意義は軽く見られがちだ。だが先日のマティの情報解析をはじめ、砕片から全体像を予測するような作業は、彼ら抜きでは成り立たないのである。
ちなみに協奏者の定員は19名。王でなければ持てない権力の一つだ。私の協奏者はすべてエルクリーズの選定だ。推薦状があったかどうかは知らないけど。
陣を組むには特別な部屋が必要になる。水晶宮にもあるけれど、コーグレスは摂政王の身で協奏者を持つほどのことはしないと、選定を保留してしまったため、使われていない。皇子さまが協奏者に好奇心を示すわけだ。仕方なくトトラナを従者ごとミトラへ移動させて、白砂宮で調査を行うことになった。会議途中で放り出してきた影たちも動員して、極秘のうちに協奏者の準備と移動をする。
― ようこそ、王。用意はできております。トトラナ様もこちらへ。
協奏者のリーダー、クロアディがあいさつに来た。両手首につけた専用のリングから長いリボン状のものが伸びている。これが彼らのケーブルだ。深さが指の長さくらいの浅い温水の中に、幾何学的な配置ですでに18人が座っている。温水に浸ったリボンは数百本の導電性の繊維に分かれ、彼ら自身が端末の働きをしながら、情報の解析にあたるのだ。温水は、電子のやり取りが瞬時にできるような特殊な電解質の溶液であり、時には長時間にわたってこの仕事のために座り続ける協奏者たちの、体調を維持監視するシステムでもある。
―では、始めさせていただきます。
クロアディの左手首から伸びた繊維が何本か、慎重にトトラナと従者をつなぐ糸のようなものに触れていく。あるものはトトラナとのつなぎ目を、あるものは糸自体に巻きつくように。そうしてクロアディの右手首から伸びた糸が光り始め、温水の水盤全体が、柔らかな光で包まれていく。
― 興味深いものでしょう、皇子さま。
― うん、初めて見ました。
19人フルで働いているこの状態は、有機的なスーパーコンピュータなのだ。
― どのくらい時間がかかるものなのですか、アルシノエ。
― それほどかからないと思います、ハーミオン皇子。調べるべき資料が現物としてあるのですから。
私の代わりにクロアディが答えた。トトラナの状態にも、彼女につながったままの従者にも変化はない。と、水盤の中で瞑目していた協奏者が一人、また一人と目を開き始めた。
― 報告します。この従者は旧マティの支配者階級の子孫であることを遺伝的に確認しました。彼らは地母神フィーと同時にマティに降りてきた「支配する者」と契約し、今も彼らの遺伝子の中に特質として残っている力を得て、旧マティ文明を繁栄とその後の凋落に向かわせました。惑星規模の地殻変動が起こった際に彼らのみ脱出できたのも、その「支配する者」との契約によるものと言われています。彼らの現在の生活の本拠地はオーフ系第4惑星。ただし彼らの一族の四分の一は、交代でこの従者のように諜報員として外で仕事をしています。
― 報告します。この従者はトトラナ様の所に来る前、脳に外科的な手術を受けています。この時に埋め込まれたものが現在エネルギーの転送と従者の活動停止を引き起こしています。ただし彼自身はこのことを一切記憶しておらず、施術者及び場所、目的等は不明。エネルギーの転送のため、彼の生命維持活動は最小限に抑え込まれています。現状が続けば遠からず彼は絶命すると予測されます。
ここで突然皇子さまが指摘した。
― 母上、この従者をわざと生かしてませんか!
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